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北風と花 [季節]

 私の部屋の壁に掲げた山のカレンダーを見ると、2月16日は「天気図記念日」と書いてある。

 1883(明治16)年のこの日に、当時の東京気象台で手書きによる日本初の天気図が作成されたという。ドイツ人のお雇い学者から指導を受けての作成だったようだが、以後天気図は毎日1回作成されるようになり、この年の夏からは新橋と横浜の停車場にも掲示されたそうである。

 その天気図記念日から昨日でちょうど130年。この国のとりわけ複雑で微妙な気象を解明する天気図は、今や私たちの日々の生活には欠かせないものになっている。特にインターネットが普及してからは、最新の天気図へのアクセスが飛躍的に便利になった。

 その2月16日(土)は、前日に関東周辺に雪をもたらす可能性もあった南岸低気圧が東へ去った後に、西高東低の強い冬型の気圧配置になり、関東では強い北風が吹きつける一日になった。
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 気象庁のHPから東京都心部の気象データ(気圧と風速)を拾ってみると、金曜日に南岸低気圧が通り過ぎ、日付がかわる頃から高気圧が張り出してきて急激に風が強まったことが、如実に表れている。強風のピークは土曜日の午前11時頃で秒速10mを超えていた。その時間帯に私は用事があって都心へ出ていたが、空がごうごうと鳴り、ビルの間を吹き抜ける寒風は何とも強烈であった。沿岸部を走る鉄道には一部に遅れが出たようだった。
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 用事を済ませて昼過ぎに帰宅。その後の家内との約束までに少しだけ時間が出来たので、私はもう一度ダウンジャケットを着込み、近所の植物園へと行ってみることにした。外は寒いが、梅が咲き出した頃である。今週になって、山登りの先輩方から都内各地で梅が開花したとのメールをいただいていたこともあった。(気象庁の発表では、東京で白梅の開花を観測したのは2月3日(日)で、平年より8日遅く、昨年より7日早いそうである。)

 植物園に入って丘を登ると、薬草園の先にある寒桜の木が花を開き始めていた。本格的な春を先取りするような眺めが楽しみで、毎年この時期にこの木を目当てに訪れることになるのだが、今年はなかなかいいタイミングになった。
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(寒桜)

 吹き付ける北風は昼前ほど激しいものではなくなったが、園内はやはり寒い。背の高いズズカケノキやユリノキの枝が大きく揺れている。その、武蔵野の面影を残したような雑木林を抜けて、日本庭園へと坂道を下りていくと、その一角に梅園がある。日本最古の植物園だけあって、ここに植えられている梅は約50種、計100株に及ぶという。今日の時点で開花しているのはまだ半分にも満たないが、それでも白、紅、そして桃色の花が寒空の下で風に揺れながら、かすかに芳香を放っていた。
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「鶯の谷」
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「寒紅梅」
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「扇流」

 気象庁によれば、梅の開花日というのは、白梅を対象に、標本木に5~6輪の花が咲いた状態を指すのだそうだ。そうした統一基準によって、全国の気象官署で季節観測が行われている。それは、ウメ・サクラ・アジサイの開花、カエデ・イチョウの紅葉といった植物の季節観測に留まらず、ウグイス・アブラゼミの初鳴日、モンシロチョウ・ツバメ・ホタルの初見日など、動物の季節観測も行われているという。季節の移ろいが細やかな日本らしい仕事ぶりである。

 因みに、早春といえば「梅にウグイス」だが、南関東では梅の開花日の平年値は1月末である一方、ウグイスの初鳴日の平年値は3月に入ってからだから、梅の花の方が一月以上も早いことになる。
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「未開江」

 他に先駆けて春の兆しを告げる梅の花は、古くから人々に愛されてきたようだ。平安時代の『古今和歌集仮名序』には、
 
 「難波津(なにはづ)に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」

という歌が収められている。

 「難波津に、咲いたよこの花が。冬の間は籠っていて、今はもう春になったので、咲いたよこの花が。」

という内容のこの歌の「咲くやこの花」には、「梅の花を言ふなるべし」と、編者の紀貫之が注釈を付けているそうである。

 この歌の作者は,、百済からの渡来人で日本に初めて漢字を伝えたとされる王仁(わに)博士だというから、平安時代どころではない。仁徳天皇の即位を寿ぎ、王仁博士が梅の花に添えて奉ったのがこの歌だというから、古墳時代のことになる。古代人にとっても、寒風の中に梅が咲き始めることは春を待つ楽しみの一つだったようだ。

 後に禅宗が日本に入ってくると、寒さの中で真っ先に花を咲かせる梅は悟りの象徴になる。確かに、禅寺へ行くと梅の木が植えられていることが多い。

 「あえて清きを誇らず、薫(かん)ばしきをも誇らない。」
 「じっと世尊が眼をつぶれば、雪中に一枝の梅華がかおる。いまはいずこも茨ばかりだが、やがて春風に繚乱として咲こう。」
 「梅は早春をひらく。」
 「梅の花は古い枝にいっぱいじゃ。」

 道元禅師が宋に学んだ頃の師匠で、梅の花をこよなく愛した天童如浄のこうした言葉に含まれた禅味は、私たち日本人の心にも素直に響くものではないだろうか。
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「長寿」

 高気圧の張り出しは2月17日(日)までで、翌18日は再び気圧の谷がやって来るので、関東地方は雨になるという。奇しくもその18日は、暦の上では「雨水」である。

 私はその日から、仕事で一週間ほど仙台近郊に滞在する予定にしている。咲き始めた梅を愛でている関東とは季節感のだいぶ異なる地域だが、寒さの中にも北国らしい春の兆しを見つけることが出来たらと思っている。

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