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晩夏 [季節]


 9月14日(日)、私にしては朝寝坊だが、6時少し前に目が覚めた。ベランダに立つと、東の方角の空がまぶしい。頭の上には雲がプカプカ浮かんでいるが、全体としてはきれいな青空だ。日曜日にこんな晴天を迎えたのは、何週ぶりのことだろうか。

 今日が晴天になることは、週間天気予報を見てわかっていたから、久しぶりに山歩きに出かける手もあった。何か計画して山仲間たちに声をかけてもよかったのだが、つい仕事の忙しさにかまけて手がつかなかった。9月の中旬だから晴れればまだ暑いし、敬老の日の三連休の中日だから、どこへ行っても混んでいるだろうな、という思いも頭の中のどこかにはあった。

 ならば、ソロで出かけるか。それも考えて前夜に一通りの準備までしたのだが、自分でも不思議なほどテンションが上がらない。遅くまで本を読んだりしていて、結局目が覚めたときには、本来起きるべき時刻を1時間近くも過ぎてしまっていた。予定の電車にはもう間に合わない。

 ソロの計画だから、私が寝坊をしたことで他の誰かに迷惑をかけた訳ではないが、まがりなりにも山へ行こうとして寝坊をしたのは、今回が初めてだ。それぐらい、気乗りがしていなかったのだろう。自分に正直になれば、久しぶりの晴天の日曜日は家内と過ごしたいという気持ちの方が強かったのだ。

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 「今日は本当にいいお天気。あなたがいるんだったら、どこかの公園へ行ってのんびりしたいな。」

 朝食を摂りながら、家内もそう言い出した。28年も一緒にいるから、お互いに考えることは似たようなものだ。天気の良い休日は、簡単な食べ物と少しばかりのワインを持って公園に出かけ、緑の中で過ごすのが、いつの間にか私たちのライフ・スタイルになっている。

 とはいえ、このところのデング熱騒ぎで、代々木公園や新宿御苑は残念ながら閉鎖になっている。どこかいい代替地はないかなと、コーヒーを飲みながら二人で地図帳を眺めているうちに、ある場所に目がとまり、そこへ行ってみることに決まった。私たちにとっては初めての場所だ。

 それならば、コーヒーを飲み終えたら出かける支度を始めようか。再びベランダに立った時には、外は夏が戻ったかのように強い日差しが照りつけていた。虫除けもさることながら、これは日焼け止めも塗らないといけないかな。

 区内のコミュニティー・バスに乗り、最寄りの駅からメトロに乗ると、それは東急目黒線に乗り入れていて、目黒から二つめの武蔵小山駅には11時半前に着いた。駅前の商店街(都内最大のアーケード商店街であるらしい)をちょっと覘いた後、住宅街の中を北西方向に歩いていくと、10分足らずで目的地に到着。「林試の森公園」である。都立公園ながら無料なのが嬉しい。
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 「林試」の名前が示す通り、ここは明治時代に林野庁の林業試験場として使われた場所だった。それも、明治の初めに北区・西ヶ原に設けられた農商務省の樹木試験所から、明治33年に樹木を移植したそうだ。それだけでも110年以上の歴史があるので、公園の中には背が高くて立派な樹木がとても多く、今日のように日差しの強い日には、この緑陰の深さがありがたい。

 その林業試験場は昭和53年につくば市へ移転。そして、跡地が東京都に払い下げられて現在のような公園になったのは、平成の世になってからのことだ。園内には、そのことを示す石碑が建てられていた。
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 芝生の上でゆっくり出来る場所を目指して園内を歩いていくと、大きな大きなプラタナスの樹に何度も出会った。街路樹などで見かけるものとは大違いで、幹の太さといい葉の繁り方といい実に堂々たるものだ。これを眺めるだけでも、この公園を訪れる価値は十分にあるだろう。
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 園内のほぼ東半分を歩いたところに、ちょっとした芝生の広場があった。木陰を選んでシートを広げ、私たちはのんびりとした時間を楽しむことにする。あたりには親子連れの姿もあり、ちょうどお昼時だからそれぞれ楽しそうに食事を始めている。どんな時代にも、それは微笑ましい光景だ。
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 「うーん、やっぱり外は気持ちがいいな。ここまで来てみてよかったね。」

 仰向けになって広い空を眺めながら、家内は上機嫌だ。考えてみれば、家内はこの夏、遠出をしていない。

 私は八月の初旬に山仲間と二人で二泊三日の登山を楽しんできたが、家内はずっと普段通りにこの夏を過ごして来た。お盆の週には会社も三日ほど休みになったが、その時期は、遠出をして帰省の行き帰りの渋滞に巻き込まれるぐらいだったら、静かな都心を楽しむ方がずっといい。更に言えば、その頃からこの夏は天候不順が続いていたのだった。

 家内にしてみれば今日は本当に久しぶりの、緑の中で過ごす休日なのだ。そして、二人で決めた場所でご満悦な様子が、私には嬉しい。さあ、持ってきた食べ物と飲み物でゆっくりしよう。
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 芝生の上での二人の時間を楽しんだ後、園内をもう少し歩いてみると、中ほどに小さな谷があり、そこを流れる小さな沢のほとりにミズヒキが小さな赤い実をつけていた。

 かひなしや水引草の花ざかり (正岡子規)

 晩夏というべきか初秋というべきか、ミズヒキはまさにこんな時期の季語だ。公園の中ではいまだにミンミンゼミやツクツクホーシが鳴いているが、明らかにその声量は盛りを過ぎている。
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 もう少し先へ行くと、今度は彼岸花が一列になって咲き始めている。そうか、あと9日で秋分の日だ。9月になっても猛暑が続いた昨年や一昨年と違って、今年の9月は比較的涼しいのだが、いつもの年と全く同じように、彼岸花はちゃんとこの時期なりの姿を見せている。いったいどのようにして体内時計が働いているのだろうか。
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 公園の西半分を歩いてみると、これもまた立派な木々が多く、緑陰はいよいよ深い。それが深いからこそ、木漏れ日に輝く緑が何とも鮮やかだ。都会の中でこんな風に緑を楽しめる、それこそが最高の贅沢なのだろうとも思う。そして、南門の近くには樹齢二百年という大きなケヤキの樹が並んでいた。
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 「秋の終わり頃になったら、また来てみようか。」
 「この大きなプラタナスの黄葉は、見てみたいね。」

 ここでも私たちは同じことを考えていた。公園で過ごす休日。一年の中でのクライマックスは、やはり晩秋なのだ。落葉を踏みしめながら、林試の森の巨木を見上げ、澄んだ青空を眺めることができたら、どんなにいいことだろう。その頃には、午後の陽がもっと赤味を帯びているはずだ。デイパックの中には、暖かい飲み物を入れて行こうか。

 武蔵小山の駅に戻り、メトロに乗り入れる電車に乗って私たちは都心に戻る。飯田橋で降りて神楽坂を上っていくと、向こうから秋祭りの御神輿がやって来た。そういえば、この週末はあちこちの神社でお祭りが行われているはずだ。
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 よく晴れた一日。気温も上がり、外を歩いた私たちはそれなりに汗もかいた。それでも、午後4時の太陽の輝きは、真夏のそれとはやはり異なるものだ。

 ゆっくりと、しかし着実に、次の季節が始まろうとしている。

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