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彼岸の朝 [季節]

 3月19日、土曜日。特にこれといった予定を決めていなかった三連休だが、まずは早起きをしてクルマを出し、8時半過ぎには家内と二人で義父の墓前に立った。前日の金曜日が彼岸の入り。何事もせっかちだった義父のことだ。行くなら早い方がいい。それに、休みの日は夜明けと共に野鳥の観察に出かけていったような人だったから、きっと今朝も早くから目を覚ましていたのではないだろうか。

 家を出る時は空を覆っていた雲がみるみると晴れていき、私たちが墓前で手を合わせていた頃にはきれいな青空が広がりだした。予報通り、今日はいい天気になりそうだ。帰宅してもまだ10時前。外を歩きたかった私は、それから小石川植物園を散策することにした。

 東京の桜の開花予想日まであと12日。街路樹にはまだ緑は復活していない。間近に迫った花の季節が待ち遠しいが、街の景色はまだ冬の延長線上のような、基本的にはモノトーンの世界だが、植物園の中はさすがに植生が豊富で、落葉樹の中にも芽吹きを始めた木々やソメイヨシノに先駆けて花を開く木々が、早起きを競い合うようにして春を謳っている。モノトーンの冬に対して、なるほど春は多様なのだと、改めて思う。

 園内の坂道を登ると桜の広場がある。その大半を占めるソメイヨシノは、だいぶ膨らんだ蕾が薄い緑色を帯びてきた。確かにカウントダウンも近い感じである。そうした中、ある一角で一足早く花を開いていたのはマメザクラだ。桜の仲間の中では開花期の早い山桜の一種で、富士山や箱根で自生するためにフジザクラ、ハコネザクラとも呼ばれる。私の目の前の木は、花の桃色がかなり濃いタイプのものだ。
Mamezakura.JPG
(マメザクラ)

 桜の広場の先にはツツジ園。ほとんどのツツジはまだ目覚めていないが、その中でひとつだけ春一番のように存在感を見せていたのは、ハヤトミツバツツジ。枝先に三枚の葉がつくのがミツバツツジだが、これはその変種で、鹿児島のあたりに自生し、ミツバツツジの中でも一ヶ月ほど早く3月頃に開花するという。しかも、今では数が少なく、絶滅が危惧される品種なのだそうである。だが、そんなそぶりも見せず、このハヤトミツバツツジは元気そのものだ。
Hayato-Mitsubatsutsuji.JPG
(ハヤトミツバツツジ)

 ツツジ園を過ぎると、雑木林が始まる。その入口で、鮮やかな黄色の花を空に向かってたくさん咲かせているのが実に印象的なのは、シナミズキ。中国原産で、本来は少し標高の高い山地に生育するそうである。トサミズキの仲間で、日本ではそちらの方をよく見かける。枝という枝一杯に花を咲かせる様子を「豊年満作」にたとえられたことからその名がついたマンサク。トサミズキやシナミズキはそのマンサク科の樹木なので、最盛期には本当にたくさんの花が開くようだ。今日はまだそのプロローグといった感じだが、それもまた早春らしくていい。
Shinamizuki.JPG
(シナミズキ)

 雑木林とはよくいったもので、私を取り囲む木々は実に多種多様だ。ここには花を開く樹木はまだないが、それよりも木々の枝に少しずつ甦り始めた新たな葉が太陽に照らされていて、何とも瑞々しい。特に逆光気味の角度からその鮮やかな緑を眺めるのが、私は好きだ。

 雑木林の一番奥では、カリンの木に新しい緑が宿っていた。これはかなり背の高くなるバラ科の木で、中国東部の原産。日本にはかなり古くから入って来ているらしい。その果実は砂糖漬けやカリン酒にされるほか、のど飴の原料としても知られている。秋の終わり頃になると、そのカリンの大きな果実がここにはゴロゴロと転がっていて、あたりに甘酸っぱい香りが漂っていたりする。
Karin.JPG
(カリン)

 雑木林の続きはいつしかスギとヒノキの林になり、それを抜けて石段を降りると日本庭園。その一角の梅園では、梅の花も最盛期を過ぎようとしている。今日は他に訪れる人も極めて少なく、こんな眺めを私がほとんど独り占めしてしまっているようなものだ。
Plum Garden.JPG

 その梅園を過ぎたあたりに、早くも満開の桜の木が一つあった。安行寒桜と呼ばれるサトザクラの一種である。サトザクラというのは、人間が手を加えて観賞用に改良してきた園芸品種の桜の総称で、早くも平安時代から品種の育成が行われてきたそうだ。オオシマザクラ(その葉が桜餅に使われることで有名)をベースに、ヤマザクラやエドヒガン、マメザクラなどを掛け合わせたものが多いという。なるほど、調べてみればソメイヨシノもオオシマザクラとエドヒガンの雑種なのだ。
Satozakura 01.JPG
(サトザクラ)

 安行寒桜は埼玉県川口市の安行で発見され、そこで園芸用として増やされたことからその名がついたもので、ソメイヨシノよりも10日ほど開花期が早いそうである。確かにその通りになって、私の頭の上の安行桜は満開だ。そして、五枚の花弁を揃えた花がそのままガクの根元から枝を離れ、くるくると回りながら盛んに散り落ちてくる。明後日は春分の日。今年も春がやってきた。

 東北関東大震災の発生から一週間。原発事故を伴う戦後最大の国難に立ちすくみながらも、直接の被災地でなかった地域の人々にとっては、被災地のために、復興のために今自分に出来ることは何か、それを問い続けた一週間ではなかっただろうか。

 寒さと物資の欠乏の中で避難生活を余儀なくされている人々にも、そして今この瞬間も福島の原発に立ち向かってくれている人々にも、等しく平穏な春がやってくることを願わずにはいられない。そして、この国のために自分たちが出来ることには、精一杯協力していこう。

 安行桜から散り落ちてくる花があまりにきれいだったので、手のひらに乗せられるだけ乗せて家に持ち帰ると、家内が水を張った器にそれを浮かべてくれた。
Satozakura 02.JPG
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