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春色無尽 - 九鬼山 [山歩き]


 朝から快晴の日曜日というのは、幾つになっても嬉しいものだ。

 4月に入ってからは、友人達と計画していた日曜日の山歩きが、悪天候のために二週続けて流れてしまった。だから、今日は3月22日の生藤山へ行って以来、ほぼ一ヶ月ぶりの山である。新宿駅を朝7時に出る特急「スーパーあずさ」に乗った仲間たちも、みな上機嫌だ。4月18日(日)、今日は総勢4人で、大月市が定める「秀麗富嶽十二景」の十番目、九鬼山(970m)を目指している。

 新宿から1時間足らず。大月駅で乗り換えの富士急の電車を待つ間、駅前ロータリーへ出てみると、澄んだ青空の下、滝子山(1,590m)から雁ヶ腹摺山(1,874m)に至る南大菩薩の山々がズラリと勢揃いしている。金曜の深夜から土曜の早朝にかけては東京でも季節外れの雪になったが、この駅から見える山々もみな雪景色である。だが、今日は幸いにして暖かく穏やかな晴天の一日になりそうだ。私達と同様に、このところ雨続きで山へ行けなかった人々が今日は大勢来ているのかなと思っていたが、やがてやってきた富士急の普通電車に乗り換えた登山客は意外に少なく、二つ目の田野倉という駅で降りたのは、私達の他にはもう一人だけだった。

 田野倉からしばらく国道沿いに歩き、左に折れて踏切を渡ると林道に入り、程なく九鬼山への登山道が始まる。いきなり、橋のない沢を渡るところがあり、昨日までの雨で増水していてちょっと困ったのだが、平たい岩を幾つか見つけて沢に放り込み、足場を作って何とか切り抜ける。その先はヒノキの植林の中をジグザグにしばらく登り、一汗かいたところで右に富士山の展望が開けた。桂川が形作った少しばかりの平地の両側に山が迫り、その平地を高速道路や富士急の電車が走り、彼方には純白の富士。その箱庭のような眺めには、木々の芽吹きによってどこかふんわりとした光の輝きがあった。印象派の絵画を見ているような、平和な春の景色である。
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 そこから山道を進むと、高度を上げるに従ってヒノキの林は次第に少なくなり、代わりに落葉広葉樹が増えてきた。冬の間は丸裸だった木々の枝に若葉がよみがえり始め。鮮やかな黄緑色の葉が陽光を浴びて輝いている。例年よりもかなり肌寒い天候が続いていたので、山の緑もスタートが遅くなるのかなと思っていたが、自然はやはり逞しいものだ。ちょうど一週間前の土曜日に家内とミサワワイナリーへ遊びに行った、その時に同じ特急「あずさ」から眺めたのと比べても、山の景色には驚くほど緑が増えている。その目にも鮮やかな緑に心を洗われるような気分になりながら、私達は尾根道を進む。

 山頂までの行程の半分近くまで来たところで、山道には融け残りの雪が現れた。残雪と新緑、まさしく冬と春とがせめぎ合う景色の中で、山道は急登になる。今日のコースの要所なのだが、雪が融けて道がぬかるみ、それが急傾斜なので何とも歩きにくい。持ってきた滑り止めを靴底に装着した後も何度も足をとられたが、辛抱してそこをやり過ごすと、やがて富士見平という、その名の通り富士の眺めの良い小さな平地に出た。

 まずは昼食を取るための場所を確保し、ザックを置いて、そこから徒歩2分の九鬼山の山頂を往復する。九鬼山頂は南側に木が茂っていて富士の眺めはないが、北から東にかけての展望は抜群だ。この日は南大菩薩の山々に加え、雲取山や権現山、扇山などがよく見えている。これだから、山登りはやめられない。
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(九鬼山頂より大菩薩方面)

 田野倉の駅から歩き始めて、それなりに休憩も取りながら、ここまでちょうど二時間。今日は最初から時間に余裕のある行程である。花の季節なのだから、どうせなら山上でゆっくりと昼食を楽しめる計画にしよう。その前提でT君が準備をしてくれたのは、タケノコご飯と芋煮鍋である。具材の仕込みを彼が全部済ませてきてくれたので、現地でやることは鍋に湯を沸かせて出汁汁と作ることと、米と具材を一緒に炊き込むことだけである。どこの山から眺めても美しい富士の高嶺に見とれながら待つことしばし。幸いにも二つのメニューはいずれも美味しく出来上がった。青い空と輝く緑、山の景色と出来立ての食事。それらを友人たちと共有するのは、まさに至福の一時である。
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 おまけにこの日は、メンバーのM女史と私が今月生まれだというので、T君がバースデーケーキまで担ぎ上げてきてくれた。紅茶も入れて、デザート付の優雅なランチ。正午に近くなって富士は少しずつ靄の中に霞んできたが、周囲の山々は引き続き春の日を謳歌していた。

