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山上のメリー・クリスマス - 陣馬山・景信山 [山歩き]


 12月24日、土曜日。二日前に冬至を迎えたばかりの今日は、今冬一番の冷え込みとなった。

 午前7時31分、JR中央特快で高尾に着いたが、ここで接続する河口湖行き普通列車を待つ15分間が、さすがに寒い。私にしては珍しく、ホームの自動販売機で思わず暖かい飲み物を買ってしまった。

 やってきた115系の6輌編成の電車は、好天の週末なら登山者で結構込み合ったりするのだが、今日は閑散としていて、それが余計に寒々しい。クリスマス・イブに山へ行く人は、さすがに少ないようだ。それも独りで、となると更に少数派になるかもしれない。

 二つ目の藤野で降りてバスに乗る。これも増便は出ず、一台の座席が概ね埋まる程度だ。駅前から狭い道を走って10分足らず。陣馬登山口で降りたのは、私も含めて10人程度の登山者だった。吐く息の白さが、そして空の青さが、都会の中とはやはり違う。関東の冬の山にやって来たことを、改めて思う。
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 8時20分に行動開始。歩き始めてすぐにある分岐を左に入り、民家の間を上がって行く舗装林道へと私は進む。陣馬山(855m)の一ノ尾根を行く道である。早く体を温めたいので、最初からセカセカと登る。私独りの場合には、平地でジョギングをする時と同じ息遣いになる程度のスピードで歩くのが、自分のペースになることが多いから、つい早足になってしまう。加えて今日は、夕方から都内で家族と外へ出る用事があった。なるべく早く下山しようと思うと、ついペースが上がってしまう。

 10分ほどで舗装林道が終わり、ここから先は山道だ。陣馬山を越えて景信山までの、今日歩くことになる稜線が見えている。体は既にアイドリングが充分で、汗が出てきた。防寒着を脱いで山シャツ一枚になる。あたりの気温はまだ氷点下なのだろうが、人間の体とは不思議なものだ。
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 しばらくは植林の中を歩き、やがてそれが落葉樹に替わると、山道が明るくなり、木々の向こうに丹沢の山並みが見えている。特に急な登りもなく、落葉を踏みながらの歩きやすい道が続く。歩き始めてから40分ほどで、富士山が姿を見せるようになった。

 それまで北向きだった尾根道が東向きになると、再びヒノキの植林に入り、展望がなくなる。山道の分岐を二つ越えると、陣馬山の山頂は近い。最後に丸太で作られた階段状の登りがあって、ここが少々しんどい所だが、そこを頑張れば茶店が見えてきて、その先が頂上である。登山口からコース・タイム1時間40分の尾根道を、今日は1時間10分で登ったことになる。
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(後方は奥多摩の大岳山)

 朝の9時半。山頂に着いた登山客もまだチラホラで、三軒の茶店も店を開けたばかりという様子だ。山頂にある白い馬のモニュメントは人工的でちょっといただけないが、この陣馬山頂からの360度の眺めは素晴らしい。南側に雲が多く、丹沢は少しご機嫌斜め。富士山は体半分くらいが雲に隠れながらも何とか山頂が見えている程度だが、それ以外の山域はよく晴れている。予定より早く着いたので、山頂では20分ほど、こうした展望を楽しむことにした。
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(富士山と道志の山々)
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(雪を抱く南アルプスの赤石岳(左)と悪沢岳(右))
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(相模湾と江ノ島。中央遠景は経ヶ岳・仏果山)
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(日光方面。遠景左が日光白根山、遠景右は太郎山、男体山、女峰山)

 9時50分に陣馬山を出発。雑木林とヒノキの植林が混じる山道を少し下ると、後はトラバース状の穏やかなコースだ。殆ど小走りのようなペースで、20分ほどで明王峠を通過。ここは陽当りの良い南向きの斜面で、のんびりするにはいい場所なのだが、陣馬山から見えていた富士山がここでは雲に隠れていたので、そのまま進むことにする。「景信山まで1時間30分」と道標には書かれていたが、このペースならそれもかなり短縮できるだろう。

 ここから先、景信山までの道は、逆コースで何度か歩いたことがあるので、見当はついている。底沢峠の少し先で、一箇所だけ左側の展望が利く所があって、奥多摩の大岳山や御前山がよく見えている、その様子もいつもの通りだ。尾根筋を忠実にたどろうとすれば、堂所山をはじめとして樹林の中の幾つかのピークを越えることになるのだが、今日は巻き道でショートカットをさせてもらうことにして、トラバース状の道をせっせと歩く。送電線をくぐったあたりから少し登りになり、東向きだった尾根道が次第に南へ回りこむようになると、そこからは景信山への最後の登りである。

 午前11時ちょうどに景信山(727m)に到着。明王峠からは50分で来たことになる。陣馬山頂では冷たかった風がここではおとなしく、東京都心方面の眺めが広がっている。茶店でなめこ汁を買い求め、それで暖を取りながら、私はのんびりと昼食を楽しむことにした。丹沢の大山が、均整の取れたその姿を今日も見せていた。
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(雲の湧く丹沢・大山)

 11時40分、下山開始。目の前に広がる下界の眺めの中に飛び込んで行くようにして、山道を下る。景信山の南斜面を小仏バス停まで下って行く、陽当たりの良い道だ。次のバスが12時40分発なので、所要40分のこの道を急ぐ必要は何もない。だが、道は植林の中をどんどんと降りていき、クルマの音がやけに近くなったと思ったら、すぐ眼下を中央自動車道がトンネルに入るところだった。そこから幾らもたたないうちに山道は終わり、幅の狭い舗装道路が始まる。旧甲州街道で、これをそのまま歩けば小仏バス停だ。だが、それも12時15分には着いてしまった。次のバスまで25分も待っているのはつまらないから、私は道路を引続き歩くことにした。

 しばらくすると、道路はJR中央本線と並行するようになる。小仏トンネルの入口付近を間近に見ると、これがなかなか興味深い。現在の上り線に使われている全長2574mのトンネルが、明治34年に建設されたものだ。当時の規格で口径の小さなトンネルに電化時に架線を引いたので、低く折りたためるパンタグラフのある車輌しか通過できない、いわゆる狭小トンネルの一つである。トンネルの背後には、つい一時間前までいた景信山のピークが見えていて、鉄道にとっては小仏越えが難所の一つだったことが改めてわかる。
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(中央本線 小仏トンネルの入口。後方のピークは景信山)

 小仏バス停から歩くこと30分。建設中の圏央道が頭の上を通るあたりに、蛇滝口というバス停がある。そこで細い道を左に入り、すぐにある分岐を右に行くと、畑の先の線路端に一つの慰霊碑がひっそりと立っている。「戦災死者供養塔」、すなわち「湯の花トンネル列車銃撃事件」の犠牲者への供養塔である。景信山から小仏バス停へ下りることがあったら、一度訪れてみたいと思っていた場所だ。湯の花トンネルというのは、この慰霊碑の西側にある、中央本線の短いトンネルのことである。
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(「湯の花トンネル列車銃撃事件」犠牲者の供養塔)

 終戦の日の10日前にあたる、昭和20年8月5日の正午過ぎ。満員の旅客を乗せた新宿発長野行きの第419列車が、この地点で米軍のP51戦闘機2機または3機による攻撃を受け、機関車と1輌目の客車が湯の花トンネルに入った所で列車が停止。トンネルが短かったために身を隠すことのできなかった2輌目の後部から8輌目までの客車が、それらの戦闘機による執拗な機銃掃射を受けてしまった。犠牲者の数は氏名が判っているだけでも52名。実際には65名だったとされる。負傷者の数は130名を越え、戦時中の列車銃撃事件としては最悪の人的被害を出した事件である。

 供養塔に刻まれた犠牲者の名を見ると、5歳の子供から70歳のお年寄りまで実に様々だ。満員の乗客の中に軍関係者は19人だけで、明らかに非戦闘員を狙った攻撃であった。だが、戦時体制下ゆえに正確な記録は残されず、今も慰霊祭は地元住民が中心となって行われているものだという。

 軍隊による非戦闘員への襲撃は、近年のイラクやアフガニスタンでも度々起きたことだが、結局は「勝者の論理」がまかり通るだけで、非道があっても戦争に負けてしまえば声を上げることもできない。現実とはそういうものなのだろう。だから私たちは、湯の花トンネル列車銃撃事件のような歴史の記憶を風化させてはいけないのである。
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(踏切の先が湯の花トンネル。上部は建設中の圏央道)

 私が慰霊碑に頭を下げていた間に、本来ここまで乗ってくるはずだった小仏発のバスは蛇滝口バス停を出てしまったようだ。その次のバスまでは30分。それだけあれば高尾の駅まで歩けるだろう。という訳で、結果的に今回は小仏バス停から高尾駅までの約5kmを歩き通すことになった。山道の11kmと合わせればそれなりの距離を歩いたと言えようか。

 高尾から新宿は、特別快速に乗れば45分ほどで着いてしまう。半日山を歩いていた自分から、都会の住民としての自分に切り替える、そんな時間も充分ないまま、私は新宿駅の混雑の中に放り出された感じだ。午後の街は、本当に驚くほどの人出である。心の半分をまだ陣馬山の頂上に残したまま、私は人混みをかきわけて電車を乗り換えた。

 ともかくも、メリー・クリスマス!

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