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いつまでも、そこにいたい - 雁ヶ腹摺山、湯ノ沢峠 [山歩き]

 今年は台風が少ない。

 気象庁によると、平年値(1971~2000年の30年平均)では、9月末までの累計で台風の発生数が19.2個、その中で本土への接近数が4.7回だそうである。それに対して今年は(9月がまだあと4日残ってはいるが)、台風の発生数が12個、そして本土への接近数は2件しかない。

 その2件目の台風が土曜日の午前中に本州の東側をかするようにして海の上を北東に駆け抜けることになった。その後には西から移動性高気圧がやってくるという。山の上から遥かな富士を眺めるなら、日曜日の朝はいいチャンスだ。山仲間のT君から山への誘いのメールが回ったのは、金曜日も夕方になってからだった。
天気図(2010年9月25日).jpg

 この時期は、山の計画も台風によって左右されやすい。台風の発生やその後のコース次第では、せっかく計画していた山も直前になって断念せざるを得ないこともあるのだが、そういうドタキャンがある一方で、タイミングが良ければドタGOもあり得る。T君と私が言い出しっぺのそんなドタGOに、O女史とM女史が果敢に手を上げてくれた。中学時代の旧友四人によるパーティーの成立。目指すは甲斐の雁ヶ腹摺山(がんがはらすりやま、1,874m)である。

 日曜日の朝6時、新宿駅南口近くに集合。T君の運転で車は一路、中央自動車道を西へ。台風が大気の汚れを吸い取ってくれたかのようにきれいな青空が広がり、奥多摩や丹沢の山々、そして富士山が行く手に並んでいる。これなら素晴らしい景色が期待できそうだ。

 八王子から相模湖にかけての渋滞も幸いにしてなく、新宿から一時間もかからずに大月ICで下に降り、国道20号を真木の信号で右折。真木を過ぎると道はそのまま真木小金沢林道に入り、急カーブを切りながらぐんぐんと高度を上げていく。そして、遠くの景色が木の間越しながら回り灯篭のようにして段々と見えてくるのだが、道志・丹沢の方角には早くも白い雲が湧き上がり始めていた。富士山は大丈夫だろうか。姿を隠してしまってはいないだろうか。ここからはまだ直接見えないだけに、気がかりになる。

 午前7時30分、標高1,560mの大峠に到着。T君が飛ばしてきてくれたおかげで、予定よりもだいぶ早く着くことができた。あたりは明るい森の中。車を降りると、ひんやりとした空気と、樹の香り。思わず両手を広げて深呼吸を繰り返す。今日も山へやってきた。そのこと自体が何よりも嬉しい。
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 身支度を整えて、さっそく出発。足取りも軽く、私たちは落葉樹の森の中を進む。紅葉が始まったらさぞかし素晴らしいであろうその道は小さな沢を木道で越え、やや急な登りとなり、続いて山肌をトラバースするようにして、いつしか山頂から南へと走る尾根に取り付いていた。このあたり、登りながら後ろを振り返ると、谷の向かい側の小金沢連嶺がゆるやかに南へと高度を下げていく様子が、木々の間から見える。葉の落ちた季節には、何とも味わいのある眺めが楽しめることだろう。
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 次第に背の低くなる落葉樹の森の中をジグザグになおも登っていくと、南側に展望の開けた所が一箇所だけあり、その岩の上に立つと、小金沢連嶺の彼方に悪沢岳・赤石岳など南アルプス南部の主峰が、雲の上にそれぞれの頭だけを出している。そして眺めを左側にたどると、お目当ての富士の高嶺がそこに。良かった、まだ間に合った。雁ヶ腹摺山の山頂からは、その姿がもっと絵のように見えるはずだ。先を急ごう。
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 その先をなおも登っていくと、自然に出来た節理の形が天然の石垣のように見える不思議な大岩があり、更にしばらく行くと、ちょっとしたススキの草原のような緩やかな斜面に出る。そこを登れば、待望の雁ヶ腹摺山の頂上である。大峠から1時間足らず。手軽な上に気分の良いコースだ。
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 午前8時30分、山頂に到着。そこに待っていた富士の眺めに、OさんもMさんも声を上げる。中腹に雲を纏っていたが、その分だけ立体感があって立派な姿である。大月市が定める「秀麗富嶽十二景」の第一番がここからのアングルで、かつての五百円札の裏面にも描かれていた風景なのだ。日本で最も優れた富士の眺めの一つ、といってもいいのだろう。
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 私たちは、持って来た冷凍の鍋焼きうどんを登山用のコンロで温める。今朝は5時過ぎに家を出たから、さすがに腹が減った。そして、山の上での暖かい食事はありがたい。秀麗富嶽の眺めを他の二・三人の登山者と共に独占しながら、私たちは贅沢な一時を過ごした。