 下山は、富士見平から一度南へ回り込むようにして西へ降りていく山道をたどる。しばらくは右手の眺めがよく、桂川の谷を隔てて向かい側の高川山(930m)と、その背後に連なる笹子の山々を眺めることができる。笹子雁ヶ腹摺山からお坊山までの稜線は、今年の3月14日にT君と登った所である。眼下には山梨リニア実験線の高架が高川山の下をトンネルで貫いている。その高架をくぐって富士急の電車がトコトコと走る音が山の上にも聞こえてくる、のどかな風景である。
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 山道を下るにつれて、様々な種類の落葉樹によみがえった若葉はどんどん勢力を増していく。そのフレッシュな黄緑色の葉が午後の陽に輝き、見ているだけでビタミンCを摂取したような気分になる。足元にはM女史が見つけたマムシグサ。この標高では山桜もまだ花が残っている。色や輝きはそれぞれに異なるが、無数の草木が花や新緑で山を彩りながら、全体としてはそれが一つの春景色。一滴の草露にも夜空の月が映るように、一つの存在の中に宇宙すべての存在があり、様々な個物は相互に関係し合い、無限に重なり合っているとする、仏教における華厳の思想、「重重無尽の縁起」とはこのことかと、この歳になると改めて考えてみたりもする。それぐらい、この国の春は神々しい。
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 概ねコースタイム通り、1時間強で山道は終わり、下界の道路に出た。畑と民家が点在するそのあたりでは、菜の花、しだれ桜、桃などが穏やかな風景に彩りを添えている。そこから、明治時代に架けられたレンガ造りの水道橋をくぐり、川を渡って富士急の禾生(かせい)駅まで、私達はのんびりと歩いた。この後はタクシーで公営の立ち寄り温泉に向かい、汗を流したら都留市駅から新宿まで直通のホリデー快速で帰る予定である。

 自分の生まれ月だからかもしれないが、私はやはりこの季節の山が好きだ。山道から若葉を眺め、花を愛で、そして富士の高嶺を仰ぐ。この国に生まれ育ったことの幸せを体一杯に感じた春の一日だった。

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コメント 3

T君

ほんとに、貴君と山に行くと、快晴ばかりでなく、霞に沈む甲府盆地や雲海に浮かぶ富士山とか、晴れ男(夏山では「晴天は悪天のうち」といいます)ではなく、「いい天気男」といいたいね~
 1.良い友
 2.良い天気
 3.良い眺め
 4.良い食い物
 5.良い湯
 6.良い酒

道が悪くとも,登りがきつくとも、荷物が重くとも、少々体調が悪くとも、上記1~6があれば、一応山屋としては1~3だけで充分満足できますね

今回見たいな山行のあとって、計画が難しいね
by T君 (2010-04-21 03:00) 

T君

興ざめの訂正
 九鬼山の常緑樹は、杉はほとんどなくヒノキでした
 M女史が見つけたザゼンソウは、実は[マムシグサ」でした
  これは,山頂で食べた里芋科の植物で、水芭蕉からザゼンソウ,ウラシマ草など鑑別は容易なようです

 これから次第に体力もなくなり,同じ山に何度も登るようになる(はずな)ので、道を温泉や,酒に釣られてあるくより、花にももう少し気持ちが分けられればと思います
 「山の上ででぐずぐずしていたい」と,思う気持ち,とても大事だと思います(おしつけがましい?)
by T君 (2010-04-21 03:14) 

RK

私も訂正が一箇所ありまして・・・。
九鬼山からの下りで高川山の奥に笹子の山々が見えた所、
昨夜カシミールで改めて調べてみたら、
米沢山はお坊山の後ろに隠れて見えず、
米沢山だと思ってた山が笹子雁ヶ腹摺山(そういえばピラミッドのような山だった)、
その左の、ピークが幾つか連なる横長の山は、
清八峠に向かって続く尾根上の複数のピークであるようです。
後で山名入りの写真を修正しておきます。

by RK (2010-04-21 08:40) 

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