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「勝つ野球」の科学 (2) [スポーツ]


 米国生まれのスポーツ、野球。それは、殆どの時間にゲームが連続して動いているサッカーのような競技とは違って、投手にボールが戻ってくるところで必ず一度試合が止まる。そして投手が次の投球動作に入ると、止まっていたその局面から試合が再開する。つまり、野球の試合はサッカーで言うところの「セット・プレー」の集合体のようなものだ。

 だから、局面を特定し(例えば、三回の表、無死一塁、打者のカウントは1ボール1ストライク)、次の投球によって何が起きたかを記録することは可能だ。そうしたデータを積み重ねていけば、「ゲームの根底に横たわる合理性はデータ分析で明らかにできるのではないか」と考える人々が出て来るのは至極当然のことだろう。事実、そうした試みは19世紀から行なわれていたらしい。

 1977年、米カンザス州で食品工場の夜間警備員を勤めていたビル・ジェイムズという男が、夜勤の暇つぶしに野球に関する独自のデータ分析や仮説の提起を行ない、ガリ版刷り68ページの小冊子にして自費出版を行なった。『野球抄1977 - 知られざる18種類のデータ情報』というタイトルのその冊子には、75人から購入の申込があったという。

 以後、この冊子は年々注目を集め、’80年代には出版社から発売されてベストセラーに名を連ねるまでになるのだが、それぐらい、米国には野球というゲームを正しい測定基準から分析することに夢中になる人々がいるということだろう。因みに、SABR(全米野球学会、Society for American Baseball Research)とmetrics(測定基準)をつなげた「セイバーメトリクス」という新語の名付け親は、このビル・ジェイムズなのである。

 セイバーメトリクスの代表的なものが、出塁率(On-base Percentage)長打率(Slugging Percentage)を足し合わせたOPS(On-base Plus Slugging)という測定基準だ。これが得点数と相関しているという。

出塁率=(安打+四球+死球)÷(打数+四球+死球+犠飛)
長打率=塁打÷打数
OPS=出塁率+長打率

 割り算の分母が異なる出塁率と長打率を単純合計することに科学的な意味があるのか?と思ってしまうのだが、要は何らかの形で塁を賑わす可能性を指していると思えばいいのだろう。このOPSという概念はMLB(米・大リーグ)でも既に採用されている。(余談になるが、MLBのホームページには過去の統計データを検索できる機能があって、その内容が非常に充実している。投手と打者を特定し、二人の対戦成績をピックアップすることだって可能だ。)

 マイケル・ルイス著『マネーボール』の主人公であるビリー・ビーンGMが、セイバーメトリクスを駆使して貧乏球団オークランド・アスレティックスのチーム編成を行なった2002年。このシーズンのMLB全30球団の得点数とOPSを比較してみよう。
OPS 01.jpg

 確かに両者には正の相関が見られる。野球は打力だけでは語れないから、得点数が多ければ、或いはOPSが高ければ必ず優勝するというものではないが、プレーオフに進出した8球団が、おしなべて得点数とOPSが共に高いチームであったことは事実である。更にワールドシリーズに出場した2チームは、やはり得点数、OPS共に上位のチームだ。

 MLBには「引き分け」の規定がないから、どんなに延長戦になっても、勝負がつくまで試合を続ける。時間切れ引き分けに持ち込んで「負けなければいい」という訳にはいかないから、とにかく相手より多く点を取らないことには始まらない。だから、まずは得点数と正の相関があるOPSを高めること、OPSの高い選手を活用することが基本ということなのだろう。

 一方で、投手力は失点数に表れ、投打のバランスは得失点差に表れ、そして得失点差と勝利試合数が何らかの形で相関するのだろうけれど、そのあたりの分析はまた別途、ということにしたい。

 ビリー・ビーンが断行したチーム編成によって、アスレティックスは2000年から4年連続でプレーオフに進出し、2006年にも再びプレーオフに進んだが、いずれも地区予選で敗退している。映画『マネー・ボール』の中でもビリーは何度も呟く。「最後に勝たなければ、何の意味もない。」と。

 地区優勝までは行っても、プレーオフでの敗退がお決まりのパターンになると、アスレティックスの観客動員数は頭打ちになった。球団はというと、活躍した選手の年俸が高額になると放出し、そのカネで「割安な」選手を買ってくる。そうやってチームの顔がコロコロと変わっていくと、米国といえどもファンを掴みにくいのかもしれない。
Oakland As.jpg

 そうこうしている間に、他球団でもビリーに倣ったチーム編成を始めるようになると、「創業者利得」も段々と薄まっていくことになる。プロ野球選手をめぐる市場の中で「歪み」が是正されていくと、やはり金持ち球団が優位の姿に戻って行かざるを得ない。2000年代の後半からアスレティックスの低迷が続いているのは、そうしたことと無縁ではないのだろう。今年(2011年)の戦績は74勝88敗でア・リーグ西地区の第三位(要するに下から二番目)。得点数、OPS共に30球団中では相当下位のチームになってしまった。
OPS 02.jpg

 セイバーメトリクスが日本のプロ野球(NPB)でも活用される可能性があるのかというと、データ分析の面においてはその余地が十分にあるのだろう。むしろ、NPBもそうした統計をもっと充実させて欲しいものだ。送りバントや盗塁のあり方についても、議論が深まれば面白いかもしれない。

 一方で、ビリー・ビーンが行なったような選手の売り買いについてはどうだろう。

 わが国では、プロ野球選手といえども同じチームで長年貢献することが何となく美徳になっていて、「生え抜き」の戦力が充実していることが「いいチーム」とされてきた。「選手は極力トレードしない」というカルチャーをつい最近まで強調していたチームもあったし、「カネで選手を集めたチーム」にはとかくの批判があるものだ。(もっとも、FAでの移籍に対する「カネに釣られて行くとは・・・」という声は米国でもない訳ではないようだが。)

 最近は日本でも労働市場の流動化がだいぶ進んできたが、それでも依然として米国の企業と日本の「カイシャ」はずいぶんと異なるものだ。そのあたりがプロ野球の世界でも、球団や選手に対する考え方の違い、そして戦い方の違いに表れているのだろう。

 因みに、得点数とOPSとの関係を今年(2011年)のNPBレギュラー・シーズンについて見てみると、以下の通りである。
OPS 03.jpg

 何よりも不思議なのは、今年の日本シリーズを戦った二チームが、グラフの中では対照的な位置にあることだ。やはり、「俺流」ドラゴンズは他のチームとは違う戦い方をしてきたのだと、認めざるを得ない。

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