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雪景色 [季節]

 2月14日。聖バレンタイン・デーのこの日、東京は朝からどんよりとした曇り空だった。

 オフィスの最寄り駅で電車を降りると、外は小雪がちらついている。それも、細かい粉雪だ。コートの襟を立ててオフィスへと向かう。

 自席のPCで受信メールをざっと確認した後、烏龍茶のティーバッグを入れたマグカップに熱湯を注ぐ。週末の間はエアコンが動いていない分、月曜の朝一番はオフィスの中が冷え冷えとしているものだが、今日は普段にも増して室内が肌寒い。そして、午前中のうちに雨が窓を叩くようになった。

 終わってみれば会議の多い一日だった。その間、外の様子は気にとめることもなかったのだが、最後の会議が夕方の6時半過ぎに終わり、自席に戻ってみると、すっかり暗くなった窓の外は霙(みぞれ)である。こんな夜に居残りは無用だ。テキパキと残務処理を済ませ、家路を急ぐことにしよう。天気予報に従って今日は久しぶりに傘を持ってきたが、駅へと向かう間、その傘を持つ手がかじかむ。寒い夜になった。降っているのは霙というよりも、もう殆ど雪である。電車に乗ると、高架を走る窓の外では夜の街が白く煙っていた。

 自宅に帰り着き、待っていた家内・娘と三人で晩飯が始まる。我家ではお馴染みのメニューが並んだ。月曜日は休肝日と決めているから、今夜はビールはなしだ。もっとも、こんな寒い夜は冷たい飲み物より暖かい野菜スープがありがたい。

 大学3年の後期試験も終わった娘は、間もなく「就活」の本番を迎えることになる。ネット社会の今は学生達も何かと情報過多になりがちで、本人に慌てるつもりはなくても、漠然とした不安を抱えることも少なくないだろう。せっかくの夕餉にそんな話をするのは野暮というものだ。この夜も三人の間ではとりとめもない話に花が咲き、2月14日なのでチョコレートが食後のデザートになった。

 「うわー、すごい雪!もう道路が白くなってる!」
 ベランダに出た娘がそんな声を上げたのは、食休みの後に私が音楽を聴いていた9時過ぎだろうか。つられて私も出てみると、雪はまさに降りしきっていて、目の前の桜並木の通りは植え込みも車道も白く覆われ始めていた。緩い坂道になっているのだが、たまに通る車もずいぶんと慎重な走りだ。こんな調子で一晩も降ったら結構な積雪になるのではないか。
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 こうなると俄然物見高くなるのが私の性分だ。外を歩き回って普段はなかなか見られない都会の雪の夜を体感してみるのも悪くない。早速、山へ行く時の防寒着に身を固めていると、
 「えっ、パパ、外へ行くの? 私も一緒に行きたーい!」
と娘が言い出して自分の部屋へ走って行った。すぐに着替えるという。こういう物好きなところはやはり血を分けているのだろうかと、我ながら不思議に思っていると、
 「ホントによく似た親子ね!」
と玄関の前で家内が大笑いしている。まぁ、そう言われるのも無理はないか。

 足元が滑らないようトレッキング・シューズを履いて出発!まずはマンションの裏手の駐車場へ。ここは青空駐車場なのだが、クルマには雪が積もりやすいもので、我家のSUVは屋根もフロントガラスも既に真っ白だ。いずれ融けて滑り落ちる雪で壊されないようワイパーを立ててから、娘と桜並木を坂の上まで歩くことにした。
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 あたり一面に舞い続けているのは、思った以上のパウダースノーだ。マフラーに付着した雪にきれいな結晶が現われたと娘が言う。何よりも、雪を踏みしめた時のキュッキュッという感触がどこか懐かしい。
 「わーいわーい! スキー場にやってきたみたいね!」
大学3年生というのに、雪の中を飛び跳ねている娘は何とも無邪気なものである。

