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中国はどこへ行くのか (3) [読書]


 今年11月23日に中国国防省が突如発表した、東シナ海への防空識別圏の設定。それに対して日米韓国をはじめとする関係各国が直ちに反応し、国際社会には俄かに緊張が走った。

 「どこの国でも防空識別圏を持っているのだから、中国がそれを設定するのは当たり前。」と中国側は主張するが、同じ「防空識別圏」という言葉を使いながら、実は内容の異なるエリアの設定を一方的に宣言しているのは、いかにも中国らしいやり方である。

 防空識別圏は、主権が及ぶ領空の外側、つまり公海上に設定されたものだから、防空識別圏内であっても公海上である限り、外国の航空機の飛行が制限を受けることはない。ところが今回、中国政府は
 ・圏内を飛行する航空機は中国国防省の指令に従わなければならない。
 ・指令を拒み、これに従わない航空機に対して、中国は防御的な緊急措置を講じる。
と言っているのだから、公海上も自国の領空だと主張していることに他ならない。加えて、そのエリアは日本の領土である尖閣諸島を含むものなのだから、公海上のみならず他国の領土の上空にまで自分たちの「防空識別圏」を設定したことになる。
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 これに対して、中国側の発表のわずか2日後に米軍がグアム空軍基地からB52爆撃機2機を、敢えて戦闘機の護衛も付けずにこの「防空識別圏」を通過させる措置に出たのは、「公海上の航行の自由」を侵す企ては許さないという米国の明確な警告なのだろう。加えて、尖閣諸島は日米安保条約の対象エリアであることも米国は言及した。

 その時点では、中国が自らの面子を潰してしまったように見えた「防空識別圏」の設定。だが、今月になって東アジアにやって来たバイデン米大統領は、日・中・韓それぞれに対して言葉を明らかに使い分けており、とりわけ中国に対しては「防空識別圏」という言葉さえ出さなかったという。とすれば、これは日米同盟に楔を打ち込むための、よく計算された作戦の一つだったのだろうか。

 米国と並ぶ”G2”の地位を自認するようになった中国。米ソ対立の時代とは異なり、中国自体が「世界の工場」としてグローバルな資本主義経済にどっぷりと浸かっているのだから、その物流・商流が止まってしまうことは、彼らにとっても命取りになる。そう考えれば、資本主義経済の総本山である米国ともう少しうまく折り合って行けばよさそうなものだが、現在の中国には米国と張り合って自らの勢力圏を誇示しようとする意図が見え見えだ。そしてその場合、米国と勢力を競い合う舞台は西太平洋とならざるを得ない。

 新刊書『語られざる中国の結末』(宮家邦彦 著、PHP新書)では、中国のこうした対外姿勢を原因として東シナ海や南シナ海で緊張が高まり、睨み合う米中両国の海軍の間で、ちょっとした誤解・誤算から戦端が開かれてしまった場合のシミュレーションが行われている。それは例えば、今回中国が言い出した「防空識別圏」を飛行中の軍用機に対する威嚇行為を発端に始まると考えてもいいのかもしれない。

 「他方、だからといって近い将来、米中間で大規模かつ長期にわたる軍事衝突が起こると考えてはならない。」
(以下、青字部分は前掲書からの引用)

 米国も中国も、今相手と全面的な戦争に及ぶメリットはないだろう。それによってグローバルな貿易や投資が止まってしまえば元も子もない。だから、仮に偶発的な軍事衝突が始まった場合にも、それが長期にわたる全面的な戦争に発展する可能性は低く、両国共に「落としどころ」を模索することになるのだろう。

 「それでも、人間が判断する限り、戦争ないし、戦闘は起こりうる。こうした戦いに勝ち負けがあるとすれば、多くの場合、その敗者は中国側となるだろう。」

 現時点での両国の軍事力を比較すれば、まずはそういう前提に立つべきなのだろう。

 「問題は、これからの米中戦争ないし戦闘の結果ではない。筆者にとっての真の関心事は、米中戦争ないし、戦闘終了後に予想される中国国内の政治的変化の程度だ。戦争ないし戦闘が終了し、米側の協力も得られないまま中国側が『勝利』を自国内で宣伝できない場合、中国の内政はいったい、どうなるだろう。」

