SSブログ

夏が始まる日 [季節]

 今年の大型連休では、4月30日(月)が振替休日になった。

 29日に山仲間たちと半日山を歩いてきた、その目で改めて眺めてみると、東京の街中も緑が濃くなったものだ。桜並木はいつの間にか立派な緑陰を作っていて、その下を歩くのは花の頃にも増して気分がいい。最近は街路樹に使われることが多くなったハナミズキは今が花の真っ盛りで、その清楚な白が新緑との鮮やかなコントラストを見せている。

 今日は日本が振替休日。そして明日の5月1日は世界の多くの国々で祝日である。

 かつては労働運動の代名詞のような存在だったのが、今はすっかり色褪せてしまった「メーデー」。社会主義者たちの運動として1889年に結成された「第二インターナショナル」で掲げられた、国際労働運動のための休日、などという受験勉強的な知識はとっくの昔に忘れてしまった。巷でもメーデーが話題になることはもう殆どないと言っていいだろう。
May Day.jpg

 それにしても、万国の労働者が団結してこうした運動を行なう日が、なぜ5月1日だったのか。

 それは、北欧や中欧の各国に共通するものとして、遥かな昔からこの日が夏の訪れを祝う日だったことにあるそうだ。

 暗くて寒い冬が長く続くヨーロッパでは、春分を過ぎて光がいよいよ明るくなると、人々が活動的になる。古代のケルト人の信仰や北欧神話など、キリスト教が入ってくる以前のヨーロッパの精神世界には、多様な神々や悪魔、死者の魂などが登場するが、それらも人間と同じようにこの季節になると元気になったようだ。

 4月30日の夜には生者と死者との境が薄れ、魔女やら死霊やらが集まって大騒ぎをするので、人々はかがり火を焚いてそれらを追い払い、太陽の季節が戻る5月1日を祝ったという。北欧・中欧の各地に共通するそんな風習、それが五月祭(メイフェア)なのだそうだ。夏が始まる日、ということなのだろう。

 緯度が北緯50度を越える北国では、地球の公転と共に昼と夜の長さが変わる、その一日当りの変化が低緯度地域よりもずっと大きい。世界各地の日の出・日の入の時刻を計算してくれるインターネット上のサイトを使って、例えば4月30日と5月1日では昼間の時間(日の出から日の入まで)がどれだけ長くなるか、それを調べてみると以下のようになる。(便宜上、いずれも海抜0mとした。)
Valpurgis night.jpg
(駆け足で夏が来るヨーロッパ)

 この時期に東京では1日当り1分50秒ずつ昼が長くなるが、北ドイツのハンブルグではそれが3分48秒、スウェーデンのストックホルムでは4分59秒、そして北緯60度に達するフィンランドの首都ヘルシンキでは5分14秒にもなる。つまり、二週間足らずで昼間の時間が一時間も長くなるわけだ。こんなスピードでまっしぐらに夏へと向かうなら、人間誰しも嬉しくなってしまうことだろう。そのフィンランドでは、5月1日は夏至と大晦日に次ぐ大きなお祭りで、前夜から人々は大酒を飲むそうである。

 確かに、ヨーロッパの5月は一年で一番いい季節と言っていいだろう。公園も住宅地も花と緑にあふれ、晴れた日に屋外で食事をするのは最高の気分だ。夜もいつまでも明るくなる。1620年に英国南西部のプリマスから新大陸を目指した清教徒たちは、「メイフラワー」という名の船に自らの命運を託したのだが、「希望」という言葉の代名詞になるぐらい、ヨーロッパの5月の花は素晴らしいと、私自身の経験からもそう思う。
May flower.JPG

 一方ドイツでは、4月30日の日没から5月1日の未明までの間、魔女たちがブロッケン山に集まって大宴会を開くという伝承があるそうだ。「ヴァルプルギスの夜」と呼ばれるこの話はゲーテの『ファウスト』にも描かれていて、メフィストフェレスに誘われた主人公がこの宴に酔いしれる場面が第一部に出てくる。

 ブロッケン山(標高1141m)は年に300日は霧に覆われ、その霧に登山者の影が映る「ブロッケンの妖怪」が出ることで有名な中部ドイツの山である。『ファウスト』を世に送り出す前の1777年12月、ゲーテ自身が冬期のブロッケン山に登頂を試みている。近代アルピニズムの登場よりもずっと前、まだ山には魔物がいると本気で信じられていた時代のことだ。

 ムソルグスキー作曲の交響詩『禿山の一夜』にも、真夜中の山に集まって大騒ぎをする魔物や死霊が登場している。これはロシアの夏至の祭りに因む民話を題材にしているのだそうである。
night on the bare mountain.jpg

 それらに比べると、日本に住む私たちにとっては、「夏も近づく八十八夜」と歌われては来たものの、5月1日に格別の季節感があるわけでもないし、夏至の頃はたいてい梅雨空だから、一年で一番昼の長い日を祝うという習慣もない。肌感覚として太陽が最も元気なのは7月・8月だ。それらはみな、北欧や中欧に比べて遥かに太陽の光に恵まれた国の季節感。やはり「日ノ本」の国なのである。

 その夏至まで、あと一ヶ月と三週間あまり。毎日1分50秒ずつ昼間が長くなるこの時期を、大切に過ごして行きたい。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。