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春の巡礼 - 上高地・小梨平 (2) [山歩き]


大正池から田代池へ

 春まだ覚めやらぬ上高地への巡礼。釜トンネルの入口から歩き始めて大正池までやって来た私たち6人は、河童橋からの穂高・岳沢の眺めに接したいと逸る気持ちを抑えられないのか、ろくに小休止も取らずに歩き続けている。

 12時43分、上高地ホテルの前を通過。建物は深い雪の中にあって、夏のあの賑わいが嘘のようだ。
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 このあたりから、メンバーの一人のS先輩が撮影のための単独行動になった。Sさんの写真への没頭のされ方は、もはや趣味のレベルを遥かに超えていて、多くの撮影用機材のために今回もその荷物はずっしりと重い。大正池から田代池の周辺は撮影スポットが多いそうだから、夏のバス道を歩くだけではもったいないのだろう。後で上高地で会おうということになった。

 雪道を更に進むと、田代池へと続く夏の遊歩道が左手に見えてくる。沢を渡る木の橋を見れば、積もった雪の深さがあらためてわかる。その雪の上にはクロカン・スキーの跡が残っていたが、ここをスキーで通るのは案外スリリングかもしれない。私たちが歩いている所だって、夏はバスが行き交う舗装道路だが、今は深い雪の中で全くの別世界である。
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 それにしても、あたりは静かだ。クルマの通らない季節にこうして自分の足で歩いてみると、日本有数の観光地にも実にしみじみとした味わいがある。歩みを重ねるごとに、ゆったりとしたペースで展開していく周囲の景色。山歩きとは単にピークを極めることだけではなくて、山の中にいることによって進んで行く一つ一つのプロセスが楽しいのだということを、この雪道は教えてくれているようだ。
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 今朝、坂巻温泉までのクルマの中でネット上のピンポイント天気予報を見ていたら、今日の上高地は午後になるほど天気が良くなるとのことだった。確かに、歩いている間に青空がそれなりにのぞくようになってきた。上高地に着いたら穂高の稜線は見えるだろうか。高校山岳部の夏合宿の舞台だった穂高の岳沢。私たちにとっての聖地に一歩ずつ近づくにつれて、気分が高揚してくる。
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霞沢岳

 13時を少し回ったところで小休止。地図上ではちょうど左手に田代池があるあたりだ。そして更に歩みを進めると、右側の展望が開ける箇所があった。その方向に目を向けると、天に向かって駆け上がるような急傾斜の雪渓の上に険しい岩稜が続いている。霞沢岳(2,646m)の八右衛門沢だ。何と荒々しい沢なのだろう。
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 日本の近代登山の黎明期に活躍したウォルター・ウェストンは、大正2年の夏にこの八右衛門沢から霞沢岳に登ったという。当時は上高地までの道路などもちろんなかった時代だから、ウェストンは島々谷から徳本峠を越えて梓川河畔の明神に降り、上高地を回って八右衛門沢を登ったことになる。今なら徳本峠から西へ、ジャンクション・ピークを越えて尾根伝いに霞沢岳を目指す山道があるのだが、当時は八右衛門沢を詰めるしかなかったのだ。(ついでながら、焼岳の噴火で大正池が出来たのは大正4年の6月だから、ウェストンが霞沢岳に登った時には、大正池はまだなかったことになる。)
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 上高地のトレードマークともいえる、梓川に架かる河童橋と穂高・岳沢の眺め。岳沢は真南を向いた沢だから、太陽をいっぱいに浴びていつも明るい印象だ。ところが、それとは対照的に、上高地の南側にある霞沢岳は、河童橋から眺めれば光の当たらない北斜面だけが見えている。そして、穂高に比べれば登山者もずっと少ない。何だか地味な脇役に押し込められているよう気の毒な印象のある山なのだが、上高地に霞沢岳がなかったら実につまらないことになるのだろうと、私は思っている。

 霞沢岳がそこに大きく構えているからこそ、上高地へのアプローチは山深くなる。この山があるからこそ、穂高の稜線から上高地を見下ろした時に、梓川の谷の深さがよくわかるのだ。霞沢岳と穂高連峰が陰と陽の関係にあるからこそ、上高地は絵になるのだろう。
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 八右衛門沢を眺めているうちに時刻は13時半を少し回り、私たちは帝国ホテルの前に出た。田代橋への道と分岐する場所なのだが、上高地からこの帝国ホテル前を通って田代橋方面への道路が除雪されていて、雪の上に車両の轍が残っている。冬の間、梓川の浚渫工事などの車両は、上高地から田代橋を渡って大正池の右岸を回る道路を通っているようだ。

 帝国ホテルまで来れば上高地は近い。私たちの歩くペースも更に上がり、10分後の13時45分に上高地バスターミナルに到着。夏ならば、ここでバスを降りたとたんに木の香りと山の冷気に包まれ、森の向こうに見えている穂高の稜線の、その位置の高さに感動を覚える場所だ。合宿に来た時はいつもそうだった。
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 その夏の賑わいからは想像も出来ないほど、真っ白な静寂の中にあるバスターミナル。私たちの聖地・岳沢が目の前に広がるまで、もうあと少しだ。

河童橋に着いた

 13時54分、ついに河童橋に到着。夏のハイシーズンは、それこそ橋が崩落してしまうのではないかと思うほどの観光客が集まるこのスポットも、今は実に静かなものだ。人気の五千尺旅館も、今は閉ざされたままひっそりとしている。
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 聖地・岳沢は、いつものように梓川の後ろにどっしりと構えていた。穂高の稜線は今はまだガスに覆われているが、頭上には青空も広がっていて、天候が良くなりそうなパターンだ。スマホで確認した今日の予報天気図の通り、西からゆっくりとやって来る移動性高気圧に覆われつつあるのだろうか。だとすれば、ここに滞在する明日のお昼までの間に、穂高の稜線はきっとその姿を見せてくれることだろう。
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 ここまで来れば、後は小梨平で適当な場所を見つけてテントを設営するだけだ。私たちはしばし時間を忘れて聖地の眺めを楽しむことにした。梓川の河畔は冬景色のままだが、3月中旬の明るい光を浴びて冬の眠りが浅くなり始めているようにも見えた。
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(六百山の岩稜)

 雪を踏みながらここまでやって来て、やはりよかった。
(To be continued)

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