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暴れ回る「影」 (2) [経済]

 2009年1月20日(月)。真冬の寒さの中、米ワシントンDCの連邦議会議事堂で現地時間の午前10時から行なわれた、バラク・オバマ氏の大統領就任式の様子を伝えたテレビ(或いはインターネット上の)画像は、まだ私たちの記憶にも新しいところだ。

 米国で4年に一度、しかも政権党の交代となる新大統領就任ともなると、やはり注目度が違う。当日、議事堂前の公園広場に詰めかけた180万人とも200万人とも言われる聴衆の数は、新大統領が掲げたスローガン ”Change we can !”への期待の大きさを表わしていた。

 就任式の冒頭で、音楽隊の演奏のもと、歴代の大統領が紹介されていく。カーター夫妻、”パパ”・ブッシュ夫妻、クリントン夫妻・・・。そこまではいい。だが驚いたのは、その次に前政権のチェイニー副大統領が登場し、続いてブッシュ大統領が姿を現した時、議事堂前は大変なブーイングの嵐になったことだった。いかに政権交代とはいえ、前大統領らがここまで石もて追われるようにして議事堂前を去らねばならないとは。

 無理もない。米国は前年9月のリーマン・ショックに象徴される大きな金融危機の「震源地」で、ローンを返せず家を失った人、職を失った人、住宅市場の低迷や株価暴落で資産価値が大きく目減りした人が増加の一途だった。そうした危機を招くような事態を放置し、更には危機発生後の対応に失敗したとして、共和党のブッシュ前政権は国民から強い批判を浴びていたのだ。
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 そのブッシュ時代に推し進められた諸々の政策は、「新自由主義」思想に基づくものとされる。それは世間一般には、「市場原理主義に基づき、低福祉、低負担、自己責任を基本とする『小さな政府』を志向し、均衡財政、公営事業の民営化、規制緩和を推進し・・・」というような思想だと受け止められていて、「市場競争を煽って格差を拡大する」などの批判が向けられることが少なくない。日本では、一頃の「小泉・竹中改革路線」を批判する文脈の中で使われることが多いようだ。

 そして、2007年夏のサブプライム・ローンの破綻に始まった一連の金融危機は、「米国系の大手銀行や証券会社がひたすら金儲けを追及した結果、生み出された住宅市場バブルの破綻によって、世界経済が危機に陥った」のであり、「これは金融市場の規制緩和の行きすぎによるもの」であるとして、新自由主義が危機の原因を作り、危機の発生を放置し、対応を誤らせた、という批判もよく耳にするところだ。

 『新自由主義の復権』 (八代尚宏 著、中公新書)は、新自由主義に対する世間一般の誤解を解きほぐしつつ、新自由主義の立場から「サブプライム・ローン問題の本質」の説明をも試みている。「最も嫌われる経済思想の逆襲」などという、いささか挑戦的なサブタイトルが付けられているが、先入観から離れて「新自由主義とは何か」を改めて整理してみるには、いい材料になるだろう。

 新自由主義の「正しい定義」について、その詳細は本書に譲ることにしよう。端的に言えば、「政府による市場への個別介入よりも、一定の枠組みのもとで、個人や企業が利益を追求する仕組みを活用するほうが、社会に望ましい結果をもたらす。」という考え方が根本にあって、

①資源配分面で市場競争を重視し、市場における行動について共通の透明性のあるルールを課す。(→参入障壁を撤廃する一方で、市場競争に反する行為、詐欺行為等については実効性のあるペナルティーを整備する。)
②最小のコストで最大の効果を達成する、効率的な所得再分配政策を目指す。(→所得移転は、それを真に必要としている層に直接届くものに重点を置く。「同一労働・同一賃金」を原則とし、年功賃金や過度の雇用保障はなくす。)
③政府によって運用される社会保険制度は、その負担としての保険料が確実に徴収されるよう、公平な仕組みを構築する。

などが骨子となるものだという。

 「『賢人政治』の思想」(政府による資源配分や所得分配の規模拡大を重視する思想)や、「伝統的な『共同体重視』の思想」(零細農家や中小企業、郵便局などを重視し、市場競争から保護すべきだとする思想)とは対峙する考え方だが、誤解を振り払うために著者が何度も繰り返しているのは、「新自由主義=市場が全て、自由放任主義」ではなく、「市場の失敗」があった場合には政府の出番を認めていることだ。
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 さて、ブッシュ政権が国民の怒りを買った、2007年夏に始まるサブプライム・ローンの破綻とそれに続く金融危機。それは、

