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実年探偵団 - 笹子雁ヶ腹摺山~お坊山 [山歩き]

 山登りが好きな人間にとって、「気になる山」というのはあるものだ。

 昨年の春から旧友たちと日曜日帰りの山歩きを幾つも企画し、中央本線沿線の山々に出かけることが多くなったが、そうした山の計画を立てる過程でいつも気になっていたのが、笹子雁ヶ腹摺山(1,353m)という山である。

 山梨県地方の天気予報を見ると、それは「東部・富士五湖」と「西部」に分かれている。観測地点は前者が河口湖で後者が甲府なのだが、山梨県をこの二つの地域に分けているのが、大菩薩嶺(2,057m)から南に向かって高度を下げていく山の尾根である。中央自動車道を大月ICで降りて国道20号を西へ進むと、次第にこの尾根が正面に立ちはだかり、まるで壁のようである。

 昔の甲州街道がこの尾根を越えるところが笹子峠で、当時は大変な難所だった。現在の交通路は、国道20号も県道212号(旧甲州街道)も、JR中央本線も中央自動車道も、みなこの尾根をトンネルで越えている。そして、笹子雁ヶ腹摺山はその中央自動車道の笹子トンネルの真上にある山なのである。大月市が定める「秀麗富嶽十二景」の第四番に数えられるほど、富士の眺めも良いという。ならば、人がトンネルで越える山を、我々は自分の足で登ってみようか。

 幸い、私のそんな物好きなところを親友のT君が共有してくれ、どうせなら早く出ようと、今朝5時に私の家までクルマで迎えに来てくれた。空はきれいに晴れ、これなら山の上からの眺望も期待出来そうだ。甲斐を目指すクルマの中で、私達二人は子供のようなわくわく感にとらわれた「実年探偵団」になっていた。

 国道20号を笹子駅の近くまで来て、大蔵沢大鹿線という幅の狭い林道を上がり、7時前に道証地蔵という登山口に到着。ここでクルマに積んできた、T君が“サンダーバード4号”と呼ぶミニバイクをデポする。今日は山からここへ降りてくる予定なので、その後はこのバイクを使ってクルマを停めた所へ戻ろうという算段だ。
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 国道20号に戻った我々は、笹子トンネルの手前で左に折れ、今は県道となった旧甲州街道に入る。日陰の道路で、路面に残る雪の量がぐっと多くなる。幾つものカーブを越えてだいぶ高度を稼ぐと、やがて名所になっている「矢立の杉」という古木が現れる。その少し先の駐車スペースにクルマを停め、我々は7時半に笹子峠を目指して県道を歩き始めた。

 車両通行止のゲートを越えると、そこから先は除雪もされていない。途中で靴底に滑り止めを装着し、歩き始めから20分ほどで笹子隧道に到着。昭和13年に完成したレトロな雰囲気のトンネルの、その右手前に登山道の入口があり、「この附近にクマ出没」という立て札があった。ここからは雪の山道である。見上げる空は真っ青だ。頑張って尾根に上がったら、富士山はどんなスケールで見えるだろう。

 そこへ、T君が雪の上に残る動物の足跡を見つけて声を上げた。
 
 「これはもしかして・・・クマかな・・・。」
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 それは私の手の平ぐらいの大きさの、鋭い爪がある足跡だった。確かに昨日の土曜日は急に気温が上がり、4月の中旬とも下旬ともいわれる暖かい日だったが、とうとうクマも眠りから覚めてしまったのだろうか。笹子峠から先の山道にもその足跡は続いていたが、冬眠の場所となるような大きな木も見当たらない。こんなところまで上がってきて、クマは何を食べるのだろう? ともあれ、用心するに越したことはないので、T君と私はなるべく大きな声で話しながら山道を進むことにする。実年探偵団も、できればクマは相手にしたくないところだ。

