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200メートルの先祖返り [鉄道]


 東京・飯田橋は、駅のすぐ北側に巨大な五差路があって、いつも多くのクルマが犇めいている。JRの他に4本の地下鉄が通り、まさに交通の要衝といった場所だ。神田川の流れが南から東へと大きく向きを変える所で、江戸時代には牛込見附という江戸城の見張り場があった。その牛込見附から南西方向には四谷までの間に江戸城の外堀が続き、桜の季節などには恰好の散歩コースである。

 その飯田橋の五差路から電車のガードをくぐって九段下の方向へと大通りを歩いていくと、飯田橋二丁目の信号の足元に一本の石碑が立っている。そこには「甲武鉄道飯田町駅」の文字。だが、あたりには今や鉄道の匂いは全くしない。
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 その石碑から左を向くと、小さな路地の先にホテルメトロポリタンエドモントが見えている。JR東日本グループが経営するホテルだ。そこから左回りにホテルの裏手へ回ると、高層ビルが建ち立ち並ぶ「アイガーデンエア」と名付けられた一角に出るのだが、その遊歩道がちょっと変わっている。ある一帯の敷石だけが他とは異なる煉瓦色で、それを挟むようにして両側に金属のレールが埋め込まれている。巻尺で測った訳ではないが、その幅は1,067mm、つまりJRの在来線と同じ狭軌の幅ではないだろうか。
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 アイガーデンエアはJR貨物が事業主となった再開発エリアで、貨物駅や紙類の倉庫、引込線などがあった場所をオフィスビルや高層マンション、ホテル棟などにしたものだ。だが、そもそもこの場所で明治時代に鉄道事業を始めたのは、先ほどの石碑に名前のあった甲武鉄道という私鉄だった。現在のJR中央本線の八王子から都心部までの区間の前身となった会社である。

 明治の初年に、元々は新宿・八王子間に馬車鉄道を造るつもりで起こされた会社であったらしい。事実その免許も下りたのだが、紆余曲折あって蒸気を動力とする鉄道へと規格を変えて改めてその免許を取得し、明治22年4月11日に新宿・立川間の開業に漕ぎつけた。そして、同年8月には八王子まで延伸。この年は2月11日に帝国憲法が発布され、7月1日には東海道本線が全通している。明治の日本が漸くそれらしい姿形を現わしつつあった頃だから、甲武鉄道の出現は全国的に見ても早かったと言うべきだろう。
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 その甲武鉄道が新宿から都心部へとレールを伸ばしたのは、それから5年後のことだった。明治27年10月9日、新宿・牛込間が開業。この牛込駅というのは現在の飯田橋駅よりも少しだけ市ヶ谷寄りの場所に設けられていた。

 飯田橋と市ヶ谷の中間にある新見附橋の上から電車の線路を眺めると、一番お堀寄りを走る総武線の津田沼方面行きの線路が、飯田橋に向かう途中で大きく左に(=お堀側に)寄り、中野方面行きの線路との間隔を空けている。この間隔は飯田橋のホームに至るまで続くのだが、これが牛込駅を造るために設けられた間隔ではないかと言われている。
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 牛込駅の遺構として知られるもう一つの物は、線路の南東側に沿って続く土手にある。これはテレビ番組などでも取り上げられたりするのだが、飯田橋駅前へと続く土手道の一角に、両側を石垣に囲まれるようにして二軒の店が並んでいる場所だ。(店があるのはここだけというのも、よく考えてみると不思議。)この場所が、かつての牛込駅の入口だったそうなのである。
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 更に半年後、甲武鉄道の線路はもう一つ都心部へと進んだ。それが飯田町駅で、現在の飯田橋駅付近の急カーブから更に南へと急カーブを切って、行き止まりの駅になった。先ほどの石碑が示しているように、ホテルメトロポリタンエドモントが建っているあたりが、まさにその駅のある場所だった訳だ。

 飯田町という名前は、今や周辺の町名表示からは消えてしまったが、その名を残すものが一つある。飯田橋の駅から線路の南側を高架に沿って歩いていくと、JR東日本の変電所がある。その名称が、「飯田町変電所」なのだ。
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 ついでながら、甲武鉄道は子会社の鉄道会社を一つ持っていた。国分寺駅から北に別れて、東村山、所沢を経て川越まで、現在の西武国分寺線と新宿線の一部の前身となった川越鉄道だ。川越まで到達したのは飯田町の開業とほぼ同じ頃である。明治時代の地図を見ると、飯田町駅のあった場所には川越鉄道の名前も書かれているから、飯田町から川越までの直通列車も結構あったのではないだろうか。