 こうして著者は、米中衝突が終わった後の世界について、「頭の体操」としてのシミュレーションを展開している。実際には朝鮮半島の二国や台湾、ロシアなどの動向にも左右されるはずだが、そうしたパラメータは敢えて置かれていない。
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 著者のシミュレーションでは、米国との衝突の決着の仕方によって七通りのシナリオが展開されている。「中国が統一を保つか、分裂を起こすか」によって大きく二種類に分かれており、統一を保つ場合のシナリオは以下の三つだ。
 シナリオA: 共産党の独裁が温存される
 シナリオB: 共産党が統治の正統性を失い、中産階級が民主化の担い手になる
 シナリオC: シナリオBが早期に破綻し、独裁志向の強い指導者が現れる (プーチンのロシア型?)

 シナリオAは、対米戦争ないし戦闘における中国の勝ちっぷり・負けっぷり次第で更に三つのサブシナリオに分けられる。中国の勝ちなら「A-1覇権達成」、引き分けなら「A-2現状維持」、それ以下なら「A-3引きこもり」という訳だ。

 シナリオBはブルジョワジーによる民主革命とも言うべきもので、中国敗戦の事実が国民の前に晒された場合のシナリオの一つだろう。国際社会との親和性は高くなるのだろうが、一足飛びにここまで行くとは、私には到底思えない。よくてシナリオC、つまり新たな皇帝待望型になるのではないか。

 残り四つのシナリオは中国が分裂することが前提で、それはシナリオB・Cと同等かそれ以上に中国の負けっぷりがひどかった場合のことになるのだろう。

 シナリオDは分裂した各国(地域)で民主化が進むシナリオEは分裂した各国(地域)が民主化に失敗し、再独裁化に走る、そしてシナリオFはDの国(地域)とEの国(地域)が併存する形だ。分裂の仕方によって、漢族だけはまとまるのか、漢族も分裂するのか、漢族・少数民族の連邦制になるのか、という共通のサブシナリオに分けられている。最後のシナリオGは究極の大分裂で、春秋戦国時代の再到来と言えばいいだろうか。これはあくまでも理論上の話なのだろうけれど。

 現実の世界がこれらのシナリオのどれかになり始めた場合に備えて、日本は対応を考えておくべきと著者は説く。たとえそれが日本にとっては愉快でない、考えたくもないシナリオであったとしても。

 私個人は、中国はその国力がピークを迎える前までにシナリオA-1を実現することに全力を挙げるのだろうと想像する。それも、「戦わずして勝つ」ように様々な策略を絡めてくるだろう。だが、その広い国内は決して一枚岩ではないから、中での勢力争いやら何やらを背景に、著者が懸念するような「誤算・誤解によって生じる不測の事態」が発生し、止むを得ず米国との戦端を開いてしまうことはあり得るだろう。その場合にも、極力シナリオA-2以上となるよう、ありとあらゆる手を使うはずである。「敗け」を認めることは絶対にしないだろう。

 「中国共産党の統治の正統性は三つの柱からなる。
 第一は、『中国の統一』であり、その延長上には『台湾問題』『チベット問題』などがある。 第二は『抗日愛国戦争勝利』であり、その最たるものが『歴史問題』『尖閣問題』であろう。
 第三は、改革開放政策による『経済発展・生活向上』である。」

 ところが、極端な貧富の格差、公務員・党幹部に蔓延する不正・腐敗、環境破壊の深刻化などによって、第三の柱は揺らぎはじめている。そんな中で、米国との軍事衝突が現実のものとなり、その結果として万が一にも第一の柱に傷がつくようなことがあれば、中国共産党が「天」に見放されるのは案外と呆気ないのかもしれない。

 その場合には、国軍ではなくて党の軍隊である人民解放軍が一枚岩で党に忠誠を尽くすのか、それとも軍までもが地域に分かれるのか。米中衝突後のシナリオがA1を除くどれになるのかは、そうした軍の動向が鍵になることだろう。だからこそ、党中央は人民解放軍をしっかりと掌握し、党に忠誠を誓わせねばならない。軽はずみに米国との軍事衝突を起こさせないよう、細大漏らさず管理したいはずだ。だが、それにはアメとムチの両方が必要で、単純に不正一掃とも言っていられない。中国の政治改革の大いなる難しさは、そのあたりに本源があるのではないだろうか。

 いずれにしても、日中関係が好転しない時代を、これからも私たちは生きて行くことになりそうだ。

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