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冬は北へ (1) 酸ヶ湯 [自分史]


 朝の「はやぶさ」で東京駅を出てから、およそ二時間。窓の外を北上川沿いの冬景色が流れていく。野山も田畑も雪に覆われた白一色の世界。色彩のアクセントになるのは、白いキャンヴァスに細筆で描いたような木々の幹だけである。

 昨夜遅くまで旅仕度をしていた家内は、窓側の席でいつの間にか眠り込んでいる。一方の私はといえば、列車で旅に出る時の常として、窓の外を眺め続けてきた。今日の午後には本州を寒冷前線が通過し、北日本は大荒れの天気になるとの予報だったが、それにしては、東京を出た時から窓の外には彼方の山々がよく見えていた。つい先ほども、左右の尾根の広がりが実に穏やかな栗駒山の雪景色を楽しんでいたところだ。

 11時48分、はやぶさ11号は定刻に盛岡を発車。その直後から、左の窓には岩手山の雄大な姿が迫る。この山の姿形の良さは東北でも随一なのだが、眺めるのなら、やはり積雪期がいい。2038mという標高以上のものを感じさせる、北国の山ならではの味わいがそこにある。
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 冬は北へ行こう。家内と2泊3日の旅に出ることを思い立った時から、そう決めていた。

 北国の冬は厳しいけれど、そんな冬だからこそ輝く何かがある。それは、もう30年以上も前のことながら、私が社会人として最初の3年を過ごした北陸の富山で体験したことだった。自然の豊かな富山はどんな季節も素晴らしかったけれど、やはり雪が降り積もる頃に「富山らしさ」を最も強く感じたものだった。

 盛岡を過ぎると、東北新幹線は長大トンネルが多くなり、外の様子はわかりにくい。ようやく闇を抜けて八戸駅を通過する時には部分的に青空が見えていたが、青森県に入ってから垣間見えたのは全くの灰色の空。そして12時35分に新青森駅に到着し、在来線(奥羽本線)のホームに降りると、外は雨だった。これが2月4日の立春を過ぎていたら「春一番」と呼ばれたに違いない気圧配置のために強い南風が吹いて、この青森でも気温が上がったためだ。

 約20分の接続で二両連結の在来線・青森行き電車がやって来た。最後部の窓から外を眺めると、高架の新青森駅がゆっくりと遠ざかるのと入れ替わりに、右手から津軽線の線路が近づく。雪の中に細々と続くレール。北国へやって来たという実感が湧いてくる。
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 13時ちょうどに青森駅に到着。かつては数多くの寝台列車が出入りした北の終着駅。私たちが乗ってきた二両連結の電車はその長大ホームを完全に持て余している。

 「そういえば、この駅に降りてから青函連絡船まで階段や通路を走ったのよね。」

 学生時代に友達と北海道へ貧乏旅行をしたという家内。彼女がその時に走った階段や連絡通路はこのホームのずっと先(海寄り)の方だが、今では人が通ることもあまりないのではないだろうか。

 跨線橋に上がると、東北本線の在来線だった「青い森鉄道」の車両が停車している。そのホームの彼方はもう海だ。
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 海の方をよく見ると、今はそれ自体が博物館になった青函連絡船・八甲田丸の姿がある。その船体に塗装された”JNR”(国鉄)の赤いマークが妙に懐かしい。
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 青森へやって来た私たちの今日の目的地は、八甲田山の麓、標高900mの地にある酸ヶ湯(すかゆ)温泉である。江戸時代初期の1684年に猟師によって発見されたというから、今年で333年の歴史を持つことになる。手負いの鹿がこの温泉で傷を癒し、三日後には元気に岩場を駆け上がったという言い伝えから、「鹿の湯」が「酸ヶ湯」になったというのは、東北訛りならではのご由緒と言うべきか。
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 その江戸時代から酸ヶ湯には多くの湯治客が訪れ、小さな温泉小屋が幾つも建てられていたという。今では青森産の総ヒバ造りの「ヒバ千人風呂」と呼ばれる大きな浴室がここの名物だが、それはいつ頃に建てられたものなのだろうか。近年では2013年の3月に566センチの積雪を記録したこともある、この北国の山奥の酸ヶ湯温泉が、戦後の昭和29年に全国の温泉のモデルケースとして「国民保養温泉第1号」に認定されたというのは、多くの人々の愛着によって支えられて来た長い歴史の賜物なのだろう。

 だから、そんな酸ヶ湯温泉を是非とも真冬に訪れてみたかったのである。真冬も真冬。一昨日の1月25日からの5日間は二十四節気の「大寒」の次候「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」だから、私たちの旅はちょうど一年中で最も寒い時期にあたるのだ。

