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山の常識 [季節]

 5月5日、土曜日。「子供の日」の東京は朝から素晴らしい快晴になった。今朝は窓の外の緑が一段と眩しい。こんなにきれいな青空が広がるのは、先週の日曜日以来のことだ。

 こうなると、時間を無駄にしてはいられない。私は朝5時には目が覚めていたので、6時半頃から10kmのジョギングに出かけたのをはじめとして、午前中にセカセカと色々なことをした。要するに、天気の良い休日は室内でじっとしていられない性格なのである。

 ベランダの植物を相手に一仕事が終わり、昼前になると、家内と娘が予定通り出かける仕度を始めていた。今日はこれからランチボックスとワインを持って三人で都心の公園へ出かけ、芝生の上で青空と緑を楽しむことにしていたのである。
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 メトロに乗って家から45分ほど。芝生の上を好きなように歩けるその公園には既に大勢の人出があったが、何しろ広い園内だから場所に困ることもない。私たちは桜の木陰にシートを広げ、ランチボックスを開いた。そして乾杯。たとえプラスチックのカップでも、太陽と緑の下で楽しむ赤ワインはいいものだ。

 例年、5月の連休は遠出をしないことにしている。限りのある時間の中で道路の渋滞に巻き込まれるのは馬鹿げているし、行った先々も混雑ばかりなのだとすると、とても時間とエネルギーを費やす気になれないのだ。むしろ、近場でさっと楽しめることをする方がいい。そんな訳で、「昭和の日」の日曜日は山仲間たちと、電車と路線バスを使って比較的早い時間に帰って来られる半日の山歩きを企画。そして、連休の後半は家族と共に身近な所で時間を過ごそうと決めていた。
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 それにしても、大型連休の後半は天気が荒れた。

 その荒天のために北アルプスで登山者の遭難が相次ぎ、5月4日だけでも白馬岳(2932m)付近で6人、爺ヶ岳(2670m)と涸沢岳(3110m)付近でそれぞれ1人が命を落とした。計8人はいずれも60代以上で、内4人は70代だったという。天候の急変で吹雪に巻き込まれ、低体温症に陥ったというのが8人に共通している。

 5月3日(木)は天気が悪い。天気予報は早くからそう告げていた。その一方で4日(金)は「曇時々晴」というような予報だった。4日に入山した人たちは、それを当て込んでいたのだろうか。だが、実際には2日(水)17時の予報で4日は「曇一時雨」に変わっていた。この時期の天候はなかなか難しいのである。
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 「曇時々晴」が「曇一時雨」に変わったという程度なら、「山へ行くのだから多少の雨はもとより覚悟」という御仁は動じないかもしれない。5日(土)には高気圧がやってきて晴れる、そうだとすれば4日は、雨が残ったとしても気圧の谷が過ぎて天候が回復していく過程にあるのだろうと、そう思った人も少なくないことだろう。

 だが、「4日は上空に寒気が入ってきて大気の状態が不安定になる」という情報が視覚的にもっと行きわたっていたら、行動を見合わせた人が増えたことにはならなかっただろうか。

 今はこれほどの情報化社会。山に向かう電車の中で、スマートフォンを使ってインターネット上の最新の、それも地域をピンポイントに選んだスポット天気予報を確認することが出来る。ラジオで一日三回の気象通報を聞いて、自分で天気図を書くしかなかった私たちの学生時代に比べれば、それは夢のようなことだ。

 だが、ネット上の一般向けの天気予報は相変わらず地表付近の天気図ばかりで、テレビの天気予報で時々解説される高層天気図、上空の気温の状況の解説などは見ることが出来ない。確かに高層天気図を理解するためには相応の知識が必要なのだが、地表付近の天気図だけでは読み取れない、けれども実際の天候を左右するようなファクターについては、平易に噛み砕いて一般向けにも情報を提供していくような、便利な時代になったからこそ出来る工夫をもっとしてみる必要がないだろうか。
photo (04May2012).jpg
(一般向けには、こうした画像にも解説が欲しいところだ。)

