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昭和のストリームライナー [鉄道]


 私が子供の頃、映画館の看板に「総天然色」という言葉が入っていた時期があった。

 戦前から『風と共に去りぬ』とか『ファンタジア』のような映画が登場していた米国とは違って、日本では戦後のゴジラ映画も初作はモノクロだったぐらいだ。カラー・テレビの普及も東京五輪以降のことだから、それまではテレビ番組もモノクロばかり。そんな昭和30年代には、カラー映画にわざわざ「総天然色」を謳う意味があったのだろう。だが、そのうちにカラーが当たり前の世の中になると、この言葉は急速に姿を消していった。

 同じように姿を消して久しい言葉の一つが、「流線形」だ。昭和39年10月の東海道新幹線開業で、あのダンゴ鼻の0系新幹線が登場した時には、まだこの言葉があったと記憶しているのだが、スポーツ・カーやジェット機はおろか、ロケットも登場する時代になると、「流線形」は当たり前過ぎて使われなくなってしまった。

流線形(型):
 流れの中に置かれたとき、周りに渦を発生せず、流れから受ける抵抗が最も小さくなる曲線で構成される形。一般に細長くて先端が丸く、後端がとがる。魚の体形がこの例で、航空機・自動車・列車などの形に応用される。 (デジタル大辞泉)

 0系新幹線の登場から32年後にデビューした500系新幹線などは、こうした言葉の定義がぴったりと当てはまるスタイルで、さながらコンコルドを鉄道車両にしたようなイメージだ。

 ところが、こうした科学の粋を極めたようなフォルムとはいささか異なる、もっと大らかで優雅な曲線に包まれた鉄道車両が「流線形」として世界中で流行したことが、戦前の一時期にあった。今、大宮の鉄道博物館へ行くと、日本におけるその時代の代表作を間近に眺めることができる。

 EF55形電気機関車。1936(昭和11)年に3両だけ製造された「流線形」の直流電気機関車である。
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 その内の2両は既に解体されてしまったから、大宮のEF55-1号機が今も残る唯一のものだ。流線形とはいうものの、ずんぐりとしたどこかユーモラスな形の車体。先頭部は流線形だが最後部は切妻型というのも実にユニークな機関車である。そして、円弧を描く側面の飾りが洒落ている。流線形というよりも、「電気機関車のアール・デコ」とでも呼ぶべきだろうか。

 鉄道車両に流線形が導入されるようになったのは、1930年代に入ってからのことだ。当時のドイツ国鉄が、平均時速150kmで走る都市間特急の運行を構想し、そのための特別な車両の製造に取りかかったのがその嚆矢とされる。それは、第一次世界大戦を経て、自動車や飛行機が鉄道のライバルになり始めた時代でもあった。

 「それまで陸上交通をほぼ独占していた鉄道が、近距離移動では手軽な自動車に、長距離旅行においては飛行機に、客足を奪われてしまうのではないかと危機感を抱いたのである。 (中略) 自動車や飛行機はガソリン機関やディーゼル機関といった内燃機関を使うため、蒸気機関を利用したSLよりもずっと軽快で高速性に優れていた。おまけに自動車や飛行機の外観は、流線型でぐっとスマートで、いかにも新時代を象徴していたのである。 」
(『鉄道技術の日本史』 小島英俊 著、中公新書)

 こうした背景のもと、1933(昭和8)年にハンブルグ~ベルリン間に最高時速160kmのディーゼル特急「フリーゲンダー・ハンブルガー」の運行が始まる。そこに登場した新型車両は、流線型というほど丸みを帯びたものではないが、当時の鉄道車両としてはスピード感のある画期的なスタイルだったのだろう。
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 続いて翌1934(昭和9)年には、米国でシカゴ~デンバー間ノン・ストップのディーゼル特急「パイオニア・ゼファー」が登場。こちらは流線形といってもステンレス製のいささか武骨なスタイルで、先頭車両は何だか鉄人28号みたいなイメージだが、ともかくも最高時速181kmを出して米鉄道界のホープに踊り出ることになった。
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 こうして流線形の新型車両が登場すると、同時進行的に蒸気機関車もスマートなボディに包まれるようになっていく。翌1935(昭和10)年に登場した英ロンドン~ニューキャッスルを結ぶ特急列車「シルバー・ジュビリー」を牽引したSLは、その代表例だ。”Silver jubilee”という言葉どおり、この列車の名前は英ジョージ5世の在位25周年に因んだものである。
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 そういえば、アガサ・クリスティー原作のTVドラマ「名探偵ポワロ」のオープニング・タイトルのところで、流線形の蒸気機関車が左手から走ってくるシーンがある。このドラマの時代設定は概ね1930年代の中頃だから、それがその時代の文明の象徴であったのかもしれない。
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 欧米で起きたこのような「流線形ブーム」は、当時としては驚くべき速さで日本にもやって来た。「パイオニア・ゼファー」の登場と同じ年の昭和9年に、特急用のC53形蒸気機関車の内、京都・梅小路機関区にあった1台が流線形に改造され、名阪神間で特急「つばめ」や「富士」を牽引。その走りっぷりは悪くなかったようだが、機関車の車体がボディで覆われてしまったので、保守点検に従来の何倍もの時間がかかったという。結局、C53の流線形はこの1台だけで終わることになった。
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(鉄道模型でも人気のC53流線形)

