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続・冬は北へ (1) 田沢湖 [自分史]


 1月20日(土)、天気はゆっくりと下り坂に向かっていた。

 冬型の気圧配置が崩れ、前日の午後から東北地方を覆っていた移動性高気圧が東に抜けて、弱い気圧の谷が日本海から近づいて来る。今朝のニュースで解説されていたのは、そんな天気図だ。私たちが目指している秋田県の田沢湖のあたりは、スポット天気予報によれば正午頃まで晴マークで、午後からは曇、そして夕方からは乾雪が降ることになっている。
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 こういう気圧配置の時は、東京は移動性高気圧からの東風で雲の出ることが多い。事実、10:20に東京駅を出た秋田新幹線「こまち13号」の車窓に広がる沿線風景は、北へ行くほど青空が多くなり、雪を纏った那須連峰や安達太良山、吾妻連峰、そして宮城蔵王がよく見えていた。

 11:54 仙台駅を発車。これからいよいよ東北地方の北半分へと入って行くのだが、高気圧が遠ざかっていく過程にあるから、車窓から眺める山の姿も、山頂まで含めてそのスカイラインは確認出来るものの、その輪郭も色彩もだいぶ淡くなりつつあった。12:10を少し回り、くりこま高原駅を過ぎて車窓の主役に踊り出た栗駒山(1626m)の姿も、どこか淡色水彩の絵を見ているかのようだ。
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 12:57 北海道新幹線の新函館北斗へ向かう「はやぶさ13号」から切り離されて、盛岡駅を離れた「こまち13号」は田沢湖線に入る。その時、右側の車窓に雄大な岩手山(2038m)の姿が。天気が崩れる前に何とか間に合った!
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 私はこんな風に、相変わらず窓の外の山の眺めに見とれてばかりだが、本来の趣旨に戻ると、今日は家内と二人で一年ぶりの旅行に出ている。

 昨年は4月初めに私の膵臓がんが見つかり、大急ぎで入院・手術、そして術後の療養と抗がん剤による治療という、人生始まって以来の大病への取り組みで、あっという間に過ぎてしまった一年だった。比較的早期の発見と適格な処置のおかげで、12月末の診察でその後の転移が起きていないことが確認されて抗がん剤の服用が終わり、半年後に経過観察を受けるだけの身になったことは本当に幸いだったが、ともかくも家内には大きな心配をさせてしまい、とりわけ術後の療養期間には手間をかけてしまった。ようやく、相応に自由の身となった今、JRの「大人の休日倶楽部パス」を利用して、東北の温泉で家内にも少しゆっくりしてもらおう。去年の暮に二人で計画して、今回の旅を決めていたのである。

 列車が雫石駅を出た頃、走って来た方向をふり返ると、岩手山の山頂はもう雲に隠れている。つい10分ほど前に車内からカメラを向けたのがラストチャンスだったのだ。いよいよ気圧の谷が近づいて来ている訳だが、今日の本当のお目当てである秋田駒ケ岳(1637m)はこの後に姿を見せてくれるだろうか。

 窓の両側の景色が一段と雪深くなり、奥羽山脈を横断する仙岩トンネルを抜けると、列車は秋田県に入る。間もなく田沢湖駅に到着。時刻はまだ13:10頃なのだが、曇り空の下ではもう少し夕方に近いような印象を受けてしまう。駅舎から外に出ると、さすがに寒い。
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 列車JR田沢湖駅に着いた時刻から15分の接続で、田沢湖一周の路線バスが出ている。それに乗り込んだのは私たちを含めて10人ほどなのだが、そのうちに気がついたのは、その中で日本人は私と家内の二人だけで、他はみなアジアの国々からの観光客だという事実だ。広東語やマンダリンが聞こえてくる。確かにこの先には秘湯として今や超人気の乳頭温泉や、私たちの目的地である田沢湖高原温泉、更には新玉川温泉などがあって、雪を眺める冬の温泉ツアーは外国人の間でも人気が高いのだろうけれど、それにしても、京都でも北海道でもなく田沢湖にやって来た彼らは、間違いなく日本観光のリピーター達なのだろう。

