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その高みに - 北ア・柏原新道~針ノ木岳 (4) [山歩き]


 眠れる時間があったのか、それとも寝付けずに時ばかりが経ったのか、何だかよくわからないうちに、針ノ木小屋の中では宿泊者たちの動きが始まり出した。腕時計のライトをつけると朝の4時半少し前だった。

 昨夜は正直言って寝苦しかった。大混雑の針ノ木小屋は、布団一枚を二人で分け合う状態。夏のピーク時だからそれぐらいは仕方ないのだが、大部屋の中が暑いのはこたえた。それに、何だか息苦しい。大混雑といっても、まさか部屋の中が酸欠状態になっている訳ではないのだろうが、私の呼吸は浅く、横になっているのに脈拍数がやけに多い。フレッシュな空気を吸いたくて窓を開けようと何度思ったことだろう。若い頃とは違って、標高2500m近辺の空気の薄さに自分の体が順応しにくくなったのだろうか。

 昨夜も窓越しに大きな北斗七星が見えていたから、今日も好天が続くことだろう。小屋の外からは早くもカメラを構えた宿泊者たちの声が聞こえ始めている。簡単に身支度をした後、H氏と私も外に出てみることにした。

 8月8日(土)の今日、日の出の時刻(東京)は4時54分だ。私がカメラを持って外に出たのはちょうど5時になる頃だから、針ノ木峠から展望できる高い山々は、朝の光の中で少しずつその色彩を取り戻しつつあるところだった。

 それにしても、針ノ木峠ほど方角のわかりやすい場所も他にないだろう。大雪渓が急傾斜で下っている方角が北で、そこには遠く白馬岳と鹿島槍ヶ岳、それに一昨日から歩いて来た岩小屋沢岳や鳴沢岳などの稜線が連なっている。
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 反対側に目を向けると、雲海の彼方に八ヶ岳や富士山、それに南アルプスの甲斐駒ケ岳などのシルエットが浮かんでいる。今日も本当にいい天気だ。
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(八ヶ岳のシルエット)

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(富士山と甲斐駒)

 5時10分を回ると、南の方角の山々の頂が朝日に輝き始める。野口五郎岳、水晶岳、赤牛岳が連なる稜線はその中でも標高が高いから、その輝きは早く、中でも赤牛岳の稜線の張り具合は実に堂々としていて印象的だ。朝日に赤く染まるその姿は、まさに「赤牛」といっていいだろう。
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 それでも、登山者たちの注目を一身にあつめるのは何といっても槍・穂高の朝焼けだろう。3000m級の山々だからその高さは群を抜いているし、天を突くような槍ヶ岳と、それに負けず劣らず尖って見える前穂高岳の姿は、いつまでも見つめていたいものだ。
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 私はそんな風にして朝一番の山々の眺めにいつまでも見とれていたのだが、その間に小屋の朝食の列に並んでくれたH氏のおかげで、私たちは朝食の第1クルーに入ることが出来た。予定では朝食を終えて6時半に出発としていたが、これなら6時には出られそうだ。一昨日から楽しんできた山々の眺めともお別れで、きょうは早くも下山日である。

06:05 針ノ木峠 → 06:44 雪渓に乗る → 07:28 雪渓から上る → 08:00 大沢小屋

 さあ、下りよう。

 針ノ木峠からは、ザラザラの急斜面を九十九折れに下る道だ。未明のうちから雪渓を登って来たのか、この道をもう上がって来る登山者がいた。下ってくる私たちは、このザラザラの山道で落石を起こさないよう注意が必要だ。

 谷に向かって下って行く、その正面の彼方に鹿島槍や爺ヶ岳が見えている。このまま下り続ければ、それはいずれ手前の尾根の向こうに姿を隠してしまうだろう。そう思うと、ちょっと心残りだ。
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 今は真夏なので、この谷の上部に雪渓はなく、ザラザラの九十九折れが終わると、沢の右岸を下る岩がゴロゴロとした山道が始まる。谷の幅はどんどん狭くなって、針ノ木峠から30分ほどで「ノド」と呼ばれる最も狭い場所を通過。下の方に雪渓が見えてきた。
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 国土地理院の地図だと、山道はこのあたりから沢の左岸を回るように書いてあるのだが、今回の夏道は右岸をそのまま下り続け、やがて雪渓への取りつきへと至る。この地点へは針ノ木峠から40分ほどで着いた。
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(ここから雪渓の上を歩く)

 ここでH氏と私はアイゼンを装着。私は念のためピッケルを持って来た。雪渓に乗って下り始めると、その表面は細かく波打っているし、それほどの傾斜ではないから滑落するようなことはないものの、ちょっとしたバランスを取るのにピッケルがあるとやはり楽である。
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 それにしても、針ノ木峠大雪渓は北斜面だから日陰が続き、下から吹き上げてくる風が涼しい。それに好きな場所を歩けるから、続々と登って来る登山者たちとのすれ違いに気を使う必要もない。私たちは順調に歩き続け、雪渓の上に乗ってから40分ほどで左岸に上がる箇所に着いた。
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(あの雪渓を下りてきた)

 アイゼンを外し、再び山道へ。ところが、ここからしばらくは大きな岩を乗り越えたり、木の根っこが大きく張り出したり、或いは大きく登り返したりするような、山道というよりは自然の地形のままのようなルートがしばらく続き、予想外に体力を使うことになる。私たちは下山をするだけだからいいが、逆コースでこれから大雪渓を登っていく登山者たちにとっては、雪渓歩きの前にこの悪路はしんどいことだろう。そんな山道がすこし穏やかになった頃、ふいに大沢小屋が森の中に現れた。
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08:25 大沢小屋 → 09:27 扇沢駐車場

