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「勝つ野球」の科学 (1) [スポーツ]


 ニューヨーク・ヤンキースが米・大リーグ(MLB)のワールド・シリーズを二年連続4勝0敗で征し、救援投手のマリアノ・リベラがMVPに輝いた1999年。そのシーズン終了後に、MLBの野球選手会が一つの問題を提起した。
 「現在の球団経営スタイルが、試合の勝敗に不公平をもたらしているのではないか。」

 この問題を検討するために諮問委員会が置かれ、MLB機構のコミッショナー、バド・セリグが(彼自身、長年低迷を続けるミルウォーキー・ブリュワーズのオーナーだった) 4人の有識者を諮問委員に指名した。

 翌2000年7月、同委員会はバド・セリグの期待に沿う内容の報告書を作り上げる。
 「資金力の乏しい球団は不公平を強いられている。そういう不公平が球界全体に悪い影響を与えている。貧富の格差を是正する手立てを講じるべきである。・・・」

 最も資金力のある7チームと最貧の7チームを比べると、総年俸の格差が4対1というMLBの現状に対して、委員の中でもとりわけ、保守派の論調で知られたコラムニストのジョージ・ウィルが批判の急先鋒だった。
 「『球界は成功を金で買っている。これはゲームではなく犯罪である。』とウィルは述べた。もしブリュワーズやロイヤルズやデビルレイズが、ニューヨーク・ヤンキースを常勝集団に仕立てあげるために存在するのだとしたら、ファン離れは避けられない。」

 だが、4人の諮問委員の中でただ一人だけ、”球界の社会主義化“を唱える委員会の論調に疑問を投げかけた人物がいた。それは誰あろう、委員の中で唯一の財界出身者。カーター、レーガンの両政権下でFRB(連邦準備制度理事会)議長を務め、現オバマ政権にも参画している、あのポール・ボルカーだった。
 「1. 資金力の欠ける球団がそんなにひどい状態なら、なぜ、高い金を出してオーナーになりたがる人間が存在し続けるのか?」
 「2. 資金が乏しいと勝てないのなら、全球団で2番目に総年俸が安いオークランド・アスレティックスは、なぜこんなに勝ち星が多いのか?」

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 財界出身だけあって、情緒にはとらわれず、現実の数字が意味するものは何かを、ボルカーは冷静に見つめていたわけだ。アスレティックスはこの年、87勝75敗でアメリカン・リーグ西地区の二位。そして翌2000年のシーズンからは4年連続でプレーオフに進出する成績を残すことになる。

 その最貧球団アスレティックスのジェネラル・マネージャー(GM)を97年のオフから務めていたビリー・ビーンは、セイバーメトリクスと呼ばれる分析手法を駆使し、無駄を省いて低予算ながら試合に勝てるチームを作りつつあった。

 このビリー・ビーンGMにフォーカスを当てたマイケル・ルイス著『マネー・ボール』が世に出たのは2003年。翌年には邦訳が出て、私はすぐに読んだものだった。今年はそれがハリウッドで映画化されて、ビリーの役をブラッド・ピットが演じている。

 もっとも、映画に対する論評は世の中に数多あるだろうから、ここでは割愛することにしたい。(一緒に見に行った家内が、『う~ん、ブラピは昔より渋くなった今の方がいいね。』との感想をもらしていたことだけを記しておこう。)
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 マイケル・ルイスの原作には、”The Art of Winning An Unfair Game”というサブタイトルが付されている。文字通り、「資金力の面で球団間の不公平を抱えた中で、いかにして試合に勝つか」がテーマなのだ。

 だから、そのサブタイトルがまさに示すような状況にアスレティックスが置かれた2001年のシーズンオフから物語は始まる。その年はワイルド・カードとして、前年に続きプレーオフに進出。ヤンキースに先に2勝しながらアウェイで3連敗して惜しくも敗退。そこまではともかく、問題はシーズン終了後に、チームを躍進させた主力選手たちをフリー・エージェント(FA)で金持ち球団にさらわれたことだった。