 それにしても、この日の気圧配置は3日前の祝日とよく似ていた。どちらも対馬海峡と四国の南に低気圧が一つずつあって、本州は気圧の谷に入っている。こういう時、四国の南を通る低気圧の北側には寒気が入り込みやすく、気温がある程度以下だと雨が雪になるという。雪の降り始めが朝になってからだった11日は、当初は大雪との触れ込みだったのに積もることはなかったが、今日は特に大雪とも言っていなかったのに、夜になってから急速に積もり始めた。その違いはやはり気温にあるようだ。天気予報のプロにとっても、そのあたりの読みは難しいところなのだろう。
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 坂の上から桜並木を振り返ってみると、雪の夜の様子はちょっぴり異国風でもある。日本というのは不思議なもので、夏の暑い頃は路地裏の様子がいかにもアジア的であるのに、冬になると落葉樹が風に揺れる様子はどこか北国の風情である。そして、桜の枝に雪が積もった今夜の様子は雪舟の水墨画のようでもあり、ヨーロッパの公園の一角でもあるかのようだ。
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 行きとは反対側の歩道を通って桜並木を途中まで下り、そこからは更に車の通りの少ない路地に入って新雪を踏みながら歩く。ひっそりと静まったお寺の門前。灯りの消えた印刷工場。いつものご近所も、夜の雪の中では全くの別世界だ。まるで子供のようにあたりをキョロキョロしながら、娘と私の二列の足跡は、それからも更に続いた。

 「最後はお家まで、こっちを歩こう。」
 坂道の一番下の三叉路に出たところで、娘は桜並木の中央の遊歩道を指差した。このあたり、両側にマンションが立ち並んではいるが、幅広の道路であるために、見上げてみると意外に空が広い。その夜空からは今も尽きることなく雪が舞い落ちてくる。娘は両手を広げ、それに向かってもう一度「わーい!」と叫ぶ。
 植え込みのツバキの花が雪に埋もれている。白と紅と葉の緑のさりげない組み合わせが、モノトーンの景色にかすかなアクセントを加えている。その様子がいたく気に入った娘は、いつまでもそれを眺めていたいと言う。
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 仕事の関係で香港に長くいた頃、家族を連れて色々な国々を訪れる機会があった。娘はまだ小さな頃だったが、幼いなりに異国にいることを体感し、初めて見るものには丸い目を更に丸くしながら、自分の個性を形作っていったのだろうか。甘えっ子で泣き虫なのはともかく、好奇心が旺盛で、食いしん坊で、旅をするにも万事プラス思考で、独特の表現力を持っていて・・・といった所は、そういう風に仕向けるような環境を私が作ってしまった結果なのかもしれない。あれから随分と歳月は過ぎたが、娘の本分はあの頃とちっとも変わってないと思うことが、今も多い。

 これから自分の身の振り方を決めなければならない娘は、その悩みも不安も大きい分、今夜は雪の中で思いっきり無邪気になりながら、自分なりの気分転換を図っていたのだろうか。「就活」といっても、型にはまった対応や「模範解答」が全てではないはずだ。物事の基本は弁えた上で、天衣無縫とでも言うべき、良い意味での彼女の個性を発揮していってくれればと思う。
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 私も半ば童心に帰ったようになって、30分ほども二人で外を歩いただろうか。雪を払いながらニコニコ顔で家に戻ると、「同じ笑顔が二つ帰ってきたね!」と家内の声。そしてしばらくすると、家内の携帯に息子からメールが届いた。雪で中央線の快速が上下線とも不通になり、今夜は帰れないから大学院の研究室に泊り込むそうだ。それもまぁ仕方ない。明日はきっと疲れた顔をして帰って来ることだろう。明日の夜も私は特に予定を入れていないから、晩飯には四人が揃うだろうか。

 雪はまだ降り続いている。だが東京の雪は冬型の気圧配置が崩れているからこそ降るもので、逆説的ながらそれ自体がかすかな春の兆しとも言える。その春を待ちつつ、我家は四人でいつも通りに暮らしていきたいと思う。

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