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富士を間近に - 駿東・三国山稜 [山歩き]


 丹沢というのは、縮尺の大きな地図を眺めてみると案外と広い山域である。簡単に言えば道志川と相模川、そして酒匂川に囲まれた山々で、神奈川県の全面積の三分の一ほどにもなるだろうか。

 新宿から小田急線に乗ると、相模川を渡って本厚木に着く頃から進行右側の窓の外に大山や丹沢の表尾根が見え始める。10月24日(土)の朝、山仲間たちと共に新宿から乗った御殿場線直通の特急「あさぎり1号」の車窓にも、だいぶ秋の色合いを深めた丹沢表尾根が襖絵のように続いていた。この季節、晴れた日の朝は放射冷却で冷え込むものだが、今朝は妙に暖かく、これから山に登ろうというのに私は半袖姿である。

 渋沢を過ぎ、列車が四十八瀬川の谷を下って野に出ると、JRとの連絡線を渡って御殿場線の松田駅へ。乗務員が交代して単線鉄道をコトコトと走る。その時に右の車窓に見えている高松山(801m)や大野山(723m)も、言ってみれば丹沢の山々の続きである。

 それからトンネルを幾つか越え、酒匂川の谷が深くなると、やがて駿河小山駅に到着。ここで先着の山仲間2名が加わって総勢10名となった私たちは、予約しておいたタクシーに分乗。20分足らずで標高900mほどの明神峠に着くと、あたりは紅葉が始まりだしていた。今日はここから西方向へ「富士箱根トレイル」を辿り、三国山(1343m)、大洞山(1384m)、立山(たちやま、1309m)を経て籠坂峠まで10kmほどの山歩きを予定している。丹沢の続きの、そのまた続き。本当に最西部にあたる山々で、それより西にはもう富士山しかない。
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 お目当ては、昼食を予定している立山展望台からの富士の眺めなのだが、「よく晴れでお出かけ日和」という天気予報のわりには稜線の南側から次々にガスが上がり、今日はちょっと不思議な空模様だ。
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(明神峠を出発)

08:50 明神峠 → 10:00 三国山

 明神峠の少し右に簡易トイレが二つ置かれていれ、その奥にトレイルが続いている。足を踏み入れるとそこから先は緩い登り坂が続く。道路とほぼ平行に走っている道なのだが、傾斜も少なくて歩きやすい道だ。
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 所々の紅葉を愛でながら30分ほど歩くと、道路を渡っていよいよ三国山(1343m)への登りが始まった。
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 ここから三国山まで、標高差にして300m弱の登りなのだが、特に急登ということもなく、紅葉を楽しみながらの快適な山道だ。途中、送電線をくぐる所ではガスの彼方に菰釣山(こもつるしやま、1379m)の前後の稜線が見えていた。
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 そこから先は樹林の中の道が続き、遠くの展望はない。紅葉を眺めながら黙々と登り、出発から1時間強で三国山の山頂に着いた。相模、甲斐、駿河の国境になるから三国山という訳だが、ここが分水嶺とは思えないほど穏やかで地味な山である。
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10:05 三国山 → 11:00 大洞山 → 11:25 アザミ平

 三国山から先は尾根が一段と緩やかになり、広々とした森の中に枯葉の道がどこまでも続いている。今日のスタート地点の明神峠では紅葉が始まりだしたという感じだったが、標高1,300mを少し超えたこの稜線では、紅葉はもう終わりに近い。頭の上は青空なのだが、山肌には相変わらずガスが沸き、葉の落ちた森が白く煙っている。
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 山地図に記載のある楢木山(1353m)というピークはプレートもなく、それがどこだか気付かないうちに通過。その先の山道も引続き傾斜が緩いせいか、或いは昼食の場所に早く着きたかったのか、先頭を行くH氏のピッチが上がり、大洞山に着く頃には、三国山を出た時点での計画比20分近い遅れを完全に取り戻していた。
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(大洞山の静かな山頂)

 大洞山を過ぎて、山道が緩やかに下り続けるようになると、次第に木々の背丈が低くなって広い原っぱのような地形の場所に出た。そこがアザミ平だ。いいペースで歩いて来たので、計画より少し早くここに着いた。時間に余裕が出来たから、この場所で小休止を取ろうか。目の前に広がる畑尾山の山肌の紅葉がきれいだ。

 一休みしている間に、俄かにガスが晴れてきた。その途端に畑尾山の紅葉は見違えるほど鮮やかに変身する。青空も広がり始め、木の葉の赤や黄が一段とその青に映える。
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 その時、仲間の一人が叫んだ。
「あーっ、凄い!見えた!」
彼女が指差す方角を皆が一斉に眺めると、何と畑尾山の向こうに大きな富士山が頭を出していた。
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 このところ、この季節にしては気温の高い日が続いていたので、10月11日に今年の初冠雪を迎えた富士山も、その残りはだいぶ少ない。山頂の北側に少しばかり白が目立つ程度だ。それにしても、私たちが仲間と週末に歩くのは遠くから富士山を眺める山が多かったが、今日の私たちは首を反らせて富士山頂を見上げている。篭坂峠や山中湖にも近い三国山稜までやって来ただけあって、こんなに大きな富士に出会えたのだ。

