SSブログ

日本のインターリーグ [スポーツ]


 記録を調べてみると、それは2005年5月9日(月)の夜だったようだ。会社の帰りに、私は職場の同僚たちと何人かで連れ立って、神宮球場の三塁側内野席でプロ野球の試合を観戦していた。

 それは、福岡ソフトバンク・ホークス対ヤクルト・スワローズの第3回戦。それまでダイエーが保有していたホークスは前年のシーズン終了後にソフトバンクへと身売りになったばかりだから、そのユニフォームを東京で見るのはその時が初めてになる。だが、観客にとっての目新しさはそればかりではなかった。ホークス対スワローズというリーグを超えた対決を、オープン戦ではなくて真剣勝負の公式戦として見ることができる。日本プロ野球(NPB)史上初めてのセ・パ交流戦が、この年から始まったのである。

 その前年、すなわち2004年のシーズン中に、パ・リーグの近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェイブが「球団合併」を突如発表。それに反発した選手会とのその後の交渉がもめて、9月には選手会がストライキに突入。同時期に起きたダイエーの球団放出と併せたこの年の「球団再編」問題は、最後は楽天とソフトバンクの参入によって決着し各6球団の2リーグ制が何とか維持されることになるのだが、一度はストライキにまで及んだ事態を踏まえ、NPBと選手会の間で合意された事項の一つが、新たなファン獲得策としてのセ・パ交流戦の開催だった。

 あれから丸10年。プロ野球にストライキがあったことも、ブルーウェイブに吸収される予定だったバファローズの存続を巡って、一時はホリエモンのライブドアが名乗りを上げていたことなども、今ではすっかり風化してしまったようで話題になることもない。けれども、そんな経緯でともかくも始まったNPBのセ・パ交流戦は、既に年中行事としてすっかり定着した感がある。
interleague2015-01.jpg

 「人気のセ、実力のパ」と長らく言われてきた両リーグの各6チームが、相手リーグの6チームと総当りで真剣勝負をしたらどちらが強いのか。セ・リーグが守ってきた伝統的な野球と、1975年からパ・リーグが続けてきた指名打者(DH)制の野球はどう違うのか。分析してみると興味深いことは多々あるはずである。

 プロ野球がDH制を導入している国は、もちろん他にもある。韓国も台湾もそうだが、いずれも一リーグ制だからDH制の野球しかない。米・大リーグ(MLB)は二リーグ制でアメリカン・リーグだけがDH制だが、DH制のないナショナル・リーグとの交流戦を実施している。けれども、それは特定の地域内で相手リーグのチームと当たるだけの限られたものだ。両リーグ合わせて30球団もあり、しかも国土の広い米国で、両リーグの間で総当たり制の交流戦を行うなど、どだい無理な話なのだろう。

 それに比べれば、NPBの交流戦は各球団が相手リーグの全球団と同じ数の試合を行う完璧な総当たり制である。2005年の開始当初は全チームに対してホーム3試合、アウェイ3試合ずつの対戦が組まれたので、試合数は1チーム当たり36試合、全部で216試合だった。それがセ・リーグの意向によって2007年からホーム2試合、アウェイ2試合ずつになり(1チーム当たり24試合、試合総数は144)、それでもまだ多いということで今年からホーム3試合またはアウェイ3試合(1チーム当たり18試合、試合総数は108)となった。来年の組み合わせはホームとアウェイが今年の逆になる訳だ。

 その交流戦。既に数多くの指摘がなされている通り、蓋を開けてみればパ・リーグの優位がずっと続いている。11年間でセの774勝に対してパは865勝。セが勝ち越した年は2009年の一度だけで、セから優勝チームが出たのも2012年と2014年の二度だけだ(いずれもジャイアンツ)。
interleague2015-02.jpg

 それでも、最初の5年は両リーグの勝ち星の差はかなり少なく、それだけ見れば両者はほぼ拮抗という感じだった。ところが、2010年以降は勝ち星の差が20前後となる年が続くようになり、今年(2015年)は試合数が昨年までの2/3に減らされたのに、パ・リーグは合計で17勝の差をつけた。61勝44敗3分。勝率.581は交流戦開始以来の最高記録である。

 しかも、交流戦成績の1位から5位までがパ・リーグの球団で、パ・リーグ最下位のバファローズも交流戦では9位だから、パ・リーグ各球団の順位は交流戦前と変わらず、平行移動しただけとなっている。
interleague2015-03.jpg
(2015年セ・パ交流戦の前と後)

 それとは正反対にセ・リーグでは、交流戦前のリーグ戦で首位を走っていたベイスターズと2位のジャイアンツが、交流戦ではそれぞれ最下位とブービー。反対にリーグ戦では5位に低迷していたタイガースが交流戦ではセ・リーグで唯一の勝ち越しチームとなったために、交流戦後のセ・リーグの順位は上下が大いに縮まることになった。首位のジャイアンツの貯金が僅かに2。交流戦前に貯金10で首位に立っていたベイスターズは、交流戦の3勝14敗で遂に借金1を抱えることになったが、奇妙なことにセ・リーグの中ではまだ2位なのである。

 首位のチームが貯金2で、残りの5チームがいずれも借金というセ・リーグ。今年は交流戦の試合数が昨年までの2/3に減らされたが、今年と同じ調子で昨年までと同じ試合数を戦っていたら、交流戦後はセ・リーグの全チームが借金という姿もあり得たのではないだろうか。

 それでは、両リーグの間にはどうしてそこまでの差がつくのだろうか。

 ① 昔からテレビ放映も少なく、知名度の低いパ・リーグの選手は、セ・リーグ相手だと頑張る。
 ② パ・リーグはここ何年かドラフトで幸運に恵まれ、有望な新人を獲得できた。
 ③ パ・リーグには昔から投手も打者も真っ向勝負の気風があった。
 ④ DH制で投手が鍛えられ、打席に立つ必要もないので、エースが育つ。
 ⑤ エースが育つから、打者も速い球に喰らいついていくようになる。
 ⑥ セ・リーグに比べて球場が広く、投手も野手も鍛えられる。
 ⑦ パ・リーグはドラフトに戦略があり、長い目で見た若手の育成がうまい。

 マスコミの解説を見ると、上に挙げたようなコメントが野球解説者の諸氏から出されているのだが、どうも定性的な話や後付けの理屈のようなものが多く、私には今ひとつ合点がいかない。中でも①に至ってはもうあまりにも言い古されたコメントではないだろうか。最近ではネット動画の普及でパ・リーグの試合も気軽にフォロー出来るようになっており、既存のメディアだけが影響力を持つ訳では最早ない。それに、過去11年のパ・リーグ優位の実績をセ・リーグに対するルサンチマンだけに求めることには無理があるだろう。

 NPBのホームページからセ・パ交流戦の画面を選択すると、各球団の勝敗の内訳がホーム・ビジター別に載っている。交流戦は、パの球団のホーム・ゲームならDH制で、セの球団のホーム・ゲームにはDH制をとらない。だから、この統計を使えばDH制の試合とそうでない試合の勝敗を分析することができる。
interleague2015-04.jpg

 これを見ると傾向は明らかだ。

 2005年の交流戦開始時は、お互いに過去の対戦データが殆どなかったためか、DH制の試合もそうでない試合も、共に手探り状態だったのだろうか。セ・パ共に星勘定は同じようなものだ。

 それが、続く2006年から2009年までの4年間には明確な傾向があった。パ・リーグはDH制の試合に滅法強く、その反対にセ・リーグはDH制のない試合で優位に立っていた。お互いに「自分の土俵で戦えば強い」ということだったのだろうか。特に2009年はセ・リーグがDH制のアウェイでは18の負越だったのに、ホームで21の貯金を稼いだので、交流戦で初めてパ・リーグの勝ち星を上回っている。

 ところが、2010年からその傾向が急速に変わり始めた。セ・リーグは相変わらずDH制の試合で負越を続ける一方、DH制のないホーム・ゲームでも勝てなくなってきたのである(ホームで計10の負越)。この年の交流戦の成績は、優勝から6位までの全てをパ・リーグのチームが占め、セで最高のジャイアンツ(7位)が12勝12敗で辛うじてトントン。セの球団全てが負越という事態は何とか免れたものの、極めて屈辱的な結果になった。

 その後もDH制の試合ではパ・リーグ優位が続く。2012年にセ・リーグにとって状況が一旦改善したのは、前年のホークス日本一の立役者だった和田毅、杉内俊哉、D・ホールトンの三投手がホークスを離れ、後者二人がジャイアンツに加入したためだ。(交流戦でホークスが低迷したのに対し、ジャイアンツはこの年にセ・リーグ球団で初めて交流戦の優勝を遂げた。)

 そして、その2年後の2014年はセ・パ交流戦10周年記念で、この年に限りDH制をパのホーム・ゲームではなくセのホーム・ゲームで行うことになった。いつもと勝手が違ったのか、この年だけは星勘定がセ・パの間で例年と真逆になり、パがDH制で2試合の負越となっている。

 そして、交流戦のルールが従来型に戻った今年(2015年)、パ・リーグは従来にも増してDH制で優位に立ち、16の貯金を挙げたのに対し、セ・リーグは自らのホーム・ゲームが五分五分の星にしかならなかった。
interleague2015-05.jpg
(2015年セ・パ交流戦 勝敗の内訳)

 ホーム・ゲームでまともに勝ち越したのはタイガースだけで(言葉を換えれば、相変わらず甲子園でしか勝てないチーム)、カープ、ドラゴンズ、ベイスターズの3球団がホームで負越。DH制のアウェイではタイガース、ジャイアンツ、ベイスターズが大きく負越している。(そんな中、カープがDH制のアウェイで6勝3敗と大健闘。セ・リーグで唯一アウェイで勝ち越したチームとなった。因みに、その内の2勝をMLB帰りの黒田博樹が挙げているのはさすがである。)

 こうした事実から、二つのことが言えるのではないだろうか。

 一点目は、DH制の試合に勝つには、そのための固有のチーム作りが必要であり、普段は非DH制でリーグ戦を戦っているセ・リーグの球団にとっては、パ球団とのチーム作りの差が案外大きなハンディーになっているのではないかということだ。DH制の試合におけるパ球団の大幅な勝越しが10年以上も続いていて解消の兆しが見えないのであれば、これはかなりの程度構造的な問題と考えるべきだろう。

 指名打者といっても、「九番の投手に代わる打者」や「守備につかない打者が誰か一人」ということではない。相手チームも指名打者を立ててくる訳だから、どうせなら「もう一人の四番」のような打者を並べたくなる。そして、試合は非DH制の野球より打ち合いになるだろう。とすれば、そこで抱えるべきDH要員は、非DH制の野球での代打要員とは求められるものが異なる訳で、これは非DH制のチームにとって案外とハードルが高いのではないだろうか。何せ、相手は1975年以来、もう40年もDH制で野球をやってきたリーグなのである。

 そして二点目はそれとは対照的に、DH制のチームは非DH制の野球というものに、もしかしたらそこそこ対応できるようになるのではないか、少なくともその逆よりはハードルが低いのではないかということだ。

 DH制の野球が力と力のぶつかり合いになりやすいという面は、確かにあることだろう。今年活躍している選手を見ても、中田翔(ファイターズ)、中村剛也(ライオンズ)、柳田悠岐(ホークス)といったパワフルな打者がパ・リーグにいること、これまでも「侍ジャパン」の先発投手にはパ・リーグ勢が多かったことなどを考えると、環境が選手を育てるということは大いにあり得ることだ。もちろん、個々の選手や球団のたゆまぬ努力の賜物でもあるはずである。

 そのことを理解した上での議論として、DH制と非DH制の対決にはそもそものハンディーがあるのかないのか、そのあたりをあまり定性論に頼らず、実際の試合から得られるデータをよく分析しながら、交流戦のあり方を考えていくべきではないかと思う。

 今の状況が続けば、遠からず「交流戦廃止論」がセ・リーグの側から上がって来るのではないか。その際には、意味のない感情論には流されず、事実を踏まえて冷静かつ客観的に議論していくべきだろう。そのためにも、NPBはファンがネット上で閲覧できるデータベースをもっと充実させて欲しい。既に述べたように、DH制と非DH制のリーグが完璧な総当たりで公式戦の一部をこなすプロ野球というものは、世界の中でも日本だけなのだから。

 10年前の5月9日。神宮球場のその夜の試合では、中盤にゲームが動いた。四回の表、ホークスの四番打者・松中信彦がバットを右手一本でサッと掃ったような一打が、あっという間にスワローズの左翼手A・ラミレスの頭上を越えてスタンドへ。(松中はその前年の三冠王だった。) だが今度はそのラミちゃんが6回裏にソロを放ってスワローズが追いつき、両軍決め手のないまま試合は延長戦に突入した。

 そして、延長11回の裏、この回に登板したホークスの左投手二人がつかまり、試合はスワローズのサヨナラ勝ちに。試合を決めた打者が誰だったのかはもう覚えていないが、夜空に響く東京音頭の大合唱に合わせて、神宮の一塁側で青いビニール傘が揺れていたのは確かだ。それが、私が見た最初のセ・パ交流戦のフィナーレだった。13,045人という観客数の中に、私も数えられていたんだろうか。
interleague2015-06.jpg

 1チーム18試合制になった今年は、ホークスとスワローズの対戦は福岡の三連戦だけだった。ホークスが神宮にやってくる来年は、また同じカードを見に行ってみようか。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。