 T君に誘われて前回この山に来たのは、昨年の4月だった。見事な雲海の広がる日であったが、山はまだ春の芽吹きの前で、枯色の景色の中に雪を纏った遥かな富士が一人屹立していた。それが、今回は周りの景色が夏の緑を残し、反対に富士の高嶺には雪がない。そのどちらにしても、富士の姿は端正という他はない。
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(2009年4月18日撮影)

 山頂で過ごしている間にも、少しずつ雲が増えてきた。山を見るなら時間の早いうちに行動するに限る。今日はせっかく車があるのだから、小金沢連嶺の西側に回って湯ノ沢峠(1,650m)に上がり、大蔵高丸(1,770m)まで歩いてみようか。そこもまた富士の眺めの優れた所だ。それが雲に隠れてしまったとしても、甲府盆地や南アルプスは眺められるかもしれない。

 いかに車があるといっても、同じ日に違う山域の山をもう一つハシゴするというのは私も初めての経験だが、T君もその酔狂なアイディアに乗ってくれた。私たちは大峠へ歩いて戻り、そこまで上がってきた林道を再び車で降りて国道20号に戻り、笹子トンネルを越えた先のJR甲斐大和駅の近くで右に折れた。そこから日川沿いの県道を天目山温泉まで上がり、更に焼山沢真木林道を走り続ける。標高にして1,100mを降りて1,200mを登り返したことになるが、大峠から1時間半弱で湯ノ沢峠に着くことができた。

 駐車スペースの少し先に峠があり、そこから山道を南に向かうと、緩やかな登りを経て、すぐにススキの草原に出る。ここからしばらくはお花畑になっていて、盛夏の時期には高山植物の花が咲き乱れる所だ。今はほとんどの花が終わっているが、その代わりにススキの穂が風に揺れていて、いかにも秋の初めの風情である。
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 大蔵高丸までは徒歩30分ほどのコースなのだが、既に来ていた登山者たちが、お花畑を過ぎて大蔵高丸への登りが始まる所にスズメバチの巣があるために、ロープが張られて通行禁止になっていることを教えてくれた。その先へどうしても行きたかったら、道を大きくそれて藪をこいでいくしかないと。そこまでして行くつもりもないので、私たちはお花畑の中で休憩を取ってから引き返すことにした。

 今日は想像以上に天気の移り変わりが早いようで、気がつけば空の半分以上がもう雲に覆われている。湯ノ沢峠から北に高度を上げていく黒岳(1,968m)の稜線は、上の方が既にガスの中だ。だが、西から北西の方向はまだ晴れていて、のびやかな山の風景が広がっている。一段の高みは金峰山から国師岳にかけての山並み。その左には遠く八ヶ岳も並んでいる。
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 OさんもMさんも、この穏やかで広大な景色がすっかり気に入ったようだ。草の上に腰を下ろし、Oさんが持ってきてくれたお菓子を皆で食べる。まだ日差しはあるものの、今日は暑さを感じることもない。目の高さになったススキが風に揺れ、見上げる空では流れる雲が刻々とその輝きの色を変えている。秋だ。やはり今日はここまで来てよかった。
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 雁ヶ腹摺山の山頂と、湯ノ沢峠のお花畑。いつまでもそこにいたいと心から思える景色に一日で二つも出会うことができた、そのことの幸せを体一杯に感じながら、私たちは笑顔で山を下りた。

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