● 「米国の住宅価格は今後も持続的に上昇する」という能天気な前提で、信用力の低い個人向けに金融機関が住宅ローンを野放図に提供、
● そうした本来は貸し倒れリスクの高い住宅ローン債権を、投資銀行などが、買い手にはその内容が理解できないほど複雑な証券化商品(CDO)に仕立て上げて大量に販売、

という形で膨れ上がった金融バブルが、米国住宅市場のピークアウトと共に破裂したものだが、いざ破裂してみると、証券化商品やCDS(クレジット・デリバティブ・スワップ)を通じて「負の連鎖」が瞬く間に世界に広がるという、史上例を見ないタイプの金融危機に発展することになった。その昔は「実体経済の影」であったはずなのに、それをかけ離れた巨大な存在になっていた金融が世界中で大暴れをした、典型的な事例といえるだろう。

 欧米では金融市場が機能不全に陥り、政府が国有化や増資の引受によって金融機関や保険会社を救済せざるを得なくなる一方、救済された企業の幹部たちが、そうした事態を招来しながら高額の報酬を受け取っていたことに、世間の強い批判が集まることになった。

 本書の著者はこの危機について、新自由主義の考え方から以下のような指摘をしている。

①サブプライム・ローンの破綻を契機とした金融危機が「市場の失敗」であることは確かだが、今後の対応として金融取引に単なる規制強化をしても、金融市場を縮小させるだけ。市場の参加者に正しいインセンティブを与え、市場の本来の機能を発揮させる「最適な規制」を考えるべき。

②政府に救済された大手金融機関の経営者が法外な額の報酬を受け取ったことへの批判が強いが、経営者への報酬が遥かに少額だった日本などでも、かつてはバブルの発生・崩壊があったのだから、「経営者の道徳」の観点だけから論じるのは誤り。

③リスクの大きな金融取引が世界的に普及したこと自体は金融市場の自由化の結果だが、最後には政府が救済してくれるという暗黙の前提がモラル・ハザードを生み、そうした取引をいっそう促進させた面がある。

④サブプラム・ローン問題の原因は、規制の弱さよりも、売り手と買い手との間で情報の非対称性を悪用したビジネスモデルを格付機関などが十分にチェックできなかったこと。インセンティブ構造の誤りや、監督行政の非効率性を改善し、健全な市場を取り戻すための改革を考えるべき。

⑤金融危機が起きたからといって、新たな金融商品の開発を抑制することは誤り。企業や個人のインセンティブを経済全体の利益に沿う方向に向ける、「効率的な規制」を目指すべき。

 金融市場をサッカーの試合にたとえれば、何はともあれ活発なゲームが行われなければ意味がないのだから、ゲームのルールは選手のモチベーションを下げてしまうようなものであってはならない。一方で、審判は選手の動きとボールの行方をよく見て,、「ルールに違反したことが必ず自らに不利になる」ようにファウルを取り扱っていかねばならない、といったところだろうか。ジャッジはタイムリーに下されねばならないから、審判は足も速くないといけない。
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 世間一般では「新自由主義によってサブプライム危機が起きた。」と受け止められることが多いが、著者の議論に従えば、「新自由主義が不完全な形だったからサブプライム危機が起きた。」ということになるのだろう。

 それでは、サブプライム・ローンの崩壊が始まるよりも前に、新自由主義の立場から、「今のままでは危ない。市場のルールが不完全だ。証券化商品の監督、格付機関のあり方、企業経営者の報酬体系などを早く見直さないと大変なことになる。」といった警鐘は鳴らされていたのだろうか。2006年以前の米国でどんな議論があったのかなかったのか、私はフォローしていないから解らないが、新自由主義であろうとなかろうと、今になってからの「後講釈」しか出来ないのだったら何の意味もない。

 著者は、「『最後には政府が救済してくれる』というモラル・ハザードがあったから、証券化を通じた金融バブルに歯止めがかからなかった。」と述べているが、金融機関や保険会社は、「こんな稼ぎは長続きしない。サブプライム・ローン証券化のビジネスも早晩行き詰る。でも、どうせ政府が救ってくれるからいいか。」という風に考えて突っ走り続けたのだろうか。私にはいささか疑問のあるところだ。

 「高度な金融工学の技術を駆使して開発された」証券化商品が、実は米国の住宅市場の持続的な右肩上がりを前提にしていたという、案外単純なものであったことには、気がついていた当事者もいたのだろう。だが、物事がいい方向に向かっていてどんどん儲かる時は、人間というのは案外そうしたことを忘れてしまうものなのかもしれない。「どうせ政府が救ってくれるから・・・」というようにバブルの崩壊シナリオまで織り込むほど冷静ではなく、儲かっている間はそんなことを考えもしなかった、というのが実態ではないだろうか。

