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台地の縁を歩く (その2) [散歩]


 東京の都心にある小石川、小日向、関口の各台地。神田川の流れに寄り添うようにして、それらの台地と低地とを結ぶ坂道の数々を訪ねる休日のウォーキングも、後半に入った。雑司ヶ谷の鬼子母神で一休みした後は、更に西を目指そう。
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 鬼子母神から高田一丁目交差点まで戻り、目白通りを渡ると、このあたりにしては緩い下り坂が反対側に続く。それをゆっくり下っていくと、慈眼寺金乗院という真言宗の寺があった。そして、この緩い坂道が宿坂(しゅくざか)と呼ばれ、中世の鎌倉街道に設けられた「宿坂の関」からその名がつけられたと、寺の前の標識に書かれている。

 しかもこの寺は、慈眼寺金乗院という名前よりも、目白という地名のオリジンになった目白不動尊が置かれていることの方が有名であるようだ。弘法大師自らの作になるという不動明王像が、江戸時代にこの近くに再興された寺の本尊となり、徳川家光によって江戸の五色不動の一つ、目白不動の名を贈られたが、その寺は太平洋戦争時の空襲で廃寺に。だがその本尊はこの金乗院に移され、現代の目白不動尊として信仰の対象になったという。

 そのご本尊が祀られた不動堂の横の階段を上っていくと墓地があり、その最奥に「丸橋忠弥の墓」の標識が。
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(⑫宿坂の慈眼寺金乗院にある丸橋忠弥の墓)

 丸橋忠弥!江戸時代初期の慶安4(1651)年、幕府の転覆を図った「慶安の変」において、由比正雪と共に首謀者となった人物である。この陰謀は事前に露見し、丸橋は捕縛され鈴ヶ森で磔刑に処せられた筈だが、低地を見下ろす関口台地の中腹に彼の墓があったとは。

 目白不動尊から再び目白通りに戻って西方向に向かうと、目白通りが明治通りをオーバーパスする千登世橋へとやって来る。橋の下の明治通りは切通しで台地を横断するような形になっていて、橋の向こうは目白台地である。

 明治時代に作成された地図にはこんな切通しはなく、現在の関口台地と目白台地が一体となった丘が続いている。要するにこの切通しは、「明治通り」といいながら昭和2年の都市計画に基づいて東京初の環状道路が建設された時に出来た人工の地形なのである。
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(明治42年の地図。明治通りの切通しも千登世橋もまだ無い)

 この橋の東端に立つと、関口台地の崖に沿って都電荒川線が勾配を上って来る様子を見下ろすことができる。目白通りと明治通りの高度差もなかなかのものだ。
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(⑬千登世橋から見下ろす都電荒川線)

 さて、目白通りを少しだけ戻って最初の右の路地に入ろう。そこに待っているのはクルマの対面通行が出来る長くて急な下り坂だ。あたりに坂の名前の標識はないが、これがのぞき坂と呼ばれる、クルマが通れる道路では東京23区内で最も急な坂の一つなのだ。その名の通り、昔の人はこの坂の上から恐る恐る下をのぞき込んだのだろうか。
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(⑭-1 のぞき坂を見下ろす)

 今日の私はこの坂を下っているが、これを上る人は難儀なことだろう。スマホの高度計アプリを使って計測してみたら、坂の上と下では16mほどの高度差があった。この坂道体験は本日の台地巡りのハイライト部分であるかもしれない。
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(⑭-2 のぞき坂を下から見上げる)

 のぞき坂を下り切って路地を右に曲がると、程なく都電荒川線の学習院下駅に出て、その直ぐ先の横断歩道で明治通りを渡る。そこからしばらくの間は、目白台地の南斜面に延々と続く学習院大学の敷地を眺めながら歩くことになる。

 やがて山手線の築堤に設けられたトンネルを潜り、山手線の外側へ。右手には高台が続いており、案外と緑が多い。そしてその緑が一段と濃くなった所が新宿区立のおとめ山公園である。ここが山手線のすぐ外側?と思うような坂道の景色だ。

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(⑮-1 おとめ山公園を左に見る坂道)
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(⑮-2 緑深い公園の中)

 江戸時代にこのあたりは徳川将軍家の狩猟地で、一般人の立ち入りが禁じられ、「御留山」または「御禁止山」と記されたそうだ。このおとめ山公園に入り込んでみると、中は落葉樹の緑が驚くほど深い。今もなお湧水があり、毎年7月にはホタルの鑑賞会が開かれることでも知られている。

 おとめ山公園の下をその敷地に沿って歩いていくと、それが終わった所の右手にもう一つ急な坂が現れる。相馬坂と呼ばれるもので、徳川家が所有していた御留山が明治になって近衛家と相馬家の手に渡ったことからその名がついたという。
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(⑯相馬坂)

 相馬坂を過ぎてなおも道なりに200mほど進むと、右手に山門の立派な寺があった。東長谷寺薬王院という真言宗の寺で、その山門を潜って中に入ると、目白台地の上へと続く広い境内はよく手入れが行き届き、今の季節は実に鮮やかな緑に包まれている。奈良の長谷寺から譲り受けた牡丹が咲く寺としても知られている場所だ。
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(⑰ 薬王院の山門)
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 初めて訪れた薬王院の境内をしばし眺めた後は、歩いて来た道路に戻る。その道はすぐに左に曲がって新目白通りに出るので、歩道橋でそれを越えると西武新宿線の下落合駅が近い。

 三鷹の井の頭池から流れて来る神田川と、杉並の妙正寺池を水源とする妙正寺川。この二つが出会う場所がその名の通り「落合」だ。そして現在は水害を防ぐために妙正寺川がここで暗渠となり、山手線の内側で神田川と合流するようになっている。その暗渠の入口を、下落合駅のすぐ西側にある踏切から眺めることができる。
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(⑱妙正寺川の暗渠の入口)

 そして、踏切を渡った先の道路を左へ歩いていくと、やがて神田川を渡り、高田馬場駅へと続く「さかえ通り商店街」へと入ることになる。私の学生時代、このあたりの飲み屋にはよくお世話になった懐かしい場所である。
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(⑲神田川と「さかえ通り商店街」)

 東京メトロの後楽園駅から歩き始め、幾つかの台地の南側の縁をたどりながらここまで、距離にして8.4km。よく歩いた。都会の中といえども、自然の地形を体感しながらの散歩には色々な発見があって楽しいものだ。

 カシミール3Dの「スーパー地形セット」が描き出してくれる東京都心の地形の凸凹をPC上で眺めながら、次回の散歩のプランを立てることが当分続きそうである。

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