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縁起 - 箱根・金時山 [山歩き]

 東京から東名高速道路を西へ走って大井松田ICを過ぎると、正面から左手にかけての展望が開け、箱根の大きな山塊が彼方に横たわるようになる。晴れていて遠くの展望が利く時は、右奥に見えている富士山の方にどうしても目を奪われがちだが、改めて眺めてみると、手前に連なる箱根の山々もなかなか立派である。

 三角の握り飯を立てたような形の矢倉岳(870m)、楯を伏せたような明神ヶ岳(1169m)をはじめ、箱根の山は一つ一つが個性的なのだが、中でも目をひくのが平らな稜線から山頂部分だけが突起のように天を突いている金時山(1213m)だ。眺める位置によってはこの山頂は更に尖って見える。「猪鼻岳」という別名があるのも、なるほど、という感じである。今日はこれからあそこを目指すのか・・・。
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 冬晴れの空が広がった12月8日の土曜日。以前長く勤めた職場の山仲間たち5人と、クルマでその金時山の麓を目指す。朝の7時半に新宿西口を出てきた私たちは、途中大きな渋滞に出くわすこともなく順調に御殿場ICまで走り、乙女峠のトンネルを抜けて公時(きんとき)神社前の駐車場に9時頃に着いてしまった。

 その駐車場は、早くも満杯に近い。それも、地元や東京のクルマだけではなくて、静岡、習志野、大宮、熊谷など、関東各地のナンバーが混在している。先週末に起きた笹子トンネル天井崩落事故の影響があるのかどうかはともかく、やはり箱根は全国ブランドなのだろう。
 「花も紅葉も終わってるし、この寒い時期なのに、朝早くから何でこんなに混んでるの?」
と、今回企画をしてくれた後輩のH君も驚いている。

 更に二人の山仲間を乗せたもう一台のクルマの到着を50分ほど待って、ようやく今日のメンバー7人が揃った。身支度を整え、金時山へ向けて10時過ぎに出発。登山口と公時神社の境内は、やはりグループで金時山を目指す人々で賑わっていた。
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 今年の冬は意外に早く寒さがやって来た。関東は昨夜のうちに弱い気圧の谷が通過し、今朝は早くから冬晴れだ。季節風の吹き込みが始まっていて、杉の森の中で少しずつ高度を上げていくにつれて、風が強くなった。大海原に波のうねりがあるように、風にも息があって、そのたびに山肌がごうごうと鳴る。見上げればカッチリと晴れた青い空。いかにも関東の冬である。
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 金時山へ向かう山道は結構しっかりした登りである。西風の強い冬の朝といっても、この登りに取り掛かっていればそれなりに汗は出るものだ。途中、短い休憩をとって衣類を調整。再び山道を進むと、次第に落葉樹が増えて視界が良くなってきた。

 公時神社から歩き始めて45分ほどで、登山道は仙石原や芦ノ湖を見下ろすようになる。それまでは概ね太陽を背にするように登ってきたが、やがて東を向き、木々の間から神山や駒ヶ岳、明星ヶ岳、明神ヶ岳を眺めるようになると、その先で道は明神ヶ岳方面からの尾根沿いの山道と合流。道標を見ると、「金時山へあと20分」とある。
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 それにしても、金時山はグループで登りに来ている人たちが多い。今日の私たちも7人パーティーだから人のことは言えないが、他の山に比べても明らかに大人数のパーティーが多いようだ。箱根という場所柄、バスを仕立ててやって来て下山後は温泉というパターンなのだろうか。そのように大パーティーが多いために、金時山への最後の登りでは「自然渋滞」が度々発生することになった。(もう一つ、リピーターが極めて多いのも金時山の特徴だろう。)
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 頂上付近の稜線上では、いよいよ風が強くなる。山肌だけではなく、頭上の空までもがごうごうと鳴っているかのようだ。「自然渋滞」の解消を待って歩みを続けると、やがて山頂の茶店の屋根が見えてくる。11時20分、その茶店の前にたどり着くと、待っていたのは一段と強い風と、大勢の登山客、そしてその賑わいとは無縁のように、西の彼方にどっしりと坐る富士山の姿であった。

 とにかく猛烈な風である。富士山、愛鷹山、そして箱根の外輪山。展望は極めて良いのだが、風に向かってカメラを構えていられないほどだ。写真撮影は早々に切り上げて私たちは茶店に飛び込み、暖かい蕎麦で体を温めることにした。
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あれは、私が小学校に上がったぐらいの頃だっただろうか。夏休みの間、小田原の近郊にあった母の実家に長く滞在していた時に、母や伯母たちに連れられて金時山に登ったことがあった。ごく断片的なことしか覚えていないのだが、あの時も今日と同じコースを歩いたのだろうか。

 それが私にとって初めての登山であったのかどうかはわからないが、そうでないとしても極めて初期の部類の登山だったはずだ。その時に頂上から富士山が見えたのか、今日と同じように登山者で賑わっていたのか、そうしたことはちっとも覚えていないが、下山の時に雨になって、あたりが濃い霧に覆われたことだけは、なぜか記憶に残っている。数メートル先が一面乳白色の世界というのは都会では経験することがないから、子供心にも強い印象を受けたのかもしれない。

 時は流れ、そんな私が高校生になって山岳部の門を叩くことになった。幼い頃のあの夏の日に、金時山からの下りで濃い霧の中を歩いた、その体験が結果的に山登りと私を結びつけたのだとしたら、それが私にとっての山登りの「縁起」なのだとしたら、更にはその「縁起」によって、今日一緒に来ている山仲間たちとかつての職場で知り合うことになったのだとしたら、人生とは誠に不思議なものだと思わざるを得ない。そして、「縁起」となったその夏の日から、今年でほぼ半世紀が過ぎたことになる。
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 茶店での30分ほどの昼食休憩で体は温まった。山頂での記念撮影を済ませると、吹き続ける強風の中、私たちは乙女峠に向けて下山を開始。半世紀前に濃い霧の中を下ったのが今日と同じ尾根なのかどうかは定かでないが、ともかくも今日は晴天だ。金時山から乙女峠への稜線は南向きだから、正面から冬の陽を受け、山道は霜が融けてぬかるみが続く。そして両側の落葉樹林が風に揺れている。
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 尾根続きの丸岳(1156m)を正面に見ながら日当たりの良い尾根を下り続け、一時間ほどで乙女峠に到着。ベンチのある場所からは、駒ヶ岳や明神岳がよく見えている。そして、峠の西側で今日最後の富士山を眺めた後、私たちは仙石原方面へと下る。樹林の中をずんずんと下っていけばやがて杉の森になり、乙女峠から30分ほどで国道に出る。後はその国道を歩けば公時神社までは1km足らずである。

 国道から見上げると、今日登ってきた金時山は意外な高度感を持って聳えている。それを眺めながら、私の胸の中に去来するものは様々だ。

 母の実家で一夏を過ごした子供の頃の遠い記憶(その時に私を可愛がってくれた祖母は、今年になって天寿を全うした)、高校山岳部時代の合宿の思い出、そして、今日のメンバーの面々と苦楽を共にしたかつての職場での日々。どれもみな、大事な宝物である。

 山との出会い、人との出会いは、これからも大切にして行きたいものだ。そして、今日お付き合いいただいたメンバーの面々、とりわけ諸々のアレンジをしてくれたH君には、この場を借りて深く御礼を申し上げたい。

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