 駅前から生保内(おぼない)地区を抜けてしばらく北上を続けたバスは、やがて国道を左に折れて田沢湖畔へと近づき、そこから時計回りに田沢湖を一周。その途中、二ヶ所の景勝地でしばらく止まってくれる。丸い田沢湖を時計の文字盤に見立てると、凡そ8時の位置に「たつこ像」というこの地の伝説の女性の銅像が立つ場所があり、バスは約20分停車。私たちは歩いて湖岸に向かう。そして、そこで待っていてくれたのは、私が今回一番のお目当てにしていた秋田駒ケ岳の全容だった。
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 今日は極めてゆっくりと天気が下り坂になるパターンで、等圧線の間隔が広く、この時期にしては珍しいほど風がない。日本一の水深(423m)を誇る田沢湖の湖面は冬でも凍ることがなく、風がないから湖面は文字通り鏡のようだ。天気が何とか持ちこたえた上に、「逆さ駒」というおまけまで付いて、ここまでやって来た甲斐があった。寒がりの家内もすっかりその眺めに見とれている。そして外国人の観光客たちは、それこそ「自撮り棒」を持って大変なはしゃぎようだ。
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 乗客の全員を再び乗せてバスは出発し、続いては田沢湖のほぼ最北端の位置にある御座石(ござのいし)神社の前で10分ほど停車。この神社は600年ほど前の室町時代に、熊野権現を信奉する修験者が修験の地としてこの場所を選んだとのご由緒があるそうだ。事代主神(ことしろぬしのかみ)・綿津見神(わたつみのかみ)といった記紀に登場する神様と共に、この湖の竜神がご祭神とされている。中央の神様とローカルな神様とが合祀されているのはよくあることなのだが、それにしてもこの御座石神社は実にシンプルだ。鳥居の向こうには何もなく、ご神体は湖そのもの。簡素なこと極まりない信仰のかたち。これが日本なのだ。
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 ご由緒書きによれば、三神のご神徳は開運厄除、勝利成功、そして美貌成就だという。私と家内がそれぞれ何をお祈りしたのかはともかくとして、昨年の私の大病の後に、縁あってこのお社を訪れ、二人で田沢湖に向かって手を合わせる機会を持つことが出来た。何はともあれ、昨年以来多くの方々に助けられ、支えられて来たことに深い感謝を捧げつつ、この先も自分なりに真っ直ぐに生きていくことを誓わせていただこう。

 再びバスに乗り、田沢湖駅へと戻る間に、それまで見えていた秋田駒ケ岳はもうすっかりその姿を隠してしまった。電車の中から眺めた岩手山に続き、田沢湖畔から眺めた秋田駒ケ岳の姿は、先ほどの撮影時がラストチャンスだったのだ。そう思うと、今日は何か「持ってる」のかもしれない。15:00少し前に田沢湖駅に到着すると、そとはもう雪が舞っていた。

 暖房の効いた田沢湖駅の待合室の中には、周辺の地形を表した立体地図が展示されていてわかりやすい。途中二ヶ所での小休止を含めて田沢湖を時計周りに一周して来た私たちは、この後はホテルの送迎バスで秋田駒ケ岳の山裾を北上し、田沢湖高原温泉郷へと向かう予定だ。
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 送迎バスが来るまで30分以上の時間がある。駅前の土産物店を眺めていたら、見たこともない缶詰が目にとまった。
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 「熊の缶詰」とは何とも面妖な名前だが、ラベルを読むと、要するに醤油、味噌、生姜、砂糖、赤ワインで熊肉を煮込んだものだそうで、この近辺で獲れた熊を使っているという。そんなに量産出来るものでもないのだろうから結構なお値段だが、風変わりなお土産にはなるのかもしれない。

 やがてホテルのマイクロバスがやって来て、定刻に駅前を出発。国道341号を北上し、右に折れて県道271号に入ると、標高が上がるにつれて路上の雪は深くなる。右手の秋田駒ケ岳の西斜面にはたざわ湖スキー場が広がっているのだが、雪が舞っている今は山の上にガスがかかり、殆どホワイトアウトしているような状況だ。
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 駅からおよそ30分。16:10過ぎに、雪深い田沢湖高原温泉郷のホテルに到着。今日は東京駅発が10:20というゆっくり目のスタートだったが、田沢湖観光を済ませてこの時刻に投宿できるのだから便利なものである。夕食までにはまだたっぷり時間があるから、旅装を解いて早速温泉を楽しむことにしよう。
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 スキー客も数多く宿泊するこのホテルでも、アジアの国々の言葉が飛び交っていた。

(To be continued)


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