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Nuovo Toyama Paradiso (1) [自分史]

 私は今、列車に揺られている。窓側に席を取り、大都市の真っ只中から郊外へ、そして郊外から山や谷へと、窓の外の景色が刻々と変わっていく様子をいつまでも眺めていることは、子供の頃からの私の楽しみである。

 特急「あずさ3号」が朝7:30に新宿を出た時には六割方の席が埋まっていたが、甲府を過ぎる急にとガランとしてしまった。窓の外では釜無川が刻む谷が春の柔らかな雨に煙っている。東京では一昨日に桜の開花が宣言されたが、このあたりではまだ梅が主役である。それにしても、この列車で私と同じように終点の南小谷まで乗る人は、どれほどいるのだろうか。
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 私は4月1日から或る事業会社に出向となる。29年間勤めてきた今の会社に籍が残るのは、あと1年だ。そのことの方向性が示された時から、私には心の中で決めていたことが一つあった。それは、今から29年前に私の社会人生活がスタートした、北陸の富山を訪れることだった。

 大学を出るまで親元を離れたことのなかった私は、就職が決まった時に最初の勤務希望地として地方に手を挙げた。社会に出る以上、身のまわりのことも含めて自分で頑張ってみたいと思った。その意図を会社がどの程度汲んでくれたのかは知る由もないが、ともかくも最初の任地は富山支店になった。

 その富山にいたのは3年足らずの期間だが、そこで出会った人々は本当に優しく私を育んでくれた。何も知らない学生上がりの私は、やること為すことがなっていなくて、本当に試行錯誤の連続であり、先輩方からは多々お叱りを受けたものだ。自分なりにつらいこともあったのかもしれないが、しかしそれは何一つ覚えていない。今も記憶に残るのは、楽しかったことばかりだ。それぐらい、富山では優しい人々に恵まれた。もちろん、北アルプスを間近に望む富山の豊かな自然環境が、山登りの好きな私にフィットしていたことも大きい。

 その頃私の指導担当をしてくれた女性や、私と同期入社をした女性達が、今も現役で頑張っている。その富山に、私はもう四半世紀も足を運んでいない。ならば、社会人としてセカンド・キャリアを開始することになった今、私の社会人生活の原点ともいえる富山へ「お礼参り」に行くべきではないか。それは、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(Nuovo Cinema Paradiso)の主人公・トトが30年ぶりに故郷のシチリアを訪れた時の心境にも似ているのかもしれない。

 小淵沢駅で小海線のディーゼルカーを見たり、上諏訪を過ぎて左手に諏訪湖を眺めたり、岡谷の駅に飯田線のたった二両連結の電車を見つけたり、というのも実に久しぶりのことだ。そして、私が学生の頃にはなかった塩嶺トンネルで塩尻峠の山を越えると、やがて左から中央西線がやってきて、塩尻。その先の松本に新宿から3時間足らずで到着すると、後ろの2両を切り離して「あずさ3号」は大糸線へと入る。

 富山行きを決めた時、その行き方にも私はこだわってみたかった。29年前の4月、私はもう一人の同期生と一緒に、上野を朝9:15に出る「白山1号」で赴任した。信越本線の長野・直江津経由の列車で、富山まで6時間半近くかかった記憶がある。上越新幹線はまだ出来ていなかった頃のことだ。会社の人事部の新人研修の担当者がわざわざ上野駅のホームまで見送りに来てくれる、いい時代だった。
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 その時と同じルートは、長野新幹線の開業で在来線の横川・軽井沢間が断ち切られてしまったため、再現することができない。上越ルートも在来線で清水トンネルを越える列車が激減してしまい、現実的でない。だとすると、(当時と同じように)新幹線を使わずに富山へ行くには、中央本線・大糸線経由で糸魚川へ出るしかないのである。

 大糸線に入ると、特急とはいっても普通列車と変わらないようなスピードで、「あずさ3号」は駒を進める。信濃大町を過ぎ、左手に木崎湖が見え始めた頃から、列車の両側には雪が現れた。簗場スキー場前という臨時駅のあたりでは、線路のすぐ近くにもスキーのゲレンデが開かれている。そういえば29年前も、「白山1号」が長野を過ぎて黒姫・妙高高原間にさしかかると、やはり同じように雪が現れたことを思い出した。当時を再現するために、やはり今日はこの大糸線ルートを選んでよかった。

 新宿を出て以来降り続いていた雨は、松本盆地に入ったあたりから上がっていたが、列車が白馬駅に近づく頃には空が幾分か明るくなり、八方尾根や白馬岳の稜線がわずかながらも見えるようになった。これはきっと、神様のご褒美なのだろう。
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 終点の南小谷まで、あともう少しである。

(to be continued)

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