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「側にいる」ということ [読書]

 この冬は、ここ何年かに比べると、まともに寒い冬である。天気予報を見ると、日本海側は連日の雪マークだ。関東では冷え込みの厳しい晴天が続いている。

 会社は例年通り1月4日からスタート。だがこの日は新年会だけだから、実質的な仕事始めは5日から。といっても、最初の二日ぐらいは新年の挨拶みたいなことで半分は時が過ぎていく。

 そんな中で、今週は中学・高校時代のクラスメートからメールをいただいた。彼女が編集・制作を殆ど一人で手掛けた一冊の本が昨年の10月下旬に世に送り出されたという。1月5日に読売新聞の書評にも載った、そのことを受けての知らせだった。新年早々、これは嬉しいニュースである。ネットで調べてみると、池袋の大手の書店に置いてあるというので、金曜日の会社帰りに寄って買い求めることにした。『被災者と支援者のための心のケア』 (聖学院大学総合研究所カウンセリング研究センター編、聖学院大学出版会)という本である。
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 この本の出版は、言うまでもなくあの東日本大震災の発生を受けてのことだ。

 「東日本大震災は、私たちからすべてのものを奪いました。直接被災した方々からは、かけがえのない命と健康を、生活の基盤であった家屋財産を、心のよりどころであったふるさとを奪いました。そして被災者、支援者を問わず、すべての人々からの心の安定を、そして悲しみ苦しむ心に語りかけることばを奪っていきました。」

 「この冊子は、被災者と支援者の心のケアに役立つことをめざして書かれています。臨床心理士、精神科医、牧会カウンセラー、スピリチュアルケアの専門家が書き、まとめました。しかしそれぞれの著者が、あまりに悲惨な現状に語りかける言葉を見いだしえない、また言葉にならないもどかしさを感じながら書きました。著者たちがもがき苦しみの中から書いたことばが、被災した方々、支援する方々の心のどこかに伝わることを願っています。」

 本書に一貫して流れる姿勢は、この前書きに的確に要約されているといっていいだろう。東日本大震災がもたらしたあの悲惨な事態を目の当たりにすれば、誰だって言葉を失ってしまう。それは、本書の各章の執筆を担当した専門家の方々もきっと同じで、多くの人々と同じように、彼らも言葉を失い、被災者を案じ、自分も何かしたいと思いつつ、実際には何の力にもなれない、そういう思いにとらわれていたに違いない。それでも、心が傷ついた人々に言葉を選びながら何とか語りかけ、そして彼らの言葉に耳を傾けようとする素朴な思いが滲み出てくるような、そんな文章の数々に私は引き込まれていった。

 本書を通じて知ったのは、このような大災害が発生してしまうと、心のケアを必要とする人々と、そのケアの内容が実に多岐にわたることだ。当たり前のことだが、被災者に対する「がんばれ!」というエールだけで済むほど事態は単純なものではない。

 直接の被災者はもちろん、特に子どもの心のケアが必要なこと。被災後にどうしても増えてしまう自殺を防ぐような対応と、それでも起きてしまった自殺について、残された家族の心のケア。被災者が抱える悲嘆や孤独感へのケア。宗教の役割。そして、被災地で支援を続ける人々や、被災地から離れて暮らす人々のメンタルヘルス・・・。心のケアを必要とする領域がこれほど広いことに、私は今まで思いが至らずにいた。

 元来、人間というものは、他人が抱えた心や体の苦しみを直接には共有することのできない生き物である。苦しみを抱えた人は、他人がいることで痛みや苦しみの量を直接的に減らせる訳ではなく、他人もそれを直接的に分担することは決してできない。自分と他人との間でやりとりできるのは言葉ぐらいしかないのだが、その言葉が役に立つこともあれば、かえって逆効果になることもある。特に相手が深い悲しみに暮れ、やり場のない怒りにとらわれている時などは、言葉のやりとり自体が非常にデリケートなものだ。

 それに対して本書は、心を痛めている人々には声をかけることが必要だが、何よりも側にいて相手の話を聴くことの大切さを繰り返し教えている。やり場のない怒りや悲しみを自分から鎮めていくことを説く初期仏教などとは対照的に、それはキリスト教的なアプローチといえるかもしれない。

 「私たちが実際にできるのは、『あなたのことを気にかけていますよ』というメッセージを言葉や態度で伝えることと、そばにいてただ話を聴くことだけかもしれません。私たちには、その方の感じている苦しみや悲しみを完全に理解することも、すべてを共有することもできませんが、それでも黙って隣に座り、話を聴くことはできます。」
 (本書第1章より)

 「『共にいる』というケアは、具体的には、傾聴、受容、共感、沈黙などを通して行われていきますが、そのあり方の一つは、実際に時間と空間を共にし、そこに『いる』(存在)ことです。これは存在を通して『あなたのことを大切に思っていますよ。忘れていませんよ。』と相手に伝えることなのです。」
 (本書第7章より)

 そして、それぞれの章で、支援者が持つべき視点とは何か、不用意に発すべきでない言葉とは何か、子供のためにできることは何か、「悲嘆」と「悲哀」とはどう違うのか、「孤独」を乗り越えるためにはどうしたらいいか、といったような事柄について、ポイントが箇条書きでわかりやすくまとめられ、読みやすいような工夫がされている。その一つ一つが、なるほどと思わせるようなことばかりだ。

 該当する事項についての具体的な相談窓口や参考文献なども紹介されている。私たちにできること、留意すべきことなどがこれほど平易に、かつ網羅的に整理された書籍も少ないだろう。そして、暗くなりがちな内容だからこそ、落ち着いて読めるように本書全体のデザインや色調、挿入されているイラスト等にも細かな気配りがされていているのも、大変素晴らしいことだ。

 震災に限らず、家族や親しい人を失うのは、誰にとっても辛いものだ。昨年の秋に父を亡くした私は、本書を読みながら、今は実家で一人暮らしをしている母のことを思わずにはいられなかった。この本が教えてくれていることは、私がこれから母の様子を見ていく上でも、大変に参考になることばかりなのだ。そんな風に、本書は多くの人々にとって役立っていくに違いない。

 大震災の発生を受けて本書の企画が急遽始まったことから、編集・制作を殆ど一人で手掛けたという私のクラスメートには、大変な苦労があったことだろう。そのことをねぎらいつつ、今の世の中がまさに必要としている書籍を世に送り出してくれた彼女の尽力に大いなる敬意を表すると共に、本書が広く読まれることを願ってやまない。

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