 モノは作り過ぎればいつかは余るから、市場における需要と供給のバランスに任せておけばいいのかもしれないが、カネはリスクを取って自己ポジションを増やせば際限なく売り買いが可能だし、その結果として儲けが増えていく間は、「もうこれで充分」という理性・節度は働きにくいものだ。

 企業や個人が利益を追求することを市場の原動力として重視する新自由主義。かつてチャーチルが民主主義のことを指して、「それは最悪の政治形態だが、かつて試みられたそれ以外のいかなる政治形態よりもましなものだ。」と述べた、それと同じようなことなのかもしれない。だが、ことカネに関することについては、何かあればモノの世界を遥かに超えたスケールで暴走をしやすく、それは止めにくいものだという前提で考えて行く必要があるのではないだろうか。

 そのあたりは、また機会を見つけて頭の整理を続けてみたい。

暴れ回る「影」 (1) [経済]

 ギリシャに始まってイタリアへと、欧州発の信用危機に揺れる世界。地中海沿岸の国々で政府の累積債務が膨らんでいることへの懸念から、国際金融市場が落ち着かない。今週はドイツ以外の欧州各国の国債が軒並み売られやすい展開になり、フランスの格下げまでが織り込まれ始めた。

 リーマン・ショックをピークとする3年前の金融危機の際、パニックの連鎖を防ぐために各国政府が金融機関の国有化や増資に対応せざるを得ず、景気対策と合わせて巨額の財政資金が投じられた、そのことの後遺症がいよいよ深刻になってきた訳だが、市場の標的になった当事者はたまったものではないだろう。
 
 今からちょうど30年前に私が大学を卒業して社会に出た頃、金融とはもっと素朴な姿をしていたものだった。

 「金融とは実体経済に対してゼニ・カネの側面から光を当てた時に現われる影のようなものだ。」

 当時、そんな解説を何かの本で読んだ記憶がある。そして、それは影なのだから、実体経済をさしおいて前面に出てはいけない、資本主義経済の主役はあくまでも実業界であり、金融業は黒衣(くろご)なのだと。外国為替を例にとれば、為替予約の取引に「実需原則」という規制があった時代は、実需(モノの貿易)と為替が1対1の関係にあった訳だから、「金融は実需に寄り添う影なのだ」というのは至極もっともな説明だったのだろう。

 それから30年、影が影としておとなしくしていた時代は、とっくに終わっている。或る試算によれば、全世界で通貨を売り買いする毎日の出来高が、2007年時点で一日当たりの世界の貿易高の100倍以上であったという。株の世界では、ヘッジ・ファンドがコンピュータによる株式の超高速売買を行なうために、証券取引所のシステムもそれに対応することが今や不可欠だ。カネの世界はなぜこのように、モノの世界からかけ離れた巨大な存在になったのだろう。

 近刊『金融が乗っ取る世界経済』 (中公文庫)の中で、著者のロナルド・ドーアは過去30年の歴史を振り返り、「無名の当事者が取引し合う市場に統合されたシステム」と、「自己利益の追求を、人間にとって当然の基本的な動機付けとして、他人の利益追求を妨害しない程度に規制はしても自由に行なわせるべきであるという思想」をベースにしたアングロサクソン型の資本主義が、それとは対極的な性格を持つ日本やドイツの資本主義に勝利し、「経済の金融化」がグローバルに進展した時代だったと総括している。

 1925年生まれの著者は、大変な知日派の社会学者として知られる。自らが生まれ育った英国と比較して日本の社会構造、常識、通念を解明することに取り組み、「モノ作り文化」と「カネ作り文化」の違いに大きな関心を持ってきた学者である。
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 「経済の金融化」とは聞き慣れない言葉だが、アングロサクソン型の資本主義モデルが勝利し、’90年代以降に欧州各国や日本も、止むを得ずある程度それに追随したことによって、「先進工業国・脱工業国の総所得において、金融業に携わっている人たちの取り分が大きくなる傾向」にあり、金融業者が圧倒的な経済力と政治力を持つようになった、そのことを指している。

 それを可能にしたのは以下の三点だという。(米国の今の姿をイメージすればわかりやすい。)

