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人類の愚かさと偉大さ [映画]

 連休の最終日の今日も、青空である。

 4月29日から5月5日まで、ずっと晴天が続くというのも珍しい。私自身もこの連休中はずいぶんと陽の光を浴びた気がする。4月は日本中で天候不順が続いていたが、これで少し日照時間を取り戻したことになるのだろうか。何にせよ、連休の好天は日本経済にとってプラスに働いたことだろう。

 今日は、家内と娘と三人で渋谷のbunkamuraへ映画を見に行く約束をしていた。(法科大学院に通う息子は、今日も朝から自主登校である。) 予め三人で日程を合わせ、インターネットで席の予約をしていたので私達は並ばずに済んだが、映画館へ行ってみると、当日券売場は朝から長い列だった。

 映画『オーケストラ!』 (原題: le Concert)は、今のロシアを題材にしている。主人公はボリショイ交響楽団の掃除夫を務める初老の男。かつては気鋭の指揮者として名声を集めていたが、旧ソ連時代にユダヤ人排斥を進めるブレジネフ政権に楯突いてクビになり、音楽家としての再起を願いつつも、既に30年の歳月が流れ、夢を失いかけていた。そんな或る日、彼が総監督の部屋を掃除中にパリのシャトレ劇場から急な公演依頼がfaxで届く。総監督はこれから休暇に入るところだ。そこで彼は一計を案じる。彼と同様、楽団から解雇されたままの昔の仲間を集め、ニセモノのボリショイ交響楽団を仕立て上げてパリへ行ってしまおうと・・・。
オーケストラ!.jpg

 面白いストーリーである。旧ソ連時代に行われたユダヤ人の迫害、芸術に対する政治の干渉、そのソ連はなくなったが、現在のロシアで横行する拝金主義と社会の混乱などが物語の底流として描かれていて、なかなか興味深い。(私も3年前に短期間ながらロシアに出張する機会を得たが、モスクワの街の混沌は、この映画に描かれているような感じであった。)

 そこに加えて、登場する人物は実に多彩である。妻子をイスラエルに亡命させたまま、救急車の運転手として今も仕送りを続ける元チェリスト。ジプシーのような連中と胡散臭い商売をしているが、ヴァイオリンを持たせればパガニーニのラプソディーを軽々と弾き上げてしまう元コンサートマスター。かつては権力の側にいて主人公の名声をへし折る役回りだったが、ソ連崩壊後は少数野党に転落したロシア共産党に今も属し、サクラを雇って街頭演説を続けるコチコチの共産主義者。そして主人公が協奏曲の共演者に指名した、出生の秘密を抱えるパリ在住の若き女性ヴァイオリニスト・・・。

 人生は様々である。中には、しなくてもいい苦労を抱えっぱなしの人生もある。そして、その原因の一つは為政者の愚かさにある。特定の人種を迫害することも、政治が芸術に口を出すことも、そして共産主義という壮大な実験も。それらによって人生を台無しにされた人々が、この映画には大勢登場するのである。だが、そんな愚かさを持つ人類が産み出した最も素晴らしいものの一つが、音楽だ。この映画では、30年前に公演の途中で共産党政権によって指揮棒をへし折られた、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をパリで再演するという目標が、かつての仲間たちを動かしていくのである。

 念願のパリにやって来たはいいが、そこでも抜け目なく商売を始めるユダヤ人の元楽団員や、酒をくらって時間通りに練習に現れないメンバー。本来は無神論者であるはずなのに、コンサートがピンチに立たされると思わず神に祈ってしまう共産党員などをペーソスたっぷりに描きながら、ある一つのキーワードで演奏者全員の心が一つになった時、ヴァイオリン協奏曲第一楽章のハイライトというべき、あの第一主題が重厚に鳴り響く。そう、ロシア人の喜怒哀楽を何か一つの音楽に代表させるとしたら、やはりチャイコフスキーの、あのロシア的なコンチェルトなのだろう。12分間にわたってその演奏が続くラストシーンは、とても感動的である。

 私自身はチャイコフスキーを余り好んで聴くほうではないが、今日はこの映画を見ながらおおいに楽しませてもらった。

 音楽というのは、やはりいいものだ。

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