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汗を拭き拭き - 甲州高尾山 [山歩き]


 新宿駅を朝7時に出た京王線の電車が高尾に近づくころ、窓の外では小雨が降りだしていた。

 高尾駅でJRの甲府行き電車に乗り換えると、我々より少し早く着いたTH君が車内で待っている。ここまで快速電車でやってきた彼によると、雨は八王子あたりから降り始めたという。ともかくも、これで今日の山仲間5人がそろった。

 この時期は山へ行こうにも天気が難しい。前回山行から1ヶ月も間があいて、やっと挙行できた今日にしても「曇り、降水確率40%」という予報である。最初から雨は半分覚悟の上のことだ。

 天候だけでなく、この時期の山は場所の選定も案外難しい。晴れても降っても、標高の低い山は蒸し暑いばかりだし、標高の高い山は多少涼しいにしても、歩く行程が長いと、本当に雨になった時がつらい。そして、いずれにしても一日の行動で大汗をかくのだから、出来れば下山した後に風呂に入れるコースがいい。そのあたりのバランスを考えて、今日の我々は甲州高尾山(1,102m)を目指すことにしている。
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 不思議なもので、峠を一つ越えただけであたりの天候がガラッと変わることがある。今日もまさにそうで、雨の高尾駅を出発した甲府行きの普通列車が小仏トンネルを抜けて神奈川県側に出ると、もう雨はなかった。道路も草木も乾いていて、直近まで雨だった形跡もない。但し左右の窓から見えるべき山々は殆どが霧の中だ。これでは今日の我々のコースもホワイト・アウトの世界なのだろうか。

 だが、列車がそれから1時間ほどを走り続けて笹子峠のトンネルを越えると、空はぐっと明るくなり、車窓に近い里山も稜線がはっきりと見えるようになった。そして午前9時10分、勝沼ぶどう郷駅のホームに降り立つと、青々としたブドウ畑の斜面の先に、今日歩く予定の甲州高尾山の凹凸のある稜線が姿を見せている。どうやら、行けども行けども五里霧中というようなシナリオは免れることが出来そうだ。

 簡素な駅前ロータリーに出ると、事前に頼んでおいたタクシー2台が待っている。それに分乗して大滝不動尊の奥宮へ。乗っているのは15分足らずの時間だが、深い森の中の、対面通行もできないような幅の狭い舗装林道を上がっていくので、だいぶ高度を稼ぐことになる。崖が崩落しかかったような所が何箇所かあって、大雨の直後などは通るのがちょっと心配な道だが、ともかくも無事に目的地まで着いた。

 9時40分に出発。人里離れた山奥になぜこんなに立派な山門が?と思うほどの、朱塗りの堂々とした山門をくぐって大滝不動尊の境内へ。さっそく始まる急な階段を登っていくと、右側に豊富な水量の前滝、正面の本堂の奥には高い崖の上から男滝(おたき)が流れ落ちていて、いかにも幽山深谷といった趣である。
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 開山は西暦880年と伝えられる。不動尊というからには、大日如来の化身とされる不動明王がご本尊なのだろう。本来的には密教の寺だが、数々の滝に囲まれたこんな場所を選んだこと自体が、岩や滝、巨木など自然の造形そのものに神威を感じた日本古来の信仰との混淆を示すものなのだろう。山伏や天狗がいたっておかしくないような場所だ。

 本堂の先から山道が始まっていて、鬱蒼とした森の中をやや急角度で登っていく。沢筋ではカエルが盛んに鳴き、頭の上はセミの合唱だ。そして足元には様々な種類の夏草が勢いを見せていて、コアジサイの花が爽やかだ。湿度が高く、我々は早くも汗が出てきたが、6月も下旬の里山の中は、こんな風に賑やかである。
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 一度、未舗装の林道に出る。その奥に見晴台が用意されているのだが、霞か雲か、甲府盆地や南アルプスの眺めはお預けである。その林道を左にしばらく進み、右側の斜面が崩れた箇所を過ぎると、やがて右手の草むらをかき分けて森の中に入っていく山道がある。ひっそりとした道標なので、草葉の陰になって見落としてしまいそうだが、これが富士見台を経て甲州高尾山へと続く稜線への山道である。
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 相変わらず夏草の生い茂る鬱蒼とした山道だが、登りは緩やかで歩きやすい道だ。途中、カモシカやリスの姿を目撃しつつ、汗をかきながら登り詰めていくと、やがて行く手の空が明るくなり、10時15分に稜線の上に出た。

 急に視界がひらけ、谷を隔てて南側の稜線が見えている。好天ならばその奥に大菩薩連嶺が長々と横たわっていることだろうが、今日は雲の中だ。そして、我々が立っている稜線の左奥、だいぶ高度を上げた所には棚横手山(1,306m)の姿があった。

 年間の降水量が少なく、冬場も比較的乾燥しているためか、このあたりでは過去何回も山火事が起きている。特に稜線の南側は風の通り道になっているのか、草木が焼失してしまい、その後に復活した緑の背丈がまだ低いので、結果的に稜線からの見晴らしが良いコースになっている。
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 2年前の2009年にも春先に二度続けて山火事があった。その年の6月に、今日も来ている山仲間のT君と私でここを歩いたことがあったのだが、その時は焼け焦げた木の幹、灰だらけになった山の斜面などがそのままになっていて、何とも痛ましかった。それに比べれば、まだ背が低いとはいえ緑に覆われた展望が広がっているのは、救われた気分になるものだ。
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(2009年6月14日撮影)

 それにしても、今日は蒸し暑い。ふつう、稜線に上がれば吹く風が涼しいものだが、今日はその風が殆どない。湿度が非常に高く、メンバーの誰かの表現を借りれば、「空気までもが汗をかいている」状態だ。しかも天候が徐々に回復しつつあるようで、薄日も差してきたから汗が止まらない。時間には余裕を見た計画にしているので、この稜線の最高峰である棚横手山を往復する時間はあるのだが、我々にとっては早くも下山後の温泉とビールが待ち遠しくなっていた。となれば、甲州高尾山を目指して先へ進もう。
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(富士見台への登り。一昨年と比べると、背後の山肌にも緑が蘇っている。)

 稜線に出た地点から一登りした所が富士見台と呼ばれるピークだ。そこから先は緩やかなアップダウンを繰り返しながら、次第に高度を下げていくコースになる。尾根筋を忠実にたどっていくのだが、右手(北側)は深い森がずっと続き、対照的に左側は山火事の跡で草が生えているだけか、或いは木々が育っていてもまだ背丈が低く、展望がひらけている。下界の甲府盆地がだいぶはっきり見えるようになってきた。

 どこかで昼食にしようと、場所を選びながら歩いていたのだが、甲州高尾山のピークも、その次の剣ヶ峰という大袈裟な名前のついたピークも、特に展望がいい訳でもなく、広い場所もなく、おまけに風の通りが悪くて暑い。もっと良い場所はないかと思いながら進むうちに、結局地図上の908mピークの少し下、JR中央本線の新大日影トンネルが下を貫いている、その地点にだいぶ近い所で松の木立に囲まれた少し広い場所に出た。相変わらず風は通らないが、まあいいか。一同そこに腰を下ろし、弁当を広げ、持ち寄ったフルーツで喉を潤しながら、止まらぬ汗を拭いていた。天候は更に回復してきて、先ほどまで雲に隠れていた笹子峠を巡る山々が姿を見せるようになっていた。
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 食べるものを食べた私たちにとって、この暑さの中で次に行動すべきことは、早く下山して温泉を目指すことである。再び荷を担いで歩き出す。山道は下るほどに急傾斜になっていくようだが、その分だけ下界が近くなるので、笹子トンネルに向かう中央自動車道の様子が早くも手に取るように見えてきた。
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 大きな鉄塔の立つ森の中のピークを越えると、山道はそこで尾根筋を左に外れ、ザラザラの急斜面をつづら折れに降りていく。ここまで下り道の連続でだいぶ足も疲れてくるが、怪我をしないよう、このあたりが踏ん張りどころだ。それを我慢して下ると、やがて左手にブドウ畑が現われる。なおも下ると五所大社という神社に出て、ちょっとした展望台が用意されていた。時計は間もなく午後1時。やれやれ、お疲れさま。そこに腰を下ろして汗を拭きながら甲府盆地の眺めを楽しんでいると、その後方には何と南アルプスの悪沢岳や赤石岳、前聖岳などがうっすらと姿を見せていた。今日の天候でそこまで期待していなかった我々には、これはご褒美のような眺めである。
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 ここから石段を少し下りれば道路に出て、その先が大善寺の境内だ。タクシーを呼び、「ぶどうの丘」にある「天空の湯」へ直行。そこでゆっくりと汗を流した後、ラウンジで風呂上りのビールを満喫したことは言うまでもない。梅雨のさなか、半分は雨覚悟だったが、やはり今日は来てみてよかった。こんな風にして最後はみんなの笑顔が揃うから、山はやめられないのだ。

 我々がビールを楽しんでいるうちに、気がつけば窓の外には青空が広がり、強い日差しが照りつけている。甲府盆地はもう梅雨が明けたような空だ。そして、勝沼ぶどう郷駅で帰りの電車を待つ間、ホームからは山の眺めが更に豊かになって、雲の間から甲斐駒ケ岳や鳳凰三山のシルエットが並んでいた。
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 梅雨の時期は、まだしばらく続く。それでもそんな雨の季節と何とかうまく折り合いをつけながら、これからも山を楽しみたいものである。

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