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中国はどこへ行くのか (2) [読書]


 2001年というと、私が香港に駐在していた頃のことだ。その年の11月に中国のWTO(世界貿易機構)加盟が決定。これにより中国が世界共通の貿易ルールの下に置かれ、彼の国がそれまで世界中を悩ませてきたニセモノ作り、不当な安価攻勢、政府による恣意的な規制、国有企業の横暴などが是正されるだろうとの期待が、世の中にはあった。

 ちょうどその頃、上海の米国法律事務所に長く務めた米系中国人Gordon G. Changによる”Coming collapse of China”(邦題 『やがて中国の崩壊がはじまる』、草思社)が上梓され、世界の注目を集めていた。

 中国国内における、驚くべき貧富の差、粉飾決算を続ける国有企業の数々、不正と賄賂が横行する地方政府、急速に広がるネット社会の闇、法輪攻などの新興宗教に走る人々、共産党の古い体質、そしてこうした現状に対して蓄積した不満が爆発寸前の人民・・・。そんな実例を幾つも挙げながら、著者はその時点で中国共産党による独裁と国土の統一は、余命5年と見ていた。

 あれから12年。中国はその間も高い伸び率での経済成長を続け、GDP総額では日本を抜いて世界第2位の存在になった。だが、WTO加盟によって期待された効果は出ておらず、相変わらずのニセモノ超大国だ。経済成長に比例して国内の矛盾も深刻化しているが、一党支配はそのままである。現状の改革が唱えられても、そこで「政治の民主化」は決してキーワードにはなっていない。そして、12年前と比較して中国は明らかに周辺国に対して強圧的になり、国民のナショナリズムを掻き立てるようになった。
PRC joined WTO.jpg

 いわゆる「中国論」の数々は、書店に行けば幾らでも並んでいる。時節柄、「嫌中派」の立場から書かれたものが今は多いが、その一方で、これだけ大きな存在になった中国はもう誰にも止められないのだから、その前提で日本の将来を考えるべきだとする「消極的現状肯定派」の意見も決して少なくない。

 そうした中では、今回私が手に取った『語られざる中国の結末』(宮家邦彦 著、PHP新書)は、考え方としては日米同盟を基軸とする保守派に属するものだろう。だが、以下の指摘は興味深い。

 「中国の将来と経済の関係を考えるうえで、重要なポイントが二つある。
第一に、中国では経済を含む森羅万象が政治的意味をもち、『政経分離』が不可能であること。第二に、経済規模の拡大と生活水準の向上が、必ずしも政治環境の変化をもたらさないことだ。」(以下、青字部分は前掲書からの引用)

 つまり、「社会主義市場経済」といっても、それは「社会主義化で運営される市場経済」ではなく、「市場経済を持つ社会主義」であって、主語はあくまでも政治なのだ。「経済が政治を定義するのではなく、政治が経済を定義する。」 なるほど、それならばビジネスは政治に癒着せざるを得ないから、役人や国有企業の不正・腐敗が絶えない訳だ。

 とすれば、「一党独裁か、民主政治か」を横軸に、「経済が成長するか停滞するか」を縦軸にした、欧米的な考え方によるマトリックスで中国を論じてみても、的が外れてしまうのではないか。そうした観点から、既存の中国論を著者は次のように分類している。
where will china go (1).jpg

 シナリオ1は、中国が高い経済成長を続けることで社会が成熟し、人々の政治意識が高まって政治の民主化が進むという予測だ。欧米諸国はそう期待したいのだろうが、これまでの中国の歴史に照らせば、これはまず100%あり得ないシナリオであることは論を待たないだろう。

 シナリオ2は、中国がこれからも高い経済成長を続け、一党支配も強固に続けて行くという予測だ。著者はそれを更に「軍事大国化」と「現状維持」のサブシナリオに分けているが、それはシナリオ2の中での程度問題なのだろう。いずれにしても、ここでは中国の現在のスタイルが踏襲される訳だから、経済成長と同時に現在の矛盾も更に深刻化するのは不可避だ。目先の「現状維持」はあり得るとしても、将来にわたって持続可能なシナリオと考えることには無理があるだろう。

 シナリオ3は、中国の経済が停滞し、そのことによって政治の民主化が進むというものだ。よく言えば「民主革命」だが、それに失敗して政権が求心力を失うと、今のイラクのようになる。だが、経済というゼニカネの問題が深刻になった時に、中国の国民が政治に求めるものは、はたして「民主化」なのだろうか?これも、辛亥革命が長続きしなかったお国柄を考えると、あまりリアリティーのないシナリオと言わざるを得ない。

