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北の晩夏 - 下北半島・函館の旅 (1) [自分史]


 8月最後の金曜日。JR東京駅はいつものように朝早くから忙しい。朝の7時20分台だが、駅構内のありとあらゆる方向から人々が目的地に向かって足早に、それでいて整然と歩みを進めていく様子は、まるで大きな河の流れのようだ。

 大勢の通勤客の列に並んでエスカレーターを上がり、東北新幹線の自動改札に切符を突っ込むと、北へ行く列車の発車時刻のちょうど10分前だった。一杯のコーヒーを買って、ともかくも22番線へ急ごう。

 東京駅を7時36分に発つ新青森行きの「はやぶさ3号」。仙台にある会社の工場へ出張する際に今まで何度も乗った列車なのだが、今朝はいつもとはシチュエーションが異なる。休暇を一日取って、これから家内と二人で二泊三日の旅に出るところなのだ。同じ新幹線でも、仕事で乗るのとそうでないのとでは、座席の座り心地すら違う気がするから不思議なものである。
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 東京から大宮までは約25分。そこで車内は満席になり、ノン・ストップで仙台まで更に1時間10分。要するに東京・仙台間は1時間半の距離なのだ。そこで多くのビジネス客が降りるのだが、仙台以北へ出かけるビジネスマンが改めて乗り込んでくるから、かなりの席が再び埋まる。今から33年前に大宮始発で暫定開業した頃ののどかさとは違って、東北新幹線は今や東日本の大動脈となっている。

 仙台を過ぎて、左の車窓には東北の曇り空の下、真夏を過ぎて早くも薄黄色に輝き始めた水田が続いている。北上川に寄り添うようにして田園風景の中を走るこの区間は、東北新幹線の中でも最も「みちのく」を感じるところだろうか。

 そんな風景を久しぶりに眺めたからか、窓側の席に座った家内は感慨深げだ。そういえば、家内を旅行に連れ出すのは、それも国内旅行は何年ぶりのことだろう。更に言えば、子供が生まれて以降、家内と私の二人だけで泊りがけの旅行に出るのは、今回が初めてのことだ。数えてみれば実に28年ぶりのことになる。その間、いつも家族のことを最優先にしてきてくれた家内には、改めて頭が下がる思いだ。今回の旅で、少しでもその罪滅ぼしが出来るだろうか。

下北半島を北上

 10時44分、列車は定刻通りに七戸十和田駅に到着。東北新幹線の新青森延伸で4年前に開業。しかも在来線が全く通らない場所に造られた新駅なので、駅の周囲は何とも閑散としているが、ともかくも広い駅前ロータリーにJRの赤い「びゅうバス」が私たちを待っていた。
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 今回、私たちはJR東日本の「大人の休日倶楽部」で募集していた、下北半島と函館を二泊三日で回る添乗員なしのツアーを初めて利用してみたのである。さて、これからどんな展開になるのだろうか。
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 びゅうバスは幾つかの異なるツアーの利用者が共同で利用することになっているようで、乗客は総勢25名。用意されたバスにはちょうどいい規模だ。女性のガイドさんが話の上手い方で、これから北上する下北半島の風土を色々と説明してくれる。私たち二人には全く未知の地域。バスが野辺地のあたりを過ぎた時に見かけたJR大湊線の様子は、まさにローカル色満点だ。
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 「海の色が、やっぱり違うよね。」
 左の車窓に広がり始めた陸奥湾を眺めながら、家内が呟いた。この海は私にとっても初めてなのだが、今日は曇り空なこともあって、夏の海といいながらもだいぶ控えめな色彩だ。

 下北半島をそれなりに北上し、菜の花の栽培で有名な横浜町のドライブインでトイレ休憩。外に出て海の方を眺めると、波の静かな陸奥湾の向こうに、下北半島の「まさかり」の部分に起伏する山々が雲の中に隠れていた。最高峰の釜臥山(878m)らしき山体が、その裾野をおぼろげながら見せているだけだ。
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 バスはその後も北上を続け、むつ市内の「下北名産センター」に12時半頃に到着。ここで昼食なのだが、その前にちょっとしたイベントが用意されていた。下北半島は帆立貝の養殖が盛んな地域なのだが、その帆立貝の貝殻をヘラでこじ開けて貝柱を取り出す、その実体験をさせてもらえるというものだった。