 甲武鉄道のすごい所は、蒸気機関車が牽引する列車の運行だけに留まらなかったことだ。飯田町駅の開業から9年後、そこから中野までの区間を複々線化して、日本初の電車を走らせたのである。当時は二軸台車、つまり路面電車のような構造の台車しかなく、車両の両側に運転台があって単行運転だけを行うものだったのだが、甲武鉄道が製作したのは片側運転台で反対側に連結器をつけた電車だった。間接制御装置と直通エアブレーキも備え、二両連結での運転が可能だったのである。
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(大宮の鉄道博物館に展示されている、甲武鉄道製造の木造二軸電車)

 しかも、その電車線を更に都心へと伸ばすことを想定して、甲武鉄道は行き止まり駅の飯田町とは異なる場所に、電車線の飯田町駅ホームを設けた。それは現在の飯田橋駅からもう少しだけ水道橋寄りの、線路がカーブしていない場所にあった。明治42年作成の地図を見ると、牛込駅と共にその場所を確認することができる。
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 電車線は、その開業から4ヶ月後の大晦日に御茶ノ水まで延伸。その先は神田で官設鉄道に合流する構想だったそうだが、2年後の明治39年10月1日に、鉄道国有法によって甲武鉄道も国有化されることになった。この結果、甲武鉄道の電車線は、国が保有する最初の電車線、すなわち国電の元祖となった。(もちろん国鉄は戦後の組織で、当時は鉄道院の時代だったから、元祖「院電」と言うべきか。)

 後年、電車の運行が普及していくと、牛込駅と飯田町駅は間隔が短過ぎることもあって、両者が統合されることになった。それが現在の飯田橋駅(昭和3年開設)なのだが、おそらくは車両の編成が長くなるに従ってホームも伸びていったのだろう。今はホームが新目白通りを跨いで水道橋方向へと延びており、駅全体が急カーブの真ん中にある。ホームの端に立つと、その曲がり具合は奇観ともいうべきものだ。
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(新目白通りを跨ぐ飯田橋駅ホーム)

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(ホームから水道橋方の眺め)

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(同・市ヶ谷方の眺め)

 一方、電車線が通らない行き止まり型の飯田町駅は次第に貨物専用になって、戦後には紙を運ぶための大規模な倉庫(集配所)が作られたりした。国土地理院のHPにある昭和50年前後の航空写真を見ると、飯田町貨物駅の様子がよくわかるのだが、甲武鉄道の時代の転車台(蒸気機関車の向きを変える設備)などが残されていて興味深い。
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 なお、時代の変遷と共に貨物駅としての役割も激減し、飯田町駅自体が廃止になったのは平成11年3月のことである。

 ところで、現在の飯田橋駅があまりに急カーブで、ホームと電車の間が空き過ぎて危ないからと、駅全体を200mほど西側へ移す構想を、この7月2日にJR東日本が発表している。今度は駅西口の早稲田通りの直下を中心にして、直線型のホームがお堀側に突き出すのだという。要するに、その昔にあった牛込駅の場所に限りなく近づく訳だ。2020年の東京五輪までの完成を目指すのだそうだが、そうなると牛込駅の廃止から92年ぶりの復活ということになる。今度はホームからお堀を間近に見ることになる訳だから、なかなかいい雰囲気になることだろう。明治時代に甲武鉄道が新宿からここまで伸びてきた、その当時の牛込駅の様子を偲ぶことも出来るだろうか。

 飯田橋まで出てきたついでに、今も残る甲武鉄道の足跡をもう一つだけ見て行こう。それは、駅から高架の北側を水道橋方へ歩いていった先にある。神田川の流れがTの字になって、日本橋川が南へと流れる場所。その日本橋川に架かる、目立たないが重厚な鉄道橋が、小石川橋通り架道橋である。
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(小石川橋通り架道橋)

 分厚い鋼にリベットを幾つも打った重々しいトラス。よく見ると小さなプレートが取り付けられていて、Harkort社の名前と共に、1904年にドイツのデュイスブルグで作られたことがわかる。シンプルだが何とも風格のあるプレートだ。
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 1904年といえば明治37年で、この年の大晦日に飯田町・御茶ノ水間の電車線が開業しているから、まさにこの鉄橋は国有化前の甲武鉄道が架けた橋ということになる。それはちょうど110年前のことだが、今も現役の鉄道橋として活躍しているのは立派なものだ。そして、官営の八幡製鉄所が3年前の明治34年に設立されてはいたが、こうした鉄道橋などの鋼材はまだヨーロッパからの輸入に頼っていた時代であったことも、改めて教えてくれている。

 大通りから一本入った所で付近には人通りも少なく、いたって目立たない存在なのだが、この明治37年製の鉄道橋は、もっと注目されてもいいのではないだろうか。

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