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28年前のプランB [鉄道]

 日曜日の朝7時2分、日暮里駅で山手線の電車を降りて階段を上り、京成電鉄への連絡通路を歩く。私はほとんど手ぶらだが、大きなキャリング・ケースを引いたビジネスマンの姿も少なくない。成田空港から海外へ出かけていくのだろう。

 私も何度も経験してきたが、週末の間に移動して月曜日の朝一番から現地で仕事というのが海外出張の基本である。そして、そういう週末に限ってものすごく天気が良かったりするものだ。今朝も、今シーズン一番の五月晴れである。今日の私は出張ではないが、これから数時間の、仕事とも言えないような仕事のために出てきた。

 日暮里駅は、JR各線と京成の上り線ホームを1階とすると、階段を上がって京成への連絡通路のある高さが2階。そこはJR・京成共にコンコースになっている。そしてエスカレーターを上がった3階が京成の下り線だ。一本の線路を挟むようにして両側にホームがあり、京成上野からやってきた電車は、スカイライナーやシティライナーなどの有料特急が右側のドアを開けて1番線を、その他の電車は左ドアを開けて2番線を使うことになっている。
Nippori station.JPG
(京成電鉄日暮里駅 下り線ホーム)

 その1番線ホームに入線してきた、鼻先が鋭い形をしたスカイライナー5号に乗車。席に座ると定刻の7時18分に滑るようにして動き出した。ファッション・デザイナーの山本寛斎氏が車輌デザインを手がけ、昨年7月にデビューした京成の第二代AE型電車、いわゆる新型スカイライナーは、車内のデザインがすっきりとしていて足元も広く、充分に快適である。
New Skyliner.jpg
(京成電鉄HPより拝借)

 真っ青な空の下を走る新型スカイライナー。だが、京成高砂までの間はトロトロとした走りだ。通常の電車の合間を縫ってのダイヤだから当然である。荒川を渡り、押上方面から来る線路と青砥駅で合流し、中川を渡って京成高砂駅を通過すると、南東方向へ走る京成本線と別れ、スカイライナーは成田空港線に入る。

 このあたりから列車はようやく速度を上げて特急らしい走りになってきた。駅間距離も長い。JR武蔵野線との乗換駅である東松戸を高速で通過し、左に新京成電鉄の電車を見下ろしながら程なく新鎌ヶ谷を過ぎると、車窓には次第に緑豊かな景色が広がっていく。

 先程、「成田空港線」という言葉を使った。京成電鉄では日暮里・上野までのルートを総称して「成田スカイアクセス線」という言い方を多用しているが、いずれにしてもこれらは京成側からの言い方であり、実は線路の持ち主は京成電鉄ではない。京成高砂-小室間は北総鉄道、小室-印旛日本医大間は千葉ニュータウン鉄道、そして印旛日本医大から先は成田高速鉄道アクセスと成田空港高速鉄道という、全部で四つの会社の保有に分かれた路線で、京成電鉄はその線路を四社から借りて電車を運行する第二種鉄道事業者という訳である。こういう複雑な形になったのは、成田開港以来この路線を建設するまでの経緯が色々とあるからだが、スカイライナーの利用者には「成田スカイアクセス線」の一言で充分だろう。
Sky Access.jpg
(同上)

 新型スカイライナーは時速160kmでの走行も可能だという。京成電鉄は線路の軌間が新幹線と同じ1,435mmだ。その標準軌に相応しい走りを見せながら印旛日本医大駅を通過すると、やがて左手に印旛沼が広がり、良く晴れた今朝はその彼方に筑波山の双耳峰が姿を見せている。その印旛沼の眺めが終わると、早くも成田空港は近い。

 JRの特急「成田エクスプレス」をよく利用する人は、空港行きの電車が成田駅を通過すると、2kmほど先の地点で速度を落として大きく右カーブし、周囲の景観とは不釣合いなほど立派な、しかしいささか古びてしまったコンクリートの高架の上を走るようになることをご存知だろう。その先は空港までの間、単線である。

 この高架橋がかつての「成田新幹線」構想の遺物であることはよく知られている。東京駅と成田空港を結ぶはずだった成田新幹線は、当初1976年の予定だった成田開港に合わせて国鉄が建設を計画したのだが、その建設工事に対する沿線住民の反対運動が強く、国鉄民営化を前に建設が断念されていた。この高架橋を造った程度で終わってしまっていたのである。この、JR成田線から右に分岐して旧成田新幹線の高架橋を走り、終点の成田空港に至るまでの路線を保有しているのが、JR東日本や京成が出資する成田空港高速鉄道という会社である。

 「成田スカイアクセス線」は、印旛日本医大駅から、この成田空港高速鉄道の高架橋に接続しJRと並走して空港に到達するまでの部分を新たに建設して、昨年7月に開業したものだ。私が乗ったスカイライナー5号も、ようやくこの高架橋までやってきて、私にとっても成田エクスプレスの車窓から見慣れた景色が始まりだした。ここから先は、左を走るJRの線路と空港まで並走するようになる。それぞれ単線だが、左のJRは狭軌(1,067mm)、右の京成が標準軌という異なる軌間の線路が8kmほども並走する、なかなか珍しい鉄道風景である。
sky access connecting point.jpg
(成田スカイアクセス線の接続ポイント)

 日暮里から時刻表通り所要時間42分で成田空港駅に到着。そして第一ターミナル南ウイングの到着ロビーで待つこと15分。私が出迎える予定だったドイツ人の技師と無事に会うことができた。会社の仙台工場で明日から三週間近く仕事をしてもらうことにしていて、昨日フランクフルトを発ってきたのである。通常なら乗継便で仙台空港まで行ってもらえばいいのだが、震災の影響で成田・仙台間はフライトが出ていない。やむをえず、私が空港で出迎えて東京駅まで連れて行き、仙台までの切符を持たせて東北新幹線に乗せるところまでアテンドすることにした。その後は私が携帯電話で連絡を入れ、仙台工場の責任者に仙台駅ホームまで出迎えに来てもらう手筈になっている。

 初対面の技師は50に近いぐらいの年齢だろうか。英語で話していると、とても真面目な印象だが、一方で気さくな人柄がにじみ出ている。先般の原発事故に対して最も鋭敏な反応を見せたのがドイツの人々で、今回出張して来てもらうにも、滞在の安全性を巡って先方の本社とは随分やり合わねばならなかったのだが、本人はそんな様子を少しも見せることがない。日本は二回目だそうだが、空港から乗せたJRの成田エクスプレスの運行が極めて正確で車内も快適であることに大変上機嫌で、車窓に広がる五月晴れの景色を楽しんでいた。そして、東京駅で切符を求め、想定していた中で一番早い時間の東北新幹線に彼を無事に乗せたところで、今日の私はお役御免になった。

 過激派による管制塔襲撃事件があって、開港が2年遅れた成田空港。直通鉄道のないまま1978年に開港してからは、東京との間で道路の激しい渋滞が利用者の悩みの種だったが、成田新幹線の建設はいっこうに目処が立たなかった。成田空港への鉄道アクセスについて、担当の調査委員会は当時の運輸省に対し、成田新幹線の代替案として三つのルートを1982年に答申。その中で、北総線を延伸する現在の「成田スカイアクセス線」のルートがB案、そして既存の国鉄成田線に繋げる現在のJR成田エクスプレスのルートがC案だった。

 新線建設の少ないC案は1991年に実現。それに対してB案は昨年の7月、答申から実に28年の歳月を経て開業に漕ぎつけたことになる。だが、いずれも成田空港と東京の都心を結ぶ鉄道路線としての利便性は今一つだ。特にJRの成田エクスプレスは、もっと頻繁な運行ダイヤが必要だろう。
Series E259.JPG
(JR東日本E259系 成田エクスプレス用車輛)
New Skyliner 2.JPG
(新型スカイライナーの車内)

 また、今日は外国人に帯同してみたが、外国人の目から見て、成田空港から東京駅に出て新幹線に乗るというかなり標準的なパターンでさえ、自力でこなすには色々とハードルがありそうである。(東京駅の地下5階のホームから新幹線までは実に遠くてわかりにくい。) まして、京成で日暮里や上野に出てみても、外国人にとってそこから先はいきなり応用問題が始まる感じだろう。更に言えば、成田から国内線利用のために羽田に向かう場合、日本人でさえ鉄道を乗り継いで行く気にはなれないのではないか。

 鉄道の利便性そのものが今一つであるのに対し、JRも京成も特急の車輌は格段に良くなった。1時間足らずの乗車時間には勿体ないほどのグレードである。高い技術に裏打ちされて製品の品質は非常に高いのに、果たして売れるかというとそれは別問題・・・。それはガラパゴスと呼ばれる日本の工業製品が抱えている問題と、根っこがどこかよく似ているように思えてならない。新型スカイライナーもあれほど素晴らしい車輌なのに、今朝の乗車率は4割もあったかどうか。

 成田新幹線構想が頓挫した、その代替案から始まったという経緯を踏まえれば仕方がないのかもしれないが、成田エクスプレスやスカイライナーのどこか中途半端な存在は、首都と国際空港を結ぶ交通インフラに確固としたグランド・デザインがないことの表れなのだろう。その国際空港だって、成田と羽田で玉虫色にお茶を濁してきた結果、アジアの中でもハブ空港としての地位低下が著しい。それもこれも、政治のリーダーシップの欠如に起因していると言うほかはない。

 インフラの整備に膨大な支出を行うのであれば、カネをかけただけのことはある物にしたい。そこにはしっかりした構想力が必要だ。東北の復興がこれからの大きな課題だが、「28年の歳月をかけて造ったものが、使い勝手はどうも今一つ」などということは、今度は何としても避けたいものである。

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