 昨日、新越山荘から4つのピークを越えて針ノ木小屋に到着した時、その後の行程として、実はこの大沢小屋まで下ってしまおうかという腹案がH氏と私にない訳でもなかった。何しろ針ノ木小屋は大混雑と聞いていたので、疲れてはいたが大沢小屋まで下った方が宿泊のコンディションはずっと良いのではないかと考えたからだった。(実際に昨日の大沢小屋の宿泊者は4人だけだったそうだ。)

 まあそれでも、昨日ここまで下りることにした場合には、午後の蓮華岳往復はなかった訳だし、今朝の針ノ木峠から眺めた山々の朝焼けに出会うこともなかった訳で、当初計画通りの行動で正解だったのではないかと思う。

 それはともかく、今朝針ノ木小屋を計画より30分早く出られたことと、雪渓下りも順調だったことから、私たちが大沢小屋に着いたのは計画より1時間も早い。それならば、ここで少しゆっくりさせていただこう。小屋のラジオからは甲子園の高校野球の実況が流れていた。

 大沢小屋でだいぶゆっくりした後、私たちは扇沢への登山道を再び歩き始めた。あと1時間ほどだし、時間には充分な余裕があるから気楽なものだ。

 小屋を出てわりと直ぐに、左手からやってくる明るい沢をわたり、再び森の中へ入った後、しばらくすると今度はその森の中を流れる小さな、しかし水量豊かな沢に出た。この沢の水が名水だそうなので、私たちは持ち帰り用にペットボトルでその水を汲んだ。柔らくて透明な、確かに素晴らしく美味しい水だった。

 ここまで下りてくると、さすがに暑さも増してくる。三日間の山旅も終わりに近い。緑のきれいなブナの森を抜けて明るい沢に出ると、昨日歩いて来た山の尾根が上の方に見えている。青い空に夏の雲、まぶしい岩稜と鮮やかな緑、そして谷の残雪。今回のコースを象徴するような眺めだ。真夏の北アルプスをこんな風に無垢に楽しめたのは、いつ以来のことだろう。私が小学生だったら、今眺めているような景色を夏休みの絵日記にしたかもしれない。
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 やがて森が終わって視界が開けると、立山黒部アルペンルートの舗装道路に出た。左には山を貫く関電トンネルの入口が見えている。私たちはそれとは反対方向の扇沢へと向かい、屈曲した道路をショートカットする山道を辿って、9時半少し前に扇沢に着いた。一昨日からの三日間、素晴らしい山旅だった。
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(扇沢の登山道終点。右奥に関電トンネルのトロリーバスが見える)

 停めていた私のクルマに戻り、荷物を載せて出発。文明の利器とは何とも便利なものだ。扇沢から大町温泉郷の「薬師の湯」へ一直線に向かい、30分後には露天風呂で私たちはゆっくりと汗を流していた。

 温泉を出て、私たちは東京への帰路を走る。この日は正午近くになっても山にはガスが上がらず、北アルプスの山々がよく見えていた。私はハンドルを握っていたのでつぶさには見ていないが、大町市の中心部から高瀬川の橋を渡るところでは、右の車窓にこんな山の景色が広がっていたはずである。
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 長年の夢が叶い、それも絶好の天候の下で、針ノ木岳周辺の山々から剱岳を眺めた山旅が終わろうとしている。コースの選定にあたってはかなり私の自我を通してしまったが、それに全面的にお付き合いいただいたH氏と、私たちが出かけるにあたって色々と気遣いをしてくれたT君。二人の山仲間には改めて心から御礼を申し上げたい。

【追記】

 この記録をアップしている今、私は熱いコーヒーを飲んでいる。それは今回の下山日に大沢小屋の先の沢で汲んで持ち帰った水を沸かして、家内がいれてくれたコーヒーだ。いつもと同じブレンド・コーヒーなのだが、今日は非常に透明感があって、すっと体の中に入って来るような実に美味しいコーヒーで、実はいれてくれた家内が私以上に驚いている。これも山の恵みの一つなのだが、こんな湧水が日本の至るところで得られるのだから、私たちの祖国の自然は何ともありがたいものである。

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コメント 2

H(北京現人)

今回は久しぶりに山らしい山を歩いた、という感があります。
針ノ木岳こそ、混んでいましたがそこへ至るまでのあの稜線歩きは本当に静かな山歩きを楽しめ、50代最後の思いでになるような気がします。確かにコース選定は「自我」を通されたかもしれませんが(笑)、私としてはそういうコース選定をお任せしたわけですしその選定は私の選定でもあったと思っています。貴兄があんなに嬉しそうな顔で山歩きをしているのを久しぶりに見ることができて、こっちもその分、喜びが増しました。あのコース、一人では多分、行けなかったと今も思っていますし、こちらこそありがとうございました。
いつもの仲間との来年の還暦登山、また計画、お願いしますね!
by H(北京現人) (2015-08-22 00:01) 

RK

毎回ご丁寧なコメントをありがとうございました。
稜線の上からの山々の展望は抜群なのに登山者が少ない、いいコースでしたね。
アップダウンの連続に、久しぶりに「山へ来た」という実感を持てました。
あの立山・剱の眺めは一生の思い出になることでしょう。
若い頃と同じように体が動く訳ではありませんが、まだまだ歩ける山域がたくさんあります。無理のない計画で、還暦以降も山を楽しみましょう。
by RK (2015-08-23 07:33) 

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