 一塁手のジェイソン・ジオンビーがヤンキースへ。中堅手のジョニー・デイモンがレッドソックスへ。そして抑えの切り札ジェイソン・イスリングハウゼンがカーディナルスへ。いずれもアスレティックスでの活躍で値段がハネ上がった選手だった。そして、アスレティックスはそんな金を払えない。補強はどうするのか。新人のドラフトではどんな選手を狙うのか。
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 ビリーは自分の片腕として、ハーバード大卒のポール・デポデスタという若者を雇っていた。自身は野球をやったこともないが、統計学的な分析が得意で、野球にもっと科学を持ち込めると信じているポールを使いながら、ビリーはセイバーメトリクスの手法で選手の価値を分析し、低予算でも勝てるチームの編成に取りかかる。活躍して市場価格が高騰した選手を放出し、その金で、「勝つ野球」に貢献できる実績をあげているのに市場の評価が低い(言い換えれば割安な)選手を獲得する。それはシーズン中でもお構いなしだ。選手はまさに将棋の駒だが、プロなんだからそこは割り切るしかない。

 そして、打者への評価は、とにかく塁に出ることと、アウトを増やさないこと。四球だろうが何だろうが、塁を埋めれば得点の確率は上がるのだから、自らアウトを増やす送りバントなどしない。3割の確率で失敗する盗塁なんかはもっての外だ・・・。

 「2002年のシーズン前、ポール・デポデスタは、今後6ヶ月の見通しをパソコンではじきだした。プレーオフ進出に必要な勝ち数は95。95勝あげるために必要な得失点差は135。続いて、選手の過去の成績にもとづき、得点と失点を予測した。けが人が異常に多く出ないかぎり、得点は800ないし820、失点は650ないし670。ここから計算すると、勝利数は93から97のあいだとなるので、おそらくプレーオフに進出できる。」

 2002年のアスレティックスは、実際には何と103勝59敗で、もちろんア・リーグ西地区のぶっちぎり優勝。これに並ぶ勝ち星をあげたのは、MLB30球団の中でヤンキースただ一つだけ。しかも使った予算はヤンキースの1/4だった。得点数800、失点数654はまさに読み通りだったのだから驚きである。

 「1980年代のはじめ、アメリカ株式市場は大きな転換期を迎えた。コンピュータの普及と知識の発展があいまって、先物取引市場や金融オプション市場にまったく新たな可能性が広がったからだ。」

 「このたぐいの計算が得意な人間は、ありきたりなトレーダーではない。高度な知識を持つ数学者、統計学者、科学者などだ。彼らはハーバード大学やスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学での研究を捨てて、ウォール街で巨富を得た。このような優秀なトレーダーが莫大な利益をつかんだことにより、ウォール街の文化は一変し、勘ではなく定量分析が重んじられるようになった。」

 「新世代の意欲的な人々は、誰かの“効率の悪さ”が別の者にとって“チャンス”なのだと身にしみてわかった。古いタイプの人々も、“頭のよさ”と“金儲け”には密接な関係があるとあらためて思い知った。」

 別に金融に関する本から引用した訳ではない。これも『マネー・ボール』の中の一節なのである。

 市場では色々なモノに値段がついているが、市場はどんな時も常に完璧だとは限らない。現物であろうと先物であろうと、あるモノの価値が正しく評価されていないために、理論値に対して市場価格が異常な安値(或いは高値)で放置されているということは起こり得るものだ。そうした「市場の歪み」はいずれ裁定されるものだが、その歪みを誰よりも早く見つけ、市場で裁定されるまでの時間差をうまく捉えれば、それが「儲け」のチャンスになる。

 金融商品のトレーディングとはまさにそういうことなのだが、プロ野球選手だってトレードやFA制度によって売り買いの対象になるのなら、金融市場におけるこうした取引の手法が応用できるのではないか。しかも株や債券、為替や金利と違って、生身の人間であるプロ野球選手という「商品」はその価値をはかる尺度が曖昧だから、「市場の歪み」に目をつけて大きく儲けるチャンスがある。「少ない予算でどうしたら勝てるチームを作れるか」とは、「どうすれば投資効率が上がるのか」という金融の世界のキーワードと同義語なのだ・・・。

 セイバーメトリクスの考え方が球団経営にも入り込んできた経緯を説明するにあたって、著者のマイケル・ルイスが金融取引とのアナロジーに言及したのは、まさにツボを得たものと言えるだろう。

 野球も金融も、やはりアメリカの文化なのだと、改めて思う。

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(以上、青字部分は『マネー・ボール』(マイケル・ルイス 著、中山 宥 訳、ランダムハウス講談社)より引用。)

(to be continued)

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