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夏を涼しく [季節]

 「言うまいと思えど今日の暑さかな」

 7/6(土)に関東甲信地方の梅雨明けが発表され、まだセミも鳴いてないのにいきなり猛暑が始まってから一週間。例年より半月ほども早い梅雨明けだから、私たちはどうもまだ今一つ、体の準備と覚悟ができていなかったようだ。今週の突然の暑さは、ちょっとこたえた。

 海の日の三連休も、一泊ぐらいでどこかへ出かけようかという話を家内としてもいたのだが、関東以西はどこへ行っても猛暑で、北日本は雨続き。まあ無理に遠出をすることもないかと思って、結局は都心でなるべく涼しく過ごすことにした。

 土曜日の夕方、日中のそれぞれの予定をこなした家内と私は、久しぶりに外で食事をするために、エアコンの効いた電車で恵比寿へと向かう。駅を出てからは10分近く歩くのだが、外は昼間の暑い大気がまだ澱んでいるから、いつもの早足はやめて、今日はゆっくりと歩こう。まだ日没までにはだいぶ間がある、夏の土曜日のこんな時間帯は、何事ものんびりしていて悪くない。

 お目当ての店に着くと、いつものカウンターではなく、階段を上がったメゾネットのような小さなスペースに案内された。そこは茶室のような造りになっていて、小さな床の間があり、障子には月明りに見立てた照明が施されている。隠れ家というほどの密室性はないが、二~三人でちょっと気分を変えるにはいいスペースだ。

 私がわりと気に入っているこの店は、基本的にはワインを楽しむ場所なのだが、食材や食器に和のテイストをさりげなく取り入れているところに特徴がある。それも何か薀蓄がある訳ではなくて、普段ワインのツマミに出て来るようなメニューの中に、ふと気がつくと和のセンスが取り入れられている、そんな感じだ。そして食器の使い方にも、一見洋風のメニューもなるほどこんな風に和食器に盛ることが出来るんだ、と気づかされることが多い。
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 例えば、ここの名物のオードブルは「おばんざい」の取り合わせ。プチトマトとマッシュルーム、それにブラック・オリーブのマリネは、見た目は洋風でも味付けにはどこか和風の要素があるし、ラタトゥーユのような一品はきんぴら炒めのゴボウとオクラだ。キッシュもパイ生地を使わず、和風の卵焼きの外側をカリッとさせてパイ生地のように見せている。そして、どれも実に美味だ。茶室風のしつらえの中で、ワインと共に楽しむ和のテイストは、視覚的にも味覚的にも私たちに涼しさを与えてくれている。

 続いて私たちが楽しんだ生野菜のバーニャカウダも、大きな陶器の鉢に涼しげに氷が敷き詰められ、和洋様々な野菜のスライスが並ぶ。そして、別の陶器の中で温めたバーニャカウダ・ソースをそれにつけて食べるのだが、ソースはかなりあっさりとした味付けで、ニンニクも控えめ。どこか日本伝統の「舐め味噌」を思い出す。しかもそれは、生野菜に味をつけるというよりも、生野菜が持つ本来の甘味・旨味を引き出すために用意されているかのようだ。
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 この店のように、外国の食文化に和のテイストをマッチさせるような試みは、特に珍しいものではない。そもそもこの国の歴史自体が、舶来の文物に触れた時にそれをしなやかに受け止めた上で、くるりと技を返して別物に仕立て直し、この国の風土に合ったものにしてしまう、そうしたことの積み重ねであったとも言える。芥川龍之介が言うところの「造り変える力」が、まさにそれだ。

 ミシュラン・ガイドの星の累計で東京が世界最多の街になったというのも、むべなるかな。舶来の食文化をこの国の風土の中で美味しく楽しむことは、日本人が昔から得意として来たことなのだから。

 恵比寿で美味しい食事を楽しんだ翌日の日曜日。家内と私は丸の内の三菱一号館美術館へ浮世絵の展覧会を見に出かけた。

 「珠玉の斉藤コレクション」と題されたこの展覧会は6月の後半から始まって9月8日まで、三期に分けて多数の浮世絵が展示されるという。第一期を見られるのは7月15日までで、「浮世絵の黄金期」として鈴木春信や喜多川歌麿の作品を数多く楽しむことができる。
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 江戸時代の初期、17世紀の後半にはまだモノクロ(墨摺絵)だった木版画が、それから百年ほどの年月をかけて、赤い顔料で塗りを加えた丹絵・紅絵となり、三色の紅摺絵へと発展。それが18世紀後半の明和期になると、多色刷りの錦絵が登場して大きく開花した浮世絵。鈴木春信の美人画が江戸中で人気を集め、伝説の名プロデューサー・蔦屋重三郎によって喜多川歌麿や東洲斎写楽の絵が世に送り出された。今回の第一期の展示はそこまでの期間のものだ。

 この美術館は、エアコンがよく効いていて実に涼しい。そして、改めて感じたのだが、浮世絵の淡い色彩が日本の今の季節に向いている。さらりとした色合いが視覚的にとても涼しげなのだ。これぞ、この国の風土に根ざしたこの国の文化というべきか。

 「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き頃わろき住居は、堪へ難きことなり。」

 『徒然草』の有名な一節にあるように、この国は夏の暑さとどう折り合っていくかが、遥かな昔から大きな課題であったようだ。日頃はついついエアコンに依存しがちだが、私も少しは先人の残した工夫、和のテイストを活用しながら、暑い夏と向き合ってみようか。

 来週の火曜日は暦の上の「大暑」。東京の最高気温は32度との予報が出ている。

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