 もちろん、山の遭難事故を天気予報のせいにすることは出来ない。それどころか、8人が命を落とした今回の事故は天気予報以前の、登山のイロハの問題だ。亡くなってしまった方々を今さら批判してみても仕方がないが、やはり山を甘く見ていたとしか言いようがないだろう。5月の連休の頃に標高2500mを超える山では、天候が悪化すれば冬山と同じような条件になる。山に入る以上はそれに備えることが基本中の基本なのだから、フリースさえ持っていなかったというのでは話にならない。

 メンバーの中には登山歴の長いベテランもいたという。だが、最近の山の事故で気になるのは、その「ベテラン」といいう言葉が持つ本当の意味だ。登山回数や年数が長ければベテランなのだろうか。四季を通じて安全に山へ行くための基礎を、本当の先達からきちんと学んできた人たちなのだろうか。

 一般論として、中高年になってから「見よう見まね」で登山を始めた人でも、場数を踏んで結果的に事故なく10年も山行を続けたら、「山のベテラン」と呼ばれるようになるかもしれない。そして、山行を重ねて山の面白さを経験してしまうと、人生の残り時間から逆算して、元気なうちにあちこちへと精力的に出かけようとするのかもしれない。仲間に触発されて、「彼でも登れたんだから私も」となるケースもあることだろう。

 そのことを必ずしも否定するものではないし、人生を意欲的に生きるのは結構なことだが、基本を知らずに山へ行こうとすると、越えてはいけない一線がどこにあるのかがおそらく解らないのだろう。悪天候が予想される時は「行かない勇気」が「行く勇気」に勝ることも。

 今回は北アルプスでの5月4日の遭難事故が目立ったが、報道されずとも似たような状況に陥った登山者が他にも少なからずいたのではないだろうか。

 5月2日の夜から3日にかけて、関東・東海地方では記録的な大雨になった。この間、24時間の降水量では天城山(静岡)の649ミリが観測史上第1位だったことをはじめとして、箱根(349ミリ)、奥日光(217ミリ)、秩父(138ミリ)、東京(152ミリ)など、各地で一日の降水量の最大値を更新した。丹沢湖では2日と3日で計175ミリの雨が降り、これは平年の5月一ヶ月分の降水量(185ミリ)に匹敵する量だった。
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(記録的な大雨が降った5月3日)

 これは後講釈で言っているのではない。3日の大雨の状況は日中から度々報道されていたし、アメダスの1時間毎の気象観測データは気象庁のHP上で刻々と更新される。あの日がどれほど記録的な大雨だったのかを、かなりの程度リアルタイムに状況を把握することは、誰にもできたはずである。

 山でこんな大雨が降れば、山道が荒れる以上に沢の増水が尋常ではないはずだし、それは雨が止んだからすぐに収まるというものでもないはずだ。付近の林道では土砂崩れだってあるかもしれない。たとえ5月4日に天候が回復していたとしても(実際にはそうならなかったのだが)、そんな大雨が降った翌日はまだ山に近付かないのが常識というものだろう。どんなに山へ行きたくても迷いなくそういう判断が出来ることが、「山のベテラン」の証なのではないだろうか。

 中高年層を中心として、山を甘く見たこと、基本を知らずに山へ向かったことによる遭難事故は、これからも続くことだろう。社会人だから山へ行ける時間が限られている、という事情はあるにしても、社会人だからこそ、自分の体は自分一人のものではないはずだ。そして、街中の運動場でスポーツをしていて怪我をするのとは異なり、山でひとたび遭難事故を起こせば、社会のあちこちに多大な迷惑をかけてしまう。それは「武勇伝」ではすまされないことだ。

 素晴らしい快晴が一日続いた5月5日、家族と共に都心の新緑を満喫しながら、心の片隅ではこんなことを考えていた。残りの人生、私もあと何年山歩きを続けられるかわからない。状況が許せば登ってみたい山もまだ数多く残っているが、それが全部はかなうべくもない。そこは強欲にならず、若い頃に山岳部の諸先輩から叩き込まれたことをしっかりと守って行きたいと思う。
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 次回はいつ、山へ行くことになるだろうか。

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