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目眩(めまい) [自分史]


 こういうタイトルで書き始めるが、往年のヒッチコック映画の話ではない。

 5月10日(火)、連休明けでビジネスも本格的に再開し、私は週初から職場で慌しく過ごしていた。

 この日は長い会議で日中の時間を取られ、夕方に自席に戻ると、その日の内に処理しなければならない仕事が待っている。それらをやっつけて会社を出たのは、夜の9時に近かった。

 いつものようにターミナル駅で降りて電車を乗り換える。その時、何だか体の動きが微妙にフワフワする不思議な感覚が私にはあった。電車が揺れた時に無意識に体のバランスを立て直す、その反応がいつもよりも半テンポ遅れている感じがするのだ。家に着くまで、その奇妙な感覚は僅かながらも続いていた。

 10時前に自宅で遅い夕食を始める。やっとありついた一本の缶ビールにも、いつものような旨さがない。食事は短時間で終わり、ベッドで夕刊に目を通しながら、私は11時過ぎには眠りに落ちていた筈である。

 一度目が覚めたのは、日付がかわった11日(水)の午前0時半頃だった。トイレに行くために起き上がろうとした次の瞬間、自分の体にただならぬ異変が生じていたことに気がついた。目に見えるもの全てが回り続けている。壁かけの時計を見つめようとしても視点がそこで止まらず、すぐにグルグルと回り出してしまうのだ。そんな状態だから、自分の足だけで立ち上がることが全く出来ない。こんな事態は生涯経験したことがなかった。

 家具につかまり、壁を支えにしながら、何とかトイレには行けたが、寝室に戻って血圧を測ると上が190に近く、上半身は冷汗だらけだ。私は何とかもう一度起き上がり、リビングルームのソファーでうたた寝をしていた家内を揺り起こして事態を告げた。このまま寝ていて直るものとは到底思えず、直ぐに医師の診察を受けたいが、激しく目が回って自力歩行も困難なこの状況では、マンションの下へ降りることすら出来そうにない。やむを得ず救急車を呼んでもらうことにした。

 家内は直ぐに息子と娘を起こし、救急車の手配と病院に同行するための支度を始めた。当の私は着替えを手伝ってもらう間も目が回り続け、嘔吐感が突き上げてくる。一人ではどうすることも出来なかった。私の所に集まってくる家族たち。このような急病に陥ったことなど今までは一度もなかったから、皆が驚きと共に大きな不安に襲われたことだろう。心配をかけてしまい、申し訳ない。だが、その時の私はその「申し訳ない」という言葉を発することすら、やっとの状態だった。

 午前1時過ぎ、マンションの外で救急車のサイレン音が近づく。息子が階下まで降りていたので、程なく3名ほどの救急隊員が家の中へと入って来てくれた(私はそんな状態だったので正確な人数はわからない)。現在の症状について簡単なやり取りをした後、折り畳むと車椅子になるストレッチャーに乗せられ、エレベーターで階下へ。そしてそこで再びストレッチャーを伸ばし、そのまま救急車の中へと運ばれた。

ambulance.jpg

 私の体に起きたこのような症状に対しては、脳外科と耳鼻咽喉科の両方を備えた医療機関に診てもらった方が良いとのことで、救急隊員は車の中から搬送先の候補に一つ一つ電話であたっている。

 「患者さんは○○区在住、60才の男性、・・・」

 先月の終わりに還暦を迎えたばかりで、まだその実感がない私は、救急隊員の声を聞いて初めて、そうか、それは自分のことなんだと気がついた。

 電話をかけ始めてから3箇所目ぐらいで搬送先が決まり、救急車が走り出した。行き先は新宿区内の国立の大きな医療機関。つい先週も自宅からジョギングをしていてその前を通ったので、その大きくて新しい建物の姿は知っている。系譜をたどれば明治の初年の陸軍本病院にまで遡り、今は特定感染症指定医療機関の一つにもなっている機関である。

 救急車には家内と息子が同乗。目眩が続くので目を閉じたままの私に、今どこを走っているかを家内が説明してくれる。搬送先のあたりは以前の会社で長く住んでいた社宅から近く、家内にも私にも土地勘はあり過ぎるほどだ。娘が通っていた中学・高校からも極めて近い。よりによって、今回新たにこんなご縁が出来ることになるとは・・・。

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 おそらく午前1時半少し前だったと思うが、ともかくも病院に到着。応急処置を受ける場所で点滴を繋がれ、症状の確認が行われた。2時頃にはCT検査が始まり、その結果に異常がなかったことを直ぐに告げられる。点滴のおかげなのか、救急車に乗った頃に比べて嘔吐感は幾分和らいでいるが、目が回っている状態はあまり変わらない。スタッフの手を借りながら立ち上がっても、依然として自力では歩けない状態だ。

 私が応急処置を受けている場所には、私と同じような救急患者が入れ替わり立ち代わり運ばれて来る。周囲から聞こえて来る声から推測する限りでは、交通事故や急性アルコール中毒、或いは歩行中に昏倒してしまった人など様々だ。そんな患者たちに対して、こんな真夜中にも係わらず数多くの医療スタッフが一つ一つ丁寧に対応している。頭の下がることだ。(担ぎ込まれた人の中には、こうした施設で手当てを受けているにもかかわらず随分とわがままを言う人もいたようだが。)