①株式の取得を通じて、経営者資本主義から投資家(=株主)資本主義へと移行し、企業がますます「投資家」の所有物となっていったこと。
(→ これにより「株主価値」の極大化が優先された結果、会社経営ではROE(株主資本利益率)やPER(株価収益率)が重視され、買収ファンドなどが企業に対して発言権を持つようになり、そしてストック・オプションを持つことが経営者のインセンティブになった。)

②金融市場を活性化させることで国際競争力を強化するために、各国で「貯蓄から投資へ」などのスローガンの下、国民に対して「証券文化」が奨励されたこと。
(→これにより個人金融資産の中で株や債券のシェアが増加し、企業年金も確定給付型から確定拠出型に移行した。)

③「直接金融」と称して、金融業者が金融工学を駆使し、貯蓄者・投資家と、ファイナンスを必要とする実体経済の立役者との間に「投機的な市場」を作り出したこと。
(→これによって登場したのが、デリバティブ(金融派生商品)の数々だ。信用力の低い個人向けの住宅ローン(いわゆるサブプライム・ローン)を多数束ねて「証券化」したCDO(債務担保証券)、社債のデフォルト・リスクを回避するために開発された保険のような商品、CDS(クレジット・デリバティブ・スワップ)などが代表例で、米国の不動産バブル期にそれらは大変な勢いで増殖していった。)

 そして、これらを通じて金融業界は大儲けを続け、そこに従事する人々の取り分がどんどんと増えていった。ウォール街の経営者やスター・プレイヤーたちが手にした報酬の巨額さは言うまでもないだろう。実体経済の「影」であったはずの金融は、それを遥かに飛び越えて、米国や英国では今や稼ぎ頭の産業になった。

 その結果、世の中はどうなったのか。(これまた米国の現状を見ればわかりやすい。)

①国民の間で所得や資産の格差が著しく拡大した。(米国では一番裕福な1%の人々が個人資産全体の38%を持つと言われる。) 
②個人の金融資産も年金も株式市場の動向に左右されるようになり、安定的な生活設計が難しい世の中になった。
③各世代の最も優秀な人材が金融業に吸収されてしまい、他産業へ行かなくなった。
④金融が市場を通して行なわれることで取引の相手が見えにくくなり、金融の本来の姿であった「人と人が面と向かって築く信用関係」が侵食されていった。(→違法でない限り、「『情報の非対称性』を利用して、債務者の無知をいいことに搾取することが当たり前」といった風潮になった。)

 超巨大な存在にまで増殖していった金融は、こういう世の中を作り、バブルを膨らませていったが、2006年の終わり頃から、それが次々に弾けて大きな金融危機に発展した。
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 ロナルド・ドーアのこうした説明は確かに解りやすいのだが、私にはどこか「喰い足りなさ」が残る。

 なぜアングロサクソン型資本主義が’90年代に勝利したのか。それは、アングロサクソンの文化が「自己利益の追求」を原動力とすることを是とし、物事の価値をカネという抽象的な概念に置き換える思考に最も長けており、この時期に飛躍的に進歩したIT技術を最もうまく活用できたからだと私は思うのだが、それではなぜ、アングロサクソンがそういう文化を作り上げてきたのか、言い換えれば、数ある民族の中でなぜアングロサクソンが、カネで物を考えることが一番得意で、そのカネを際限なく増やしていくことに夢中になるのか、本書はそこには踏み込んでいない。

 こうしたアングロサクソン型資本主義とは対極的なものとして、著者は日本やドイツの資本主義を、

(無機質な市場ではなく)「知り合う、取引し合う当事者のネットワークに統合されたシステム」と、「もちろんお金はありがたいものだが、人間がなぜ一生懸命、かつ良心的に、創造性と起業家精神を発揮して働くのかと問われれば、お金はその理由のごく一部にすぎない。仕事自体の充実感や、職場の結束、取引関係やその他の社会関係から生まれる義理や人情、さらに働く環境や報酬の配分が公正であるかどうかといった『公平感』などを重視する態度」をベースに、より「社会に埋め込まれた」資本主義

であると理解しており、むしろそちらの方に共感を持っている風にも読めるだけに、その両者の違いの源泉はどこにあるのか、そこに踏み込んで欲しかったという思いが残る。(それは経済学や社会学の範疇を越えてしまうのだろうけれど。)

 ともかくも、アングロサクソン型資本主義にリードされて拡大を続けてきた金融の世界。過去の教訓を踏まえて、私たちは今後、それを適切にコントロールすることが出来るのだろうか。

 もう少し頭の整理を続けてみたい。

(to be continued)

雨のち晴れ [経済]