 宿泊客は、事前に予約しておけば14時に青森駅前を出る無料の送迎バスに乗れる。駅前周辺で海産物などの店を見物していた私たちがその15分前に所定の場所に行ってみると、温泉旅館のバスが停まっていて宿泊客たちが乗り込み始めるところだった。名簿で乗客の名前を確認し、車内が満席になると、特段の説明もなくバスは発車。南下して市内を抜け、国道103号(八甲田ゴールドライン)の坂道を早くも登り始めた。

 市街地で降っていた雨は、山に入り込んでいくとさすがに雪に変わる。路面はやがて雪に覆われ、道路の両側には大人の背丈ほどの雪の壁が続くようになった。冬の間は夜間通行止となるこの道路。毎日除雪を続けるのは大変なことだろう。
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 やがて八甲田ロープウェイの乗り場へと向かう道を左に分け、バスはなおも山の中へ。私は一時間半ほどかかるのかと思っていたが、結局一時間足らずで酸ヶ湯温泉旅館前に到着。本来なら広い駐車場になっている場所も、今は大部分が雪に埋まっている。
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 好天の日ならば旅館の建物の後方に八甲田大岳(1585m)が見えるはずなのだが、今日は一面のガスの中だ。15時というと、予想天気図上ではちょうど東北地方の背骨を寒冷前線が通過する頃だ。山の稜線上では吹雪なのだろうが、温泉旅館の前はいたって風も弱く、「北日本は暴風雪に注意!」と言われて来たのに何だか拍子抜けしてしまう。
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 チェックインを終えて部屋へと誘導される。木造の古い建物で、廊下を歩くと床が鳴る。その感じがどこか懐かしい。窓の外は深い雪。なかなか絵になる風景だ。
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 廊下の数箇所に石油ストーブが置かれ、部屋の中はガス・ストーブだ。窓は二重ガラスになっているものの、木造家屋には外から冷気が伝わって来るようで、ストーブをつけていないと直ぐに室温が下がってしまう。しかし、そんな昔風のところがいい。寒い所へ来ているんだから、寒さは当たり前なのだ。

 食堂での夕食は18時半の回を予約して、まずは一風呂浴びて来よう。名物のヒバ千人風呂(混浴)には洗い場がなく湯に浸かるだけなので、最初はそれとは別の「玉の湯」(男女別)で体を洗うことになる。「混浴」に逡巡していた家内はまずは玉の湯だけにして、20時~21時に設定されている「女性専用タイム」に千人風呂へ行ってみるという。

 玉の湯もそれはそれで立派な温泉なのだが、折角だから、私は玉の湯から上がった後に続けて千人風呂の様子も見て来ることにした。
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(温泉のHPより拝借)

 それは、ちょっとした体育館とも言えるほどの広さの、中に柱のない大きな浴室だった。冬だから湯煙がもうもうと上がっていて、3メートル先はもうホワイト・アウトしている。おまけに外は雪が降る中の黄昏時だから、窓からの光も殆どなく、昼光色の電灯がポツリポツリと何箇所かで極めてぼんやりとしているだけだ。湯も濃い白濁色で、これなら混浴を気にする必要もまずないだろう。

 部屋に戻ると、玉の湯でゆっくりしていた家内もほぼ同時に戻って来た。そして千人風呂の様子を私が説明すると、家内も段々とその気になって来る。

 「それなら勇気を出して、私たちの食事が終わった直ぐ後に、空いてたら行ってみようかな。」

 「ホントにちょっと離れただけで、人がいるかいないかもわからないよ。折角来たんだから、好きな時に好きなだけ入ってみたら?」

 そんな話をしながらテレビのニュースを見ているうちに、早くも夕食の時刻になった。外はもうすっかり暮れて、雪国の夜景が始まっている。
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 食堂ではたくさんの品数の料理が供され、三種類の地酒の飲み比べセットなどもあって、私たちは酸ヶ湯の夜をゆっくりと楽しませていただいた。(地酒の中では弘前の『豊盃』が実に素晴らしい!)八甲田ゴールドラインが冬も通じているとはいえ、雪深い山奥でこんなに豊かな食事を楽しめるのだから、今の私たちは大変な贅沢をさせていただいている。333年前に手負いの鹿を追っているうちにこの温泉を見つけたという猟師は、後にこんな時代がやって来ることなど想像もつかなかったことだろう。
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 夕食の後、私は家内の「混浴デビュー」に付き合うことにして再び千人風呂へ。(付き合うといっても、湯槽は中央で男女のエリアが二つに分けられているので、お互いに何も見えないのだが。)それですっかり味をしめたのか、家内は寝る前にもう一度、ニコニコ顔で千人風呂に浸かりに行っていた。

 雪深い八甲田火山群の麓から熱い湯が豊かに湧き出す酸ヶ湯温泉。「地の恵み」という言葉がこれほどぴたりと当てはまる場所も少ないのではなかろうか。ゆっくりと湯に浸かりつつ、改めてこの国の神々に感謝を捧げたい。
(To be continued)

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