 午前4時、MRIの準備が出来たとの知らせがあり、ストレッチャーでMRI室へ。その結果にも異常は見つからなかったので、脳外科的な心配はないとの判断になり、家内と息子が待機していた待合室へと運ばれ、この病院での耳鼻咽喉科の受診を薦められた。

 時刻は午前5時半に近い。今の時期ならもう明るくなっている時刻だが、病院の中からは外の様子もわからない。勤めのある息子はこれから帰宅、家内は病院に残って朝8時半からの診察開始を私と一緒に待つことを決める。家で留守番をしていた娘に家内が電話し、息子の朝食の用意を依頼。私のために家族は3人とも一睡もしていない。本当にすまないことをした。

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 診療受付ロビーのソファーで仮眠を取っている間に、家内が予約外受付の手続きを済ませてくれた。耳鼻咽喉科で私の診察が始まったのは午前9時頃だっただろうか。受診の時もまだ目は回っている。その様子を観察し、別室での聴力検査で難聴の症状が出ていないことを確認した医師から、私の病は「前庭神経炎」と診断された。

前庭神経炎

 片側内耳の前庭器官が急激に障害され、突発的にめまいが起きる病気です。

 原因は不明ですが、めまいが起こる前に、かぜのような症状があることが比較的多いので、ウィルスなどの感染が原因として考えられています。

 激しい回転性のめまいが急に起こり、普通それが数日~1週間程度続きます。めまいには吐き気や冷汗を伴いますが、難聴や耳鳴りなどの聴覚の症状を伴わないのが特徴です。

 めまいはその後、少しずつ軽くなっていきますが、発症から1週間程度は歩行に困難を感じます。めまいは発症から3週間くらいでほぼおさまりますが、体を動かした時や歩く時のふらつきは、しばらく持続するのが一般的です。時には6ヶ月ぐらいたってもふらつきが持続することがあります。

 (中略) 安静と薬による治療が主体になります。早期に治療すれば、一度障害を受けた前庭機能が回復することがあります。このような時には、比較的早くめまいが軽くなります。しかし、早期の治療にもかかわらず、症状がだらだらと尾を引くことがあります。このような時は、その状態に早く慣れるためにも、めまいに対するリハビリテーションが必要になります。
(goo ヘルスケア)

 「回転性のめまい」とは言い得て妙で、まさにその通り。遊園地によくある乗り物、「コーヒー・カップ」に乗ったような状態なのだ。

 診察が終わり、内服薬の処方を受けて、タクシーで家内と共に帰宅したのは午前11時前。しばらくして軽い昼食をとり、処方された薬を飲むと、私は早々に眠り込んでしまった。寝ずに一晩を過ごした家内も同様であったようだ。そして、夕方近くに目が覚めると、内服薬のおかげで目眩は治まっており、視点が定まるようになっていた。これなら新聞も読めるし、スマホの画面を見ることも出来る。私は早速LINEで息子と娘にメッセージを送り、ここまでの顛末を知らせた。二人からは直ぐに返事があり、いずれもホッとした様子が目に見えるような文面だった。

family-01.jpg

 そんな訳でその日は会社を休んでしまったが、翌朝からはいつも通りに出勤。こんなことが起きた直後だから仕事は軽めに、と行きたいところだったが、株主総会前とあってはそうもいかない。会社にいる時間も結局はいつもとあまり変わりがなかった。

 週末は念のため激しい運動を避け、ウォーキング程度で済ませた。アルコールの摂取は一週間ご法度。その分、いつもよりは健康的に過ごせたのかもしれない。本当は日曜日に体を動かす約束があったのだが、それにも不義理をすることになってしまった。

 発症からちょうど一週間が経過した5月18日(水)の朝、同じ病院で再び診察を受ける。幸いにして、あの時以来目眩の症状はぶり返していない。

 医師からは、「これぐらい回復が早いとなると、前庭神経炎というよりは、メニエール病の初期症状と考えた方がいいかもしれない。」とのコメント。そうだとすると、今後二度と症状が現れない人は全体の1/3ぐらいで、残りは将来的に何らかの症状が再び現れ、その重さの程度は人により異なるのだそうだ。急に症状が現れた時のために頓服薬を3回分だけ処方してもらったが、これから遠出をする際などには忘れずに携行する必要があるのだろう。

 そうは言いつつも、娑婆に戻ればともかくも目の前の現実に対応せざるを得ない。この日の夕方は、社長と二人で早速取引先との接待の場に向かうことになった。飲んだ酒の量は推して知るべし、と書いておこう。

 還暦を迎えた途端に経験した突発性の、それも原因がよくわかっていない病。そういうことへの備えを、これからはもっと考えて行かなければならないということなのかもしれない。突然のことで家族には心配をかけてしまったが、いい勉強をさせてもらったと考えるようにしたい。

 次の週末は家族への罪滅ぼしに、何をしようか。

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コメント 3

TT

なんと驚きました。しばし無理せずお大事にされますよう。Yさんとの定例会は暑気払いに快気祝いでできると良いですね
by TT (2016-05-19 19:24) 

RK

ありがとうございます。メニエールはストレスとの関係もなくはないようですが、それを弾き返せないのは、やっぱり歳なのでしょうか。

今日は早めに帰宅し、晩飯前に40分ほど外をゆっくりジョギングしました。まあ、のんびり構えていくようにします。
by RK (2016-05-19 21:05) 

T君

びっくりぽん
 強靭な貴君が、大魔神の霍乱!?
 何事もリハビリ大事!
  あわてず、あせらず、あきらめず
 が、基本です
by T君 (2016-05-23 20:12) 

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