 雨の日曜日である。それも、昨夜半から本降りの雨だ。気温も昨日よりぐっと下がった。東京マラソンを走る人々には気の毒な天気である。例によって朝早く目がさめてしまったが、この雨では散歩と言う訳にもいかないので、ゆっくりと新聞に目を通すことにする。

 今朝の日本経済新聞の読書欄には、『経済論壇から』という月に一回のコラムが載っている。今の執筆者は東大教授の松井彰彦氏で、直近一ヶ月の主要紙・月刊誌に掲載された経済関係の文献の中から注目すべき論点を要約したものである。

 『閉塞感の中の日本経済』というタイトルが付けられた今回は、既に20年も低成長を続けている日本経済が今後も「緩やかな坂を下っていくという見方が多い」ことを受けて、「この閉塞感を反転させるために、私たちは何をなすべきなのか」にフォーカスを当てている。

 財政赤字は極めて深刻だが、最も重要なのは経済成長を実現することだ。企業の過少な雇用や賃上げ抑制は将来に対する過度の悲観論に基づいている。労働市場の自由化・流動化に対応したセーフティーネットを作れば、将来への不安の増大とそれに伴う消費低迷は回避できる。成長が無理だとする考え方こそが「日本病」であり、アジアをはじめとする外需をもっと取り込むことで更なる成長は可能だ・・・。各論者の主張を手短に紹介した上で、松井氏は、

「私たちにとって今大事なのは、日本の底流に流れる日本人の国民性、すなわち自国に全く自信の持てなくなっている私たち日本人の心性と正面から向き合い、自信を取り戻すことであるのは疑いがない。」

と述べてまとめに入る。そして、結びの部分で引用されていたのが、昭和30年代に「国民所得倍増計画」を掲げた池田勇人首相の経済ブレーンだった下村治氏の有名な言葉である。

 「ありとあらゆる弱点を言いつのり、いまにも破局が訪れるような予言をする人々を見ていると、アンデルセンの醜いアヒルの子を思い出す。その人々は日本経済をアヒルかアヒルの子と思っているのではないか。実際の日本経済は美しい白鳥となる特徴をいくつも備えているにもかかわらず。」

 これは、実際に日本が高度経済成長期を迎えるずっと以前の、都留重人との論争における下村氏の発言だそうだ。勿論こんなことを言う人は殆どいなかった頃のことだ。

 下村氏は不思議な人で、誰よりも早く戦後日本の高度成長を予言し、1973年に最初の石油危機が到来すると、今度は誰よりも早く「ゼロ成長論」を展開した(私の記憶に残っているのは、いつも渋い顔をしてゼロ成長を唱えていた頃の下村さんである)。そして、米国でレーガン政権が誕生し、減税による消費の拡大が対日貿易赤字を急増させたことから、米国が「ジャパン・バッシング」を展開し、日本に「市場開放」と「内需拡大」という圧力をかけた時に、それに敢然と異を唱える論陣を張った。それが、1987年4月に刊行された『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』という本である。
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 昨年の初めに文春文庫から復刊されたのだが、一昨年のリーマン・ショックに象徴される米国の不動産・金融バブルの崩壊を20年前に見通していたかのようなその内容が改めて大きな反響を呼んでいた。

 消費狂いになってしまったアメリカ人/ アメリカ経済の異常さを誰も指摘しない不思議さ/ 自由貿易が絶対的に善というアメリカの考え方はおかしい/ 自分だけ正しい、という思想がアメリカを大きな間違いに導いている/ アメリカは本気で財政収支均衡法をヤル気がない/ 今のやり方ではいずれ深刻な反動が生まれる・・・

 各章にこういうサブタイトルが並んでいるのを見るだけでも、ブッシュ政権下でネオコン全盛期の米国を批判しているのかのようで、とても20年前の話とは思えない内容だ。

 「これは、日本人の性格の弱さだが、日本人には迎合主義的なところがある。たとえば、占領軍(GHQ)がまだ日本にいたころは、日本人はそれに唯々諾々として、何事も占領軍の言うとおりにすればよい、言うとおりにやらなければならないという具合に、徹底的に突っ走った。占領軍は、当時は日本の弱体化に手をつけていたのだが、日本人はその弱体化政策に沿って、自分自身を武装解除していったのだ。その後遺症がまだ残っている。」
(『日本は悪くない 悪いのはアメリカだ』 第三章 「日本は事態を正しく認識していない」より)