11:35 アザミ平 → 12:00 立山展望台

 ここまで来れば、昼食を予定している立山展望台は近い。アザミ平を出て畑尾山の森の中へ。一段と深い落葉を踏みしめながら、私たちは今日最後の登りに取りかかる。畑尾山から立山にかけても実に穏やかな地形で、しみじみと秋の山を楽しめるコースだ。
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 森の中の立山頂上から山道が南に折れ、300mほどを緩やかに下ると、西側の展望が開けた小さな緑地に出た。そこが立山展望台だ。そしてお目当ての富士は、雲を纏いながらも何とかその山頂を見せてくれていた。

 さあ、それでは昼食にしよう。順調にやって来たから、計画上ではここで一時間ちょっとはゆっくりできる。私たちは鍋に湯を沸かし、キノコや長ネギ、ニラなどをたくさん入れたスープを作って、雲の中に見え隠れする秋の富士を眺めながら、のんびりとした一時を過ごした。
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「駿河にも富士、甲斐(甲州)にも富士、その裾なる山野は広大で、頂きは天に属している。
(中略)
 伊豆から北上して遠く甲斐に入るには、一筋の道しかない。伊豆の三島から北をめざし、駿河の駿東郡葛山(かつらやま)に出る。葛山は、愛鷹山の東麓の渓谷で、水田多く、源平のむかしからこの水田地帯が葛山氏という大族を育ててきた。
(中略)
 さらに北へのぼり、富士東麓の須走(駿河国)にいたる。須走より北にのぼれば、籠坂(加古坂)峠である。ここが、甲州境になる。峠をこえると、甲州の山中湖で、古道は湖西に沿っており、はるかに甲府に通ずる。」
(『箱根の坂』 司馬遼太郎 著、講談社文庫)

 立山展望台から雲間の富士を眺めながら、かつて北条早雲が籠坂峠まで兵を挙げた時のことを私はぼんやりと考えていた。今からちょうど520年前のことだ。その籠坂峠へは、ここから山道を下れば1時間とかからない。

 「― 宗瑞どのは、籠坂峠で威勢を張り、はるかに甲府を望んでもらいたい。」

 早雲の甥にあたる駿河の今川氏親は、西方を治めるために信州の諏訪氏と同盟を結んでいたが、その諏訪氏が隣接する武田氏からたびたび圧迫を受けたため、甲斐の東方を牽制するよう申し入れを受けた。その役目を、氏親は早雲に命じたのだった。あの武田信玄の祖父の時代である。

 「国境である籠坂峠付近は、甲州武田氏の勢力圏に入っていた。武田圏の最前線が須走氏であり、これに対する今川方の最前線が、葛山氏であった。」

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 早雲はその葛山氏を伴って須走氏を北に追い、籠坂峠に陣を張って武田勢を睨み続けた。さしたる戦闘もなく、早雲は一夏をこの籠坂峠で過ごすことになる。

 「明応四年乙卯八月、伊豆より伊勢入道、甲州へ打入り、かこ山(籠坂峠)に陣を張(はり)しも和睦にて引き返す。」

 甲州側にはそんな古文書が残されているそうだ。

 因みに、富士山の南東で噴火が起きて宝永火口が出来たのは、そのずっと後の1707年のことだから、北条早雲が籠坂峠から眺めた富士山は、今よりももっと純粋に成層火山の形をしていたのだろう。噴煙も上がっていたかもしれない。そんな富士を目の前にして籠坂峠に滞在を続けた早雲が、ちょっぴりうらやましくもなった。
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(なお、引用した上記の小説の中では、「小田原を取ろう」という肚を、早雲はこの籠坂峠で固めたことになっている。そして、ここまで引き連れてきた軍勢を解かずに、そのまま箱根の坂を越えることになるのだが、それは読んでのお楽しみ。)

13:05 立山展望台 → 13:50 籠坂峠バス停

 山を下りる。立山の山頂に戻った私たちは、その先の分岐から籠坂峠へと下る山道へ。流れのない沢筋のような道がずっと続いていて、落葉が深い。
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 山の上の方では木々の葉がほとんど落ちていたが、高度を下げるに従ってまだ残る紅葉が鮮やかになる。今日は早起きをして山に来て、やっぱりよかった。一緒に歩いているメンバーもみな、そう思ってくれていることだろう。
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 やがて山道が沢筋から抜け出すと、ほどなく山中湖村公園墓地の一角に出る。そのすぐ先はクルマが行き交う国道138号で、籠坂峠のバス停にはまさにコースタイム通りの45分で着いた。
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 北条早雲が武田勢を追ったのとは逆方向に、私たちは籠坂峠からバスで御殿場駅へ。そして近くの銭湯で汗を流し、予定通りの16時発の新宿直通「あさぎり12号」に乗車。乗ってしまえば18時前に新宿に着くから、実に楽なものである。今日もまた、いつもの山仲間たちと過ごした楽しい一日だった。

 これから山の紅葉は低山へと進んでいく。天気さえ良ければ週末の山歩きにはいい季節なのだが、今年はこの先、公用で週末がつぶれることが多く、次にいつ山に行けるかは現時点では未定だが、限られたチャンスをなるべくうまく捉えて行きたいと思う。

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