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公園で過ごす贅沢 [季節]

 5月3日、月曜日。朝のうちは雲に覆われていたが、程なく青空が戻り、風の爽やかな晴天になった。例年、5月の連休の頃には初夏の陽気が訪れるが、今日はまさにそんな日で、半袖のポロシャツ一枚で外を歩いてちょうどいいぐらいだ。

 10時頃から家内と二人で簡単な弁当を作る。連休の間、今日のような天気の日があったら、都心の公園へ出かける約束をしていた。ピクニック用のシートをトートバッグに入れ、駅前で赤ワインと飲み水を買って、さあ出発。メトロに乗ってお目当ての公園に着いたのは正午少し前だった。連休の中日。好天とあって、園内は家族連れや若いカップルなどで賑わっているが、何しろここは都心にありながら広大な敷地で、芝生の中を自由に歩け、木々の緑も深い所だ。シートを広げて昼食を楽しむのに好適な木陰を探すのに困ることもない。園内のかなり奥の方まで歩いて、緑の濃い桜の木の下に、私達は場所を取った。

 家内も私も、天気の良い休日をこのようにして過ごすのが好きである。
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 1988年の4月。社会人生活も8年目に入った私は、会社から一年間の業務研修の辞令を受けてロンドンに滞在することになった。形式上は一年間の長期出張であるため、家族の滞在ビザは出ない。家内と、生後5ヶ月になったばかりの長男を東京に残してロンドンへと向かったのだが、夏の間の二ヶ月だけ、二人を私費で呼び寄せたことがあった。子育てと海外暮らしという、家内も私も初めてのことを同時に二つ経験するようなことになり、文字通り試行錯誤の連続だったが、ロンドンの夏は私達に色々なことを教えてくれた。そこで覚えた楽しみの一つが、天気の良い日に公園の緑を楽しむことである。

 ロンドンは公園の多い街である。中心部のハイドパークやリージェントパークだけでも驚くほど広いのだが、その他にも緑地を挙げたらきりがないほどだ。有名なグリニッジ天文台も、天文台そのものはいたって小さなもので、一つの丘全体が広大な芝生の公園である。そう、ヨーロッパの公園は芝生の上を自由に歩けるので、訪れた人々はそこで好きなように過ごしている。ただ遊歩道を歩くだけで、ベンチに座れなかったら他にすることがない、という公園ではないのである。そして、東京などに比べればずっと北国の気候のヨーロッパでは、太陽の光への飢餓感が我々とは違うようだ。天気が良い日には公園の緑地で楽しそうに日光浴をしている人が多い。
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 リージェントパークの緑が忘れられなくなった私達は、帰国してからも公園の芝生を求めるようになる。娘が生まれ、やがて息子が幼稚園に通うようになると、天気の良い週末はもっぱら公園の緑の中で過ごすことになった。北の丸公園、新宿御苑、神宮外苑、小金井公園、昭和記念公園・・・。子供達をクルマに乗せて何度出かけたことだろう。東京には緑が少ないなどと言う人がいるが、実は立派な緑のスポットが都内にもたくさんあるのである。持ってきた弁当を広げ、芝生の上を走り回り、かくれんぼをしたり凧揚げをしたり、公園での過ごし方はいたってシンプルだったが、私達の一家にとってはそれが一番幸せな時間だったと、今も思う。

 アニメ映画『となりのトトロ』の中に、主人公のメイちゃんが庭で遊んでいるうちに中トトロと小トトロを見つけ、それを追いかけて低木のトンネルのような所に迷い込む場面がある。私達が今日シートを広げている場所の近くにあるツツジの園は、ちょうどそんな所で、我家の子供達はここでかくれんぼをするのが大好きだった。そのツツジが、今の季節は鮮やかな花を見せている。
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 それにしても、今日は青い空と輝く緑がすてきだ。シートの上に寝転がると、視野いっぱいに広がるのは桜の新緑と澄みわたった5月の空。桜の隣に立つ背の高いメタセコイアの木が風に揺れている。その桜の木からは、花が終わった後の種子が風に揺られるたびにパラパラと落ちてくる。グリルしたチキンや、挽肉入りのオムレツなどをつまみながら、ゆっくりと楽しむ赤ワイン。甘い物に目がない家内はスウィーツも少々持ってきたようだ。子供達が小さい頃には無論こんな余裕はなかったが、今こうして家内と二人の時間が持てるようになると、公園の緑の中で大人の過ごし方をするのはまた格別である。
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 日本が低成長の時代を迎えてから、既に久しい。特にリーマン・ショック以降は雇用不安とも相俟って、「巣ごもり」と呼ばれるような節約ムードが続いている。そんな中、休日に人々が公園で寝転んでいるだけでは消費が拡大せず、経済は成長しないというような論調を時々目にすることがあるが、好天の日に人々が公園へ出かけるよりも、商業施設などでより多くのカネを使うことをアテにするような「成長」のしかたは、長続きするものではないだろう。国際的にも競争力があり、収益をきっちりと上げられる産業が育って経済が拡大し、その成果の分配が増えることによって消費も増えるのだ。だが、いずれにしても経済成長にはたゆまぬ努力が必要だ。日々の生活は忙しい。だからこそ、人々が社会の豊かさを実感し、心身のリラックスを図れる場所として、公園の緑は維持されていかねばならないのだと思う。

 今は八重桜の花が終わる頃で、風が吹くたびにその木の周りは絵に描いたような桜吹雪である。八百万の神々が寿ぐ日本の5月は本当に素晴らしい。今日は外国人も大勢来ていて、みな思い思いのスタイルで青空と緑を楽しんでいる。東京は、そんな街であり続けるといいなと思う。
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 幸いにしてこの連休は、明日以降も晴天が続くようだ。
 「水曜日も、どこかへ行こうね。」
 プラタナスの大きな木を見上げながら、家内がもう一つ笑顔を見せた。

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