 そしてシナリオ4は、経済がうまく行かず、共産党がますます独裁色を強めて行く「引きこもり」型、あるいは現在の北朝鮮モデルと言えばいいだろうか。人類にとっては最も考えたくないシナリオだが、仮にこうなっても長続きが不可能なことは、火を見るより明らかであろう。

 どのシナリオもしっくり来ない。やはり座標軸、とりわけ横軸の設定の仕方に問題があるのだろう。では、「独裁か、民主化か」の代わりにどんなパラメータを置けばいいのか。次の図は本書にはないのだが、著者の意を私なりに汲んで、例えば「世の中の不正・腐敗がひどくなるか、是正されるか」を横軸にしてみたらどうなるかを考えてみたものだ。
where will china go (2).jpg

 ここでのシナリオAは、社会の公正化が進むと共に経済成長も続くという理想的なシナリオだ。しかし、共産党の一党支配の下では社会の公正化などの「自浄作用」は決して働かないから、共産党にとって替わる新たな、しかもかなり有能な政権がすぐに登場することが前提になる。残念ながら、それは全くあり得ないだろう。

 シナリオBは、社会の公正化は進むが、経済は停滞するという姿である。あるとすれば、世の中の不正・腐敗(及びそのことから来る様々な弊害)に対する不満が抜き差しならないものとなり、政権が社会の公正化に本気で乗り出さざるを得ないケースだ。ゴルバチョフ時代のソ連のように、中国共産党が「ペレストロイカ」を打ち出すか、或いは複数政党を認めるところまで行くのか。(実際にソ連は崩壊前にそこまで行った。) だがいずれにしても政治は安定せず、それでなくても少子高齢化が始まって経済成長に潜在的な鈍化圧力のある経済は、低迷を続けることになるだろう。これも当面は考えにくい事態だが、将来的に中国共産党が「天」から見放された時には、理論的にはあり得るシナリオではないだろうか。

 シナリオCは、従来型の政治の延長で、経済は成長を続けるが不正・腐敗も更にひどくなるという中国の姿である。共産党の一党支配が続くために社会の公正化は全く期待できず、そのことへの不満をそらすために、共産党がかなり強引に内陸部の開発を進めたり、更なる軍事大国化を歩んだり、といった姿が想像される。「政商」は引き続き大儲けをすることだろう。だが、それによる国内の矛盾は一層深刻になり、とりわけ環境破壊の更なる進行が経済成長の阻害要因になるような事態に立ち至るだろう。これまた、持続可能なシナリオとは思えない。

 そして最後のシナリオDは、現状の不正・腐敗は是正されず、経済も低迷するという姿である。これから本格化する少子高齢化と、深刻な環境破壊(最近はPM2.5の問題で大気汚染がクローズアップされているが、実は水質・土壌の汚染の方が遥かに深刻な問題なのだという)により、自然体で行けば中国の経済成長には潜在的な鈍化圧力があるはずだ。いずれもこれから本格化する大ブレーキである。それを克服できず、さりとて一党支配のままでは不正・腐敗の是正も図れず、それへの国内の不満もいっこうに解消されず、政治と経済が負のスパイラルに陥る、というのがこのシナリオで、短期的にはシナリオCで進むとしても、いずれ遠からずシナリオDに入って行くのではないかと、私は思っている。

 では、その時の政治体制はどうなるのか。引き続き共産党一党支配の下で改革を進めようとするのか、それにとってかわる新政権を望むのか、あるいはよく言われる「国家分裂」に至るのか。それは、不正・腐敗の続く政治に対して、中国共産党がどんな形で「天」から見放されることになるか、それ次第なのだろう。「独裁か民主政治か」という二者択一ではなく、「天」が望むものは何か、それを決めるのはあくまでも中国の人々なのである。

 中国の現政権が事あるごとに「不正の撲滅」を唱えているのは、こうしたことに強い危機感を募らせているからである一方、先ごろの共産党の「三中全会」が官僚による玉虫色の作文に終始したことは、彼の国の改革がいかに難しいものであるかを、そのまま物語っているのだろう。

 但し、いずれにしてもシナリオCやDでは、中国が周辺諸国との緊張関係を拡大させていくことは避けられそうにない。

(To be continued)


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