 下村氏が喝破しているのは、冒頭に引用した松井彰彦氏のいう「自国に全く自信の持てなくなっている私たち日本人の心性」にも通じるものがあるのだろう。下村氏は『葉隠』を生んだ佐賀藩士の末裔である。武士が最も忌み嫌うのは、卑屈になることだ。

 これで思い出すのは、吉田茂首相の「側近」だった白洲次郎に関する一つのエピソードである。1951(昭和26)年9月4日に始まったサンフランシスコ講和会議。日本の独立回復と国際社会への復帰を約するこの会議で、各国の調印後に吉田首相が講和条約の受諾演説を行う予定になっていた。当日の二日前、演説の原稿に目を通すよう吉田から頼まれた白洲は、外務省の役人が用意した草稿を一目見て顔色を変える。それは英文で書かれており、占領に対する感謝の言葉が並んでいたのである。

 「何だこれは! 書き直しだ」
 「大幅にですか?」
 「当たり前だ!」
 「ちょ、ちょっと待ってください! 事前にGHQ外交部のシーボルト氏やダレス顧問にチェックしてもらったものですから、勝手な書き直しなんかできませんよ」
 「何だと! 講和会議でおれたちはようやく戦勝国と同等の立場になれるんだろう。その晴れの日の演説原稿を、相手方と相談した上に相手国の言葉で書くバカがどこの世界にいるんだ!」
 (『白洲次郎 占領を背負った男』 北康利 著、講談社)

 白洲は急ぎチャイナタウンで和紙を買い求め、数人が分担して毛筆書きの日本語で原稿作成に取りかかる。それが出来上がったのは吉田の演説の直前で、長さ30メートル、巻くと直径10センチになり、外国のマスコミはそれを「吉田のトイレットペーパー」と報じたという。当の吉田はそれを堂々と、20分をかけて読み上げた。吉田にとっても白洲にとっても、独立国としての矜持を失う訳にはいかなかったのである。
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 戦後の占領時代ならともかく、今の日本は(中国に抜かれつつあるとはいえ)世界第二の経済規模を誇り、枢要な立場にある国なのだ。卑屈になる必要は何もない。次の時代に向けて打つ手を自分で考え、果敢に実行し、その上で堂々と成熟していけばいいのではないだろうか。

 日本がこのような位置に置かれている中、昨年秋に起きた我国の政権交代も、国民が「上手くやってくれる人達にお任せ」で経済成長の果実の分配にあずかることだけを考えてきた時代から決別することを国民自らが選択したと考えるべきなのだろう。そうであれば尚のこと、我々には自信を失ったり卑屈になったりしている暇はないのである。

 昼前にはみぞれになっていた雨がいつしか上がり、午後になって晴れ間が急速に広がった。そうとなれば少し散歩に出てみよう。雨が大気中の塵を落としてくれたのか、空の青が鮮やかである。自宅の近くにある公園の片隅では、このところ続いていた寒さにもかかわらず、花開いたばかりの沈丁花が午後の陽を浴びて仄かに香っていた。

明日からは三月だ。春は確実に近づいている。
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電気自動車の時代 [経済]

 今月の初め、或る証券会社が主催するセミナーに出て、電気自動車(EV)に関する知識を得る機会があった。慶大の先生で、30年かけてコツコツとEVの開発を続けてきた清水浩教授が講師であった。それも、セミナーの後に清水教授を囲む夕食会付きのものだった。その時のことを書き留めておきたい。

 清水教授の最新作は、航続距離300kmで最高時速370kmという驚くべき性能を持った「エリーカ」という8輪車である。デモ・ビデオを見せてもらったが、スタートから僅か100mを走った所で、F1レーサーが運転するポルシェ911を追い抜かしてしまう。ギア・チェンジが必要な内燃機関と違って、EVは直線的に加速するのである。
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 無論、時速370kmなどというスピードは実社会では必要のないものだが、ガソリン車を上回る性能をEVが持っていることを示す上で、最も解りやすい指標として最高速度にこだわったのだという。搭載するリチウムイオン電池は、30分の充電で70%まで回復するが、これは5年前のモデルであり、最新の電池は、同じ70%まで回復するために要する充電時間が僅か5分だそうだ。コストを別にすれば、電池の性能はもうここまで来ている。

 清水教授の解説は、なかなか巨視的である。
 
 今の世の中でCO2を最も排出する”御三家”は、自動車と製鉄と発電だ。その三つが各々抱えている「内燃機関」「高炉法・転炉法」「火力発電」は、いずれも19世紀に発明され、20世紀になってから広く普及した技術である。しかし、いずれも化石燃料を大量に消費するため、排出するCO2による地球温暖化効果が今や無視し得ないレベルに達している。