 高度を稼いで尾根に取り付き、送電線の大きな鉄塔を通り過ぎると、葉の落ちた木の間越しに富士山が頭を出した。南アルプスも見え始めている。山頂からの展望を楽しみに登り続けると、笹子峠から約1時間20分ほどで笹子雁ヶ腹摺山のひっそりとした山頂に着いた。南には富士の高嶺が大きく、南西方向には南アルプスの甲斐駒ヶ岳から北岳や農鳥岳、そしてそこから更に西方向には八ヶ岳がはっきりと見える。山頂からの眺めはしっかりとカメラに収めたが、狭い山頂だし今日の行程は先がまだ長い。短い休憩に留め、我々は先を急ぐことにした。
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 笹子雁ヶ腹摺山の北に続く尾根道を下る。今までの南斜面とは異なり、山の北側は雪の量が格段に多く、それも締まっている。雪面に残るバケツ(人の踏み跡が深い穴になっているもの)に足を取られながら急斜面を降りていく。そして、下りが終われば登りが始まる。縦走とはそういうもので、米沢山は笹子雁ヶ腹摺山と同じ高さだから、今まで下ってきた分を丸々登り返すことになる。深い雪を踏み、場所によっては藪を掻き分け、最後の方は鎖場も出て来て、この登り返しは厳しかった。笹子雁ヶ腹摺山から約1時間半。ガス欠気味になった実年探偵団はややペースが落ちたが、11時頃に米沢山に到着。誰もいない静かな山頂である。ここからは、甲府盆地と甲斐駒ヶ岳の尖った姿がよく見えていた。
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 米沢山から先は、大菩薩の尾根とその先の国師岳、金峰山方面の展望が開けているところがある。こういう角度から大菩薩を眺めるのは初めてだが、そうした美しい山々の中で目を引くのは、巨大な送電線が上日川ダムに向かって延びている様子だ。これは東京電力の西群馬幹線と呼ばれるもので、柏崎の刈羽原発で発電された電力を東山梨変電所・新富士変電所を経由して首都圏に送る、500kvという超高電圧の送電線である。普段見かける高圧線の鉄塔とはスケールが桁違いに大きい。大都市の中にはとても建設できないから、こうして深い山の中を経由しているのだろうが、首都圏で消費される電力がこのように大掛かりな設備によって供給されていることの重さを、改めて思う。
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 今日の行程で最後のピークは、米沢山から40分ほどの、お坊山(1,430m)である。米沢山からのアップダウンはそれほど大きくなく、険しい箇所もなく、淡々と雪を踏んで歩くと、いつしか着いている。ちょうど12時近くになったので、我々は山頂で荷物を降ろし、コンロで湯を沸かして昼食をとることにする。それなりに広く、展望にも恵まれた気分の良い山頂だ。南アルプスの南部にあたる荒川岳・赤石岳・聖岳などが米沢山の上に姿を見せ、南アルプスはこれで主力級の山々が勢揃いした。それにしても、今日は雲一つない快晴だ。実年探偵団の日頃の行いが良かったのだろうか。
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 ここから先は下り道だけである。大鹿峠に向かって下り始めた時、行く手には滝子山(1,590m)が意外なほど尖った山容を見せている。大鹿峠への道は再び北斜面なので雪が多かったが、我々はそこを一気に駆け下る。積雪期の方が遥かに歩きやすい道で、登山地図ではコースタイム35分のところを20分ほどで降りてしまった。大鹿峠からは1時間ほどの緩やかな下り道で、谷を等高線に沿ってトラバースしていくような道である。ここでも左手に木の間越しに滝子山を眺めながら、道はいつしか林道に出て、今朝ミニバイクをデポしておいた道証地蔵に14時少し前にたどり着いた。
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 "サンダーバード4号"に二人乗りで林道を下る。笹子町の生活道路に出るまでの、ほんの数分間ではあったが、これでもずいぶんと距離を稼いでくれる。予定していた山々を踏破し、秀麗な富士を眺め、山頂から見える限りの山々を眺め、クマにも出会わず無事に降りてきて、フィナーレはこの痛快な二人乗り。実年探偵団にとっては何とも充実した一日だった。

 国道20号が近くなって私はミニバイクから降り、T君はそのままクルマを取りに「矢立の杉」へと向かう。彼と合流する予定の笹子駅前まで国道を一人歩きながら、私は「気になる山」をついに登ってきたことの余韻をかみしめていた。山々に囲まれた笹子の谷では、午後の陽が明るかった。

 なお、「クマの足跡」の写真を撮ったT君は、帰宅してから「足跡図鑑」のような書物で調べてみたようだ。その結果わかったことは、足跡の主はクマではなくてタヌキだったのである。だとすれば、実年探偵団は、「虎の威を借る狐」ならぬ「熊の威を借る狸」に怯えていたことになる。

この探偵団に仕事を頼む人は、やはりなさそうだ。

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コメント 3

T君

ホントニいい天気でしたね
雪の多さは予想外で、また、ここにこの時期行くときには、是非、おそろいのウィリッシュのピッケルをもっていきましょう。簡易アイゼンではなく12本歯も必要かも?!

by T君 (2010-03-18 06:06) 

RK

この時期にこれ以上望むべくもない、最高の天気でした。
確かにピッケルと12本歯のアイゼンを持って行ったら、
厳冬期のこの山も面白いかも。
でも、その時はサンダーバード4号はちょっと無理か・・・。
by RK (2010-03-18 23:18) 

T君

「確かにピッケルと12本歯のアイゼンを持って行ったら」おお~
その前に、WILLISCHのピッケル見つけてね!
by T君 (2010-03-24 03:41) 

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