SSブログ

梅雨の合間に - 三ツ峠山 [山歩き]

 雨の季節である。

 6月の日曜日は、サッカーのW杯大会で日本代表チームの初戦が行われた15日以外は天気が芳しくなかった。その15日だって、結果的には素晴らしい快晴となったが、そうなるであろうことがわかったのはほんの二・三日前のことだ。梅雨の最中の晴れ間というのは、そんなに前から見通せるものではないのだろう。

 そんな訳で、山仲間たちとの日曜日帰りの山歩きは、5月25日を最後に一ヶ月半以上も間が空いてしまっていた。この週末も東京都・山梨県の天気予報は「曇時々晴、降水確率30%」と、それほど芳しい内容でもなかったのだが、ともかくも晴マークの付いている週末は久しぶりだったので、総勢8名で出かけることにした。「この時期としては稀に見る大型で強い」はずだった台風8号も、金曜日の未明に関東南岸を通過する頃にはすっかり勢力を弱めていたから、山道が荒れることもなかったはずだ。

 7月13日(日)の朝7時51分、大月駅を発車する河口湖行の普通列車に私たちは駆け込む。一本早い列車で大月に来ていて、すでに富士急の電車に乗り込んでいた3人と合流し、今日のメンバー8人が揃った。窓の外は曇り空に薄日が差すような天候だが、小金沢連嶺の峰々や、今日の目的地の三ツ峠山もぼんやりと見えているから、雲はそれほど低くはないようだ。

 ブルートレインの車両が展示されている下吉田駅を過ぎると、電車の正面に富士山の大きな裾野が広がった。さすがにこの天候では山頂は雲の中だが、ここまで大きな富士を眺めるのも久しぶりのことだ。気を利かせてこの区間だけ電車も徐行運転になり、「今日の富士山の眺めは梅雨の間では貴重なものです。」という車内アナウンスがあった。
mitsutouge2014-01.jpg
(富士急行線・月江寺駅付近からの富士)

 その後、富士山駅でスイッチバックした電車は8時43分に河口湖駅に到着。本来ならこの駅からも南側に大きな富士の高嶺を眺められるのだが、その方角の雲は一段と厚くなって、裾野さえもが隠れてしまった。

 駅前からタクシーに分乗し、三ツ峠山登山口の駐車場へ。私たち同様、このところの雨続きで退屈していた人たちが多かったのか、駐車スペースは満杯で、道路のだいぶ下の方へクルマが溢れていた。

09:25 三ツ峠山登山口駐車場 → 10:00 ベンチ(5分休憩) → 10:35 三ツ峠山荘(5分休憩) → 10:51 開運山頂上

 以前に来た時にも感じたことだが、ここから三ツ峠山荘へと上がる登山道は、面白みのない山道だ。ジープが上り下りする道で、途中まで部分的な舗装が混じるのであまり風情がない。そして樹林の中の道だから展望もない。そういう道は淡々と登るしかなく、私たちもついペースが上がることになる。
mitsutouge2014-02.jpg

 コースタイムよりも少し速いペースでベンチに到着。小休止を取った後、更に山道を登っていくと、やがて傾斜が緩くなる。好天ならばこのあたりから、木々の向こうに南アルプスが見え始めるのだが、今日はそれを望むべくもない。
mitsutouge2014-03.jpg
(ベンチで小休止)

それでも、悪いことばかりではなくて、この区間特有の道のぬかるみは幸いにして今日はたいしたことがない。特に足元に気を取られる必要もなく、道端の花々を楽しみながら歩いていくと、意外にあっけなく三ツ峠山荘に着いた。山中湖の方面にかけての下界はよく見えているが、富士山は依然として厚い雲の中だ。
mitsutouge2014-04.jpg

 山荘を通り過ぎて少し行くと、広々とした尾根の上に出る。自分はほぼ北を向いているから、左手には御坂の山々が連なり、右手には開運山の山頂から右下に屏風岩の大岸壁があって、多くのクライマーたちが取り付いている。開運山まではすぐなので、ここでの休憩も短めにして、私たちは山頂へと向かうことにした。
mitsutouge2014-06.jpg
(岩登りのメッカ、屏風岩)
mitsutouge2014-05.jpg
(開運山の山頂部分)

 四季楽園の前を通り、放送局の電波塔をめがけてザラザラの斜面を登る。初めて来た時には案外としんどい登りであったような記憶があるのだが、三ツ峠山も三度目でそれなりに様子がわかっているためか、今日はこの登りも以外にあっけなく終わり、10時51分に私たちは開運山の頂上に立つことになった。

 木無山、開運山、御巣鷹山など幾つかの頂上を持つ三ツ峠山。それは全体としては一つの独立峰のようだから、山頂は風の強いことが多い。今日も下から登ってくる間は無風で蒸し暑かったが、開運山の山頂直下からは風が急に強くなった。ここまでの登りで既に汗を一杯かいた私たちにとって、山頂の強風は寒さを感じるほどだ。
mitsutouge2014-07.jpg

 それぞれにウィンドブレーカーを着込んでいると、空の雲行きも何だか怪しくなってきた。それに、尾根に上がった頃から、遠雷の音が富士山の方向から何度も聞こえているのも気がかりだ。山頂での昼食も早めに切り上げて、私たちは下山を始めることにした。

11:15 開運山 → 屏風岩 → 12:00 八十八大師(5分休憩) → 12:35 馬返し → 13:10 達磨石(5分休憩) → 14: 10 三ツ峠グリーンセンター

 四季楽園の前まで下り、尾根の東側に設けられた階段を降りると、程なく山道は屏風岩の直下へとさしかかる。あまりパッとしない天気ながら、岩壁に取り付いているクライマーたちは随分と大勢だ。
mitsutouge2014-08.jpg
mitsutouge2014-09.jpg

 その屏風岩の直下を過ぎて、山道は森の中を下って行く。それが右(南東)へと向きを変えた所に忽然と現れる石仏群。それが八十八大師と呼ばれる場所である。
mitsutouge2014-10.jpg

 改めて地図を広げてみると、三ツ峠山は高くて大きな山の塊だ。平地からそれを見上げた時には、屏風岩をはじめとする頂上付近の岩壁が人々の目を引いたことだろう。奈良時代の昔からこの山は修験道の対象で、修験道の祖とも言われる行者・役小角(えんのおづぬ)によって開かれたという。

 その後、修験道は廃れていたが、ずっと後世の江戸時代・天保期に空胎上人という僧侶が現れて、三ツ峠山を仏教信仰の山として改めて開いたことで、修験道も再興されたという。修験道は、日本古来の神道や山岳信仰と仏教とが習合したものとされるが、山の中を修行の場とする点で特に密教と親和的であるようだ。だから、早くからその二つはセットのようになっていた。

 「山伏たちの宗教的行体(ぎょうたい