 ニ階の食堂の一角で係のおじさんに教わりながら実際にやってみると、牡蠣の殻を開けるのに比べれば、それほどのコツというものもない。割と感単に開き、貝柱の部分を取り出してサッと水で洗うと、それがそのまま刺身として昼食に出されるのである。
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 そして席に着くと、お昼からたいそうな品数の料理が並んでいた。さっそく、先ほど殻を開けたばかりの帆立貝の刺身を堪能することになったのだが、それと並んで印象に残ったのは、帆立貝の貝殻を鍋代わりにした味噌貝焼き(みそかやき)という下北の郷土料理だ。味噌を溶いただし汁を温めて、豆腐、長葱、帆立貝のヒモ、キノコなどを投入。仕上げに溶き卵を加えたものである。意外と薄味に仕上がっていて、どこかホッとする素朴な一品。それをおかずにご飯が進んでしまった。
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 この歳になると、誰かとの会食の場合を除けば、家内も私も普段は昼食をごく軽めにしている。それだけに、今日は昼からこんなに食べてしまって大丈夫だろうかとお互いに顔を見合わせてしまったが、それもまた旅である。出かけた先で供されたものは、ありがたく頂戴することにしよう。
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(ねぶたは下北地方でも行われるようだ)

斗南の地

 ボリュームのある昼食ですっかり満腹になった乗客を再び乗せて、バスはこれからむつ市の中心にあたる田名部(たなぶ)へ。ガイドさんの説明にも少しあったが、このあたりは明治の初年に会津から移り住んだ人々が大変な苦労を重ねた地域である。

 「(明治二年)九月二十七日、会津藩主にたいし、祖先の祀(まつり)をなすため南部の地を割きて三万石を賜うの恩命あり。(中略)未知の地とは申せ宏大なる陸奥に将来を託するが良からんとの議まとまりて、徳川慶喜、松平容保以下の罪を免ずとの詔勅下る。松平容保は養子慶三郎に家名を譲り、慶三郎を改めて松平容大と称え、十一月四日華族に列せらる。藩士一同感泣して聖慮の変らざることを喜べり。」
(『ある明治人の記録 - 会津人柴五郎の遺書』 石光真人 編著、中公新書)

 戊辰の戦に散々に敗れた東北の諸藩。明治新政府は、処罰として南部藩から陸奥国の二戸郡、三戸郡、北郡を取り上げ、それを旧会津藩の移転先に定めた。それは、与えたというよりも押し込めたというべきだろう。石高67万9千石の大藩の移転先が、家名存続が認められたとはいえ、僅か3万石の貧しい土地だったのである。

 その北の大地は斗南(となみ)藩と名付けられた。「北斗星より南は全て帝州」だから、会津藩は北遷させられたとはいえ依然として北斗の南であり、天皇の領地から追放された訳ではない、という理屈なのだそうだが、まさに「物は言い様」である。しかも、その二年後には廃藩置県によって「斗南藩」自体が消滅してしまうのだから、会津の人々にしてみれば、この移転は何のための苦労だったのか。

 「今回陸奥の国、旧南部藩の一部を割き、下北半島の火山灰地に移封され、わずか三万石を賜う。まことにきびしき処遇なれど、藩士一同感泣してこれを受け、将来に希望を託せり。されど新領地は半歳雪におおわれたる痩地にて実収わずか七千石にすぎず、とうてい藩士一同を養うにたらざることを、このときだれ一人知る者なし。」
(引用書前掲)

 会津藩士4,000戸の内、会津に帰る者210戸、農家・商人になる者500戸、江戸その他に分散する者300戸、新政府の奨励に従って北海道に渡る者200戸となり、残る2,800戸が斗南の地への移封を希望。明治3年の初夏から実際に彼らの移住が始まるのだが、下北の短い夏が終わってからは、会津人たちは飢えと寒さに想像を絶する苦労を重ね、まさに餓死との戦いの毎日であったという。田名部は、その斗南藩の藩庁が置かれていた町だ。

 「ああ、すぎたること語るに堪えず、今日の悲運嘆きても甲斐なし、さればとて近き日に希望の兆(きざし)もなし。かくては火を囲みて互いに語るべきこと何もなし。過去もなく未来もなく、ただ寒く飢えたる現在のみに生くること、いかに辛きことなりしか。」

 「『やれやれ会津の乞食藩士ども下北に餓死して絶えたるよと、薩長の下郎武士どもに笑われるぞ、生き抜け、生きて残れ、会津の国辱雪(そそ)ぐまでは生きてあれよ、ここはまだ戦場なるぞ』と、父に厳しく叱責され、嘔吐を催しつつ犬肉の塩煮を飲みこみたること忘れず。」
(いずれも引用前掲書)

 現代の私たちは昼から腹一杯のご馳走を楽しみ、バスに揺られて旅をするという何ともお気楽なものだが、上に引用した史実は、明治3年だから僅か145年前の出来事である。明治維新とはそういうものであったことを、私たちは決して忘れてはならないのだろう。

 さて、今日の行程もいよいよメイン・イベントが近づいてきた。霊場・恐山詣でである。比叡山・高野山と並ぶ「日本三大霊場」の一つに数えられるそうだが、前者二つはともかく、恐山はこんなツアーでも利用しないと東京からは足を運びにくい。家内もこれが楽しみだったようで、気分が高揚した時のいつもの笑顔を見せている。

 さあ、これからどんな景色に巡りあえるだろうか。
(To be continued)

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