 一方、21世紀になってから開発が進められた太陽電池リチウムイオン電池ネオジウム鉄磁石といった新しい技術は、それぞれがスマートグリッドEV水素製鉄への応用が可能であり、化石燃料を消費しない社会を作ることが可能だという。こうした21世紀型の技術を社会の中に取り入れることにより、CO2を発生させることなく、全世界が豊かさを享受することが出来る・・・東北人特有の訥々とした語り口ながら、清水教授は明るい未来を熱く語ってくれた。
 
 内燃機関に比べて構造が圧倒的に簡単で部品数も少なく、床がフラットで車内が広く、走行性能や乗り心地も遜色ないEV。しかし、現状ではリチウムイオン電池が余りに高過ぎるし(三菱自動車が発売を始めた「i-miEV(アイミーブ)」は、車体価格100万円に対して電池の価格が300万円)、各地で充電スポットが整備されないと普及しないのではないか、といったハードルを誰しもが感じてしまいがちだ。

 この点について、清水教授の解説には一段と熱がこもる。商品の普及速度を決めるのは、メーカーではなくてユーザーなのだと。
 
 20世紀において、自動車やエアコンという、それ以前には存在しなかった新たしい製品は、その登場から普及までに20年ほどの年月を要した。一方、レコード → CD、スチールカメラ → デジカメ、固定電話 → 携帯電話、ブラウン管TV → 液晶TV などのように、既に認知されている製品について新技術が登場した場合は、その発売から普及までは僅か7年だった。しかも、新技術は旧技術をほぼ完全に駆逐してしまったのである。だからEVについても、ユーザーが「これは使える!」という納得感を持ち、どこかの時点で一定レベル以上の量産が始まったら、そこから先は直線的でなく、爆発的に市場が拡大する・・・。

 その起爆点について清水教授は、電池が年産10万台のレベルに達した時だという。何故ならば、これまでの経験値として、工業製品は生産量が10倍になると価格が半分になり、100倍になると価格は四分の一になる。アイミーブが年産1,000台の今、リチウムイオン電池が300万円なら、年産10万台になれば電池は四分の一の75万円になる。車体を含めて価格が200万円以下のEVが量産されれば、これは今のガソリン車を駆逐する充分な商品になるという。
 
 以上は自家用車の話だが、一つの電池が6,000回まで充電可能で、一回の充電で300km走れるとすると、累計180万kmの走行が可能なEVは、ディーゼル車に比べて走行コストが桁違いに安く、しかも車内を広く造れるから、トラックやバスなど運輸業においても急速な普及が見込まれる、と清水教授は語る。

 そのEVが年産10万台を越えるのはいつ頃か。今、その準備を始めた電池メーカーが10万台を生産可能になるのは、最速で2013年頃だという。とすれば、その7年後の2020年にはEVが広く普及している可能性がある。今から僅か10年後の世界なのだ。現在のハイブリッド・カーはあくまでもモーターの補助が付いたガソリン・カーという過渡的な姿であり、最終的には純粋なEVによって置き換わるのだという。
 
 そこでまた、不安がつきまとう。そうした量産の世界になると、結局は労働力の安い中国やインドとの競争になってしまうのではないかと。それについては、

 「世界で売れるEVの8割は大衆向けの低価格車で、残りの2割が付加価値の高い高級車。日本は前者で血まみれのコスト競争をする必要はなく、後者で戦えばいい。高級車の8割は日本のメーカーが押さえられる筈だ。」

と、清水教授は力強く答えていた。確かに、既存の大手自動車メーカー、電池メーカーでEV対応が進んでいるのは今のところ圧倒的に日本であるようだ。
 
 このところ、日本を巡る話題には明るいものがない。少子高齢化、年金問題、財政赤字の拡大、東京株式市場の一人負け・・・。そんな中で、この夜は久し振りにわくわくするような話を聞き、夕食会に集まった機関投資家の面々もみな笑顔だった。

 日本の社会は、将来について悲観的なポーズを取ることを好み、ダメだダメだと言ってる割には対策を立てようともしないことが多い。確かな未来が約束されている時代などある筈がないのだから、本当に必要なことは、自信を持って前に進むことではないだろうか。この日はいつになく、その思いを強くした。



 


聖夜に [経済]

 このところの寒波が少し緩み、風がなく日向がぽかぽかと暖かい天候が昨日から続いている。弱々しい景況感ながらも、街の中はさすがにクリスマス一色。私の勤務先のオフィスがある丸の内一帯は、今年もライトアップが盛んである。
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 見かけはそうだが、21世紀の今もなお、日本にはキリスト教が根付いていない。1億2千万人の人口の中で、キリスト教徒は1%ほどだという。明治になってミッション系の女学校が幾つも開校し、そこに通った数多くの良家の子女が良妻賢母として次世代を育てていった、それでも僅か1%なのである。

 時として天変地異に見舞われながらも、四季折々の美しい自然に囲まれて一万年の縄文時代を過ごしてきた日本人の心のDNAは、やはり「多神多仏」であり、たった一人の全知全能の神がこの世の全てを創造したとする一神教の世界には、どこかついて行けないところがあるのだろう。だから日本のクリスマスは(信者の方々は別として)本質的には宗教と無縁であり、ごちそうを食べて人に贈り物をする年中行事の一つでしかないようだ。

 だからといって、それを単純に卑下すべきものでもないだろう。外来の物をありがたがって取り入れながらも、魂まで染まってしまうことはしないのが日本の伝統なのだ。芥川龍之介が『神々の微笑』という短編の中で鮮やかに描き出したように、この国の民は「破壊する力」ではなく「造り変える力」によって、外来の物を自分自身の中に取り込んできたのである。

 だが、外来の物をありがたがる背景には、自分の文明への自信のなさがつきまとう。飛鳥・奈良時代の日本が「シルクロードの終着駅」であったのと本質的には同じメンタリティーを、世界第二位のGDP規模を誇る今もなお、日本人は抱え続けているかのようだ。それも、先進国に対してだけでなく、最近では新興国の追い上げに対しても自信を失いつつあるのが気掛かりである。

 日本が抱える自信のなさは、「自分は世界の中心にはいない」という意識から来るのだろう。だから、仮に自分が世界の先頭に立てる、或いはもう既に先頭に立っているような分野でも、自分を世界の中心にするような枠組みやデファクト・スタンダードをちゃっかりと作ってしまうことが苦手である。一方で、日本の中では細々としたところまで顧客の要求が厳しいので、日本の中だけでしか通用しないような「こだわり」にカネと時間を使い、その結果がいわゆる「ガラパゴス化」である。

 最近は世界中でブームといわれる日本食も、それを大きなビジネスとして成功させているのは、決して日本企業ではない。日本人は「本当の日本食」にこだわるが、世界の需要の中心は、日本人ではない消費者が美味しいと認める「日本食的なもの」なのである。「そんなのは日本食じゃない!」と我々が言ってみたところで、美味しいかどうか、お金を払って消費する価値があるかどうかを判断するのはその国の人々であり、その国でのビジネスの目線はそこに持って行くべきなのだろう。しかし、それだって自分(日本の文化)に自信がなかったら出来ないことだ。

 クリスマス・イブの今日、朝からそんなことを考えていたら、日経新聞の中ほどに、「日本創造会議」というシリーズ企画があった。GMやポルシェで腕をふるった工業デザイナーの奥山清行氏(50)の示唆に富む言葉が並んでいる。忘れないように、この日記にも書きとめておきたい。

 「日本は技術がよければ、いい商品ができると過信しているフシがある。だが間違いだ。技術は食に例えれば単なる食材。(中略)料理人の腕がなければ価値は生み出せない。」

 「イタリアといえばフェラーリにグッチ、プラダ。みな地方の中小企業だが、向いているのは世界ということ。首都ローマを経由してビジネスを考えたことなどは一度もない。」

 「その意味では、日本の地方にも可能性がある。ネタになる技術は豊富だし、職人さんも多い。だがイタリアと違い、ブランド化に成功した例が少ないのはなぜか。」
 
 「恐らく、国内に広くいえることだ。日本の中小企業は下請け専門の会社が多い。言われるがままにものをつくってきたから、大企業経由のビジネスしか考えることができなくなっている。まず自分のブランドで製品をもつべきだ。そしてリスクを取り、イタリアみたいに世界に直接売り込みに行ったらどうだろう。」

 「中国やインドの時代になった。(中略)だが、気押しされる必要はない。日本は日本の道をもっと高い次元で実現すればいい。」
 
「中国もインドも30年したら成熟期を迎え、日本のようになる。その時は文化的な豊かさを重視するだろう。日本はそんな『底上げされた世界』をにらみ、今から付加価値の高い産業を構築していくべきだ。」
 
自分自身も含めて、まだまだ日本は頑張れるのだと、心から思いたい。

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