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十方世界の眺め - 鬼ヶ岳・節刀ヶ岳 [山歩き]

 山仲間のT君のクルマで東京を出たのは、朝の4時半過ぎ、南西の空にオリオン座が大きく出ている頃だった。

 首都高でビルの谷間を通り抜け、白々と開けていく東の空を背に、中央自動車道を西へと走り続ける。6時前に大月ICに近づくと、朝日に染まる岩殿山が姿を現した。後方には滝子山が尖って見える。山々の朝焼けを眺めるのも、久しぶりのことだ。
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 今日もドタキャンの反対のドタGOで山へ行くことになった。それまでの天気予報が変わり、10月の三連休の最終日が好天になりそうだとわかったのが、前週の木曜日。それからT君と相談を始め、最初は別の山域にしようかという話をしていたのだが、土日にかなりの雨が降ったことから、山道が荒れ気味のコースは敬遠しようということになり、行き先を前日になって変更したようなドタGOぶりだった。

 大月ICから富士吉田方面に向かうと、里山の彼方に富士山が頭を見せる。夜の眠りから目を覚ませたばかりのその富士の高嶺には雪がない。昨日までの雨でも雪にはならなかったのだろうか。河口湖ICを降りて国道139号に入り、一段と大きな姿を見せる雲一つない富士山を左に見ながら走り続ける。そして、西湖の北西端にある大きな駐車場に着いたのは、東京を出てからちょうど2時間後であった。

 外の気温は10度。だが、既に陽が昇っているので特に寒さを感じることもない。身支度を済ませ、7時に出発。オートキャンプ場の横を通り抜け、沢に築かれた大きな堰堤までの林道を歩くと、そこから森の中へと入っていく山道が始まる。「この付近 クマ出没 注意」の看板。念のため、持ってきた鈴をザックからぶら下げて歩くことにする。
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 河口湖と西湖の北側には、御坂山地と呼ばれる1,700m前後の山々の連なりがある。今日の目的地は、その御坂山地の西部にある鬼ヶ岳(1,738m)。山頂からの大展望が楽しみなコースだ。その鬼ヶ岳への登山道は、かなり水はけの良い土質なのだろう。前日までの雨にもかかわらず、ぬかるみもなく歩きやすい道である。ヒノキの植林の中を、特に急登もなく順調に高度を上げていくと、隣の尾根の上に太陽が顔を出し、森の中に朝日が斜めに差し込む。そして、樹々の間から見える空はどこまでも青い。
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 高度を上げるにつれて、ヒノキの植林から広葉樹の森へと替わっていく。その分だけ空が広がり、山道も明るくなる。8時20分、「ブナ原生林」と書かれた道標に到着。なるほど、あたりは葉が色づき始めたブナの白い幹が続いている。そこで一息入れてから先を進むと、ロープが垂らされた急登が一箇所。それを越えると樹々の背が低くなり、南側に富士山の全景と、遥かに足元の西湖が広がり始める。今日は絵に描いたような秋晴れになり、相当遠くの山までもが一望できそうだ。期待を胸に、更に登り続けていくと、お花畑の先の雪頭ヶ岳の平らな山頂に出た。9時05分だった。
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(雪頭ヶ岳山頂からの眺め)

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(雪頭ヶ岳から南アルプス最南部を望む)

 雲一つない真っ青な空の下、南側の展望が広がるその山頂は、文字通り富士山の展望台のようなところだ。吉田口登山道や御中道の様子までもが手に取るように見える富士山を中心に、左手には箱根、道志、丹沢の山々、そして右手には毛無山や南アルプス最南部の山々が並んでいる。このあたりでは紅葉も始まりだしていて、心地よく吹く風にススキが揺れている。いつまでもここでのんびりしていようかという誘惑に負けそうになりながら、私たちは先へと進む。

 雪頭ヶ岳からほんの数分、最後は岩の上の架けられたハシゴを登ると、鬼ヶ岳の頂上。なるほどこれが山名の由来かと納得してしまう、鬼の角のような形の大きな岩がある。雪頭ヶ岳の山頂では得られなかった北側の眺めもここからは楽しむことができて、まさに360度の大展望だ。聖岳から甲斐駒ヶ岳までの主峰がずらりと並ぶ南アルプス、赤岳周辺の稜線が尖って見える八ヶ岳、そしてその間には北アルプスの槍・穂高までもがくっきりと見えている。更に北から東にかけては、金峰山、大菩薩・小金沢連嶺、奥多摩の山々。山頂には私たちの他に登山者がもう一人だけいて、彼もいささか興奮気味である。
鬼ヶ岳から南アルプス南部.jpg
(南アルプス南部)

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(南アルプス北部)

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(北アルプス南部 - 雪頭ヶ岳への登山道より)

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(八ヶ岳)

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(大菩薩・奥多摩)

 「これは、『カシミール3D』の画像をそのまま見ているみたいだ。」 とT君。なるほど、パソコン用ソフトが描き出してくれる、理論上見えるすべての山々が私たちの周りに広がっているような感じだ。そして、頭の上の真っ青な空も、足元の紅葉も素晴らしい。仏教用語の「十方世界」とはこのような眺めのことを指すのだろうか。

 今日は、予定ではここから西へ稜線を下り、左回りの周回コースのようにして今朝の駐車場に戻ることにしていた。だが、山頂から東方向を眺めていると、尾根続きに節刀ヶ岳(せっとうがたけ、1,736m)まで歩いてみるのも面白そうだ。おそらくはここから片道30分ほどだろう。T君と私は、その節刀ヶ岳の山頂を今日の昼飯の場所に決め、早速歩き出す。高い所に登って周りを見渡すと、つい隣のピークにも行ってみたくなる。二人ともサル年生まれだから、そこは仕方がないのである。

 鬼ヶ岳から先はなだらかな尾根道で、紅葉と爽やかな風を楽しめる快適なコースだった。静かな森の中にある金山のピークを左に折れて緩やかに登り、最後のポンとした高みを登ったところが節刀ヶ岳の頂上だ。想定通り30分で到着。私たちはコンロで昼食を温めながら展望を楽しむ。ここからは目の前の十二ヶ岳(1,683m)と、河口湖や三ツ峠山方向の眺めが印象的だ。富士山は依然として雲一つなく、その右手、裾野がゆったりと西側に広がっているその遥か彼方には太平洋の水平線が見えているのではないかとも思えた。
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(十二ヶ岳の稜線)

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(丹沢・道志方向)

 今日も高い所にやってきて、素晴らしい眺めとめぐり合うことができた。その幸運を喜びながら、二匹のサルは昼飯を掻き込んでいた。
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 時計は11時半を回った。来た道を鬼ヶ岳まで戻る。穏やかな尾根道なので登り返しも苦にならず、そこかしこで秋が歌う稜線を歩いていると、これは一つの楽園かとも思う。鬼ヶ岳のピークの直下では、リンドウがひっそりと咲いていた。

 再び鬼ヶ岳の頂上へ。この360度のパノラマとも、今日はこれでお別れである。こんな時間まで北アルプスがくっきりと見えている日も珍しい。じっくりと目に焼き付けておこう。先ほどよりも太陽が少し回り、光の加減が微妙に変わったのか、南アルプス・白峰三山の岩稜が一段とダイナミックに見えていた。

 鬼ヶ岳から鍵掛峠までは、痩せた尾根伝いの下りになる。ところどころに岩峰があり、ロープが張られていたりして、それまでののどかな尾根歩きとは対照的だ。木が繁茂しているから谷底まで転がり落ちることはなさそうだが、稜線の南側は結構切れていて、それなりにスリリングである。富士を左手に、南アルプスの主脈を正面に見ながら降りていくと、正午を過ぎたばかりの太陽には心なしか赤味がかかり、紅葉がそれによく映えている。やがて、樹々の間から下界の建物や車が見下ろせるようになると、鍵掛峠だ。
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 峠からは植林の中の、一転してよく整備された歩きやすい道を下る。それも、駆け下るようなスピードで降りていった。下界まで標高差600m、下るにつれて汗が出てくる。稜線の上が涼しく快適だったのですっかり忘れていたが、今日は東京でも夏日になるとの予報だったのだ。結局、山地図のコースタイムでは鍵掛峠から1時間半ほどのコースを45分で下り、大汗をかいて西湖の駐車場へと帰還した。山を眺め終わったらさっさと降りてくるところも、私たちは本質的にサル年生まれなのだろう。
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(西湖から見上げる鬼ヶ岳~鍵掛峠の稜線)

 今日もまた一つ、初めての山にT君と登った。その鬼ヶ岳の山頂から眺めた、四方をぐるりと取り囲む山々。長いブランクを経て、昨年から旧友のT君と再び山へ通うようになり、新たに登った山も増えつつはあるものの、これだけの山々を見せられてしまうと、まるでお釈迦様の手の中の孫悟空のように、私たちの足跡はまだごく僅かなものだ。二匹のサルにとっては、また新たな課題を与えられたようなものである。

 「今度はどこへ行こうか。」

 「道の駅」に併設された温泉の露天風呂で、秋空を背に颯爽とした富士の高嶺を眺めながら、私たちはもう次のことを考えていた。

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コメント 2

T君

 駄目出しをすれば、富士山が白くなかったことだけ
 すばらしい好天でしたネ
 富士山だけでなく、あそこまで、(帰路ではさらに大きくなった)南アルプス、北アルプス!
 (ちょっと大変ですが)雁ヶ腹摺山に次ぐ絶景でした(いや、凌ぐかも)
 
by T君 (2010-10-13 01:39) 

RK

1,700m程度の標高で、樹々に邪魔されることなく360度の展望があんなに楽しめる山というのも、そう滅多にはないでしょう。

南アの大無間山なんて眺めたのは何十年かぶりで、あっちの方は本当に山が深いと改めて実感。もっとも、この歳で藪こぎの山へ行くには勇気がいりますが。
by RK (2010-10-13 08:49) 

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