 続く1936(昭和11)年は、日本における流線形ブームのピークの年であったかもしれない。

 まずは新型の電車、52系が製造され、京阪神間で運行を開始。客観的に見ても、その先頭車はドイツの「フリーゲンダー・ハンブルガー」よりも更に流麗なスタイルだ。当時の日本でよくぞこんなに先進的なスタイルの電車が作られたものである。
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(名古屋のリニア・鉄道館に保存されている52系)

 この電車は戦後も長く使われ、私が中学生の頃はスカ色に塗られて国鉄の飯田線を走っていた。流線形の国電ということから「流電」と呼ばれ、私の好きな車両だったのだが、昭和11年のデビュー当時は「魚雷形電車」と呼ばれていたというから、何とも世相を感じさせるネーミングではある。

 そして、先に述べたEF55形電気機関車3両が製造され、沼津機関区に投入される。この年の2年前に丹那トンネルが開通して、東海道本線が御殿場ルートから熱海ルートへと代わり、東京・沼津間の電化が完成。EF55はこの区間で特急「つばめ」や「富士」を牽くことになった。

 この年には更にC55形蒸気機関車が登場。その内の21両が流線形のボディになって、主に急行列車を牽引している。

 更に言えば、流線形ブームは気動車にも及び、翌1937(昭和12)年にはキハ43000形の試作車が登場。流電52系をそのまま気動車にしたようなスタイルだが、その後、愛知県の武豊線などに投入されたようである。
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(大宮の鉄道博物館に展示されているキハ43000形の模型)

 日本で流線形の鉄道車両が次々に登場した昭和11年。だがそれは、世界を見渡してみれば軍国主義が日に日に力を増して、戦争の足音がすぐ近くまで聞こえ出した年である。国内では二・二六事件が起こり、欧州ではヒトラーやムッソリーニ、スペインのフランコが前面に躍り出ていた。
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 「実は海軍のほうでも昭和十一年は、その年の十二月三十一日をもって軍縮条約をすべて廃棄し、いわゆる『naval holiday』(海軍の休日)、アメリカもイギリスも軍艦を造らないという非常に穏やかな時代が終わり、建艦競争=軍艦を造る競争がはじまる、つまり敵対意識が大きくなりはじめ、対英米戦争への道が踏み出された大事な年でもあるのです。」
(『昭和史』 半藤一利 著、平凡社ライブラリー)

 そして、僅か3年後の秋にはドイツのポーランド侵攻が始まり、世界は第二次世界大戦へと引き摺り込まれることになる。

 従って、流線形の鉄道車両が高速運行を競った時代は、(自国が戦場にならなかった米国は別として)欧州や日本では短命に終わった。特に日本は線路が狭軌(1,067mm)で急勾配・急カーブも多いため、スピード・アップには限界があった。そして最高時速がせいぜい95km程度だと、流線形の効果も殆どないようだ。むしろ車体が流線形のカバーに覆われている分だけ保守点検に時間がかかり、機関車の流線形は敬遠されていった。

 冒頭のEF55にしてもそうだ。上記の問題に加えて、前後非対称の形だから、目的地に着いたら転車台(ターンテーブル)で車両の向きを反対にする必要があるのだが、転車台はもともと蒸気機関車用だから、EF55がそれを使うためにはその上に架線を引かなければならない。そんな使い勝手の悪さもあって、この機関車は3両が製造されただけになった。
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 大宮のEF55を見つめる時、そのどこかユーモラスな車体から昭和11年という時代の重苦しさを感じ取ることは難しい。むしろ、そんな息苦しい時代だからこそ、力学上の効果は殆どないとわかっていても、優雅なスタイルの流線形車両(ストリームライナー)を作ることに、当時の鉄道関係者は夢中になったのだろうか。

 科学技術の進歩と共にいつの間にか使われなくなった言葉にも、相応の歴史が込められている。そのことを改めて思った。

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