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息子へ [自分史]

 2001年9月11日の夜、香港のフラットにいた僕に東京から電話をくれた君の声は、だいぶ上ずっていたね。

 無理もない。航空機が衝突して黒煙を吹き上げるニューヨークの世界貿易センターの北棟。それだけでも衝撃的な映像なのに、その隣の南棟に別の航空機が新たに衝突する瞬間を、君はテレビのニュースでリアルタイムに見てしまったのだから。

 その時の君は中学二年生。その翌々年までの4年半の間、僕は香港で単身生活をしていたから、世の中の色々なことに目を見開き始める、人生の中でもとても瑞々しい時期を迎えていた君とは、こんな風に電話で接することしか出来なかった。あの頃にすぐそばで君の様子を見てあげられなかったのは、今でも本当に申し訳なく思っている。

 でも、その君は、父親である僕から見ても素直に育ってくれた。そして、単に素直なだけではなく、自分でモノを考え、何事にも主義主張がはっきりするようになったのは、高校生になる頃からだろうか。幼い時分の面影を残しつつも、良い意味で理屈っぽくなっていく君の姿にお母さんも苦笑していたが、充実したその高校生活も終わりに近づき、大学は法学部を受けたいと君が言い出した時、僕にはそれがいかにも君らしい選択であるように思えた。

 大学では、お互いに切磋琢磨できるたくさんの友達に恵まれたようだね。先輩たちから刺激を受けたこともたくさんあったのだろう。法律を更に学び、将来はその知識を役立てるような仕事に身を置きたいからと、君は学部を三年で卒業して別の大学の法科大学院へと進む道を自分で選んだ。それは、僕が歩んできたのとは異なる人生の山道だから、その相談を受けた時に僕からアドバイスできることは少なかったけれど、君がそう決めた以上は精一杯応援したいと心から思った。

 法科大学院では、厳しいカリキュラムに追われて大変そうだったね。授業の前後の予習や復習で学校に篭りっきりになり、家には終電で帰る毎日。土曜も日曜もなく勉強三昧の生活を、三年間よくぞ続けたものだ。ごくありふれた大学時代を過ごしてしまった僕などには想像もつかないが、君がいつの日か自分の人生を振り返った時にも、この三年という時間は君の中でいぶし銀のような輝きを持ち続けることだろう。そして、様々な人生を経て法科大学院に集まってきた人達に揉まれたことも、君にとっては貴重な経験だったに違いない。

 君と国際電話で話した、あの同時多発テロの日から今年で11年。奇しくも同じ9月11日の夕方近くに君が送ってくれた、一行だけの携帯メールを開いた瞬間、子供の頃と少しも変わらない君の笑顔とガッツポーズが、僕の目の中に浮かんだ。

 司法試験合格、おめでとう!

 君が進みたいと思う道の入口にこれでやっと立てたわけで、本当の登山道はこれからだ。楽なことなど一つもないだろうけれど、これからも前に向かって歩いていく君に、僕もお母さんも、精一杯のエールを送りたい。

 どうか、この先も体には気をつけて。

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T君

あったことは無いけど、お父さんとは釜の飯を何度も分かち合ったから、君の今回の快挙は、諸手をあげておめでとうといおう
by T君 (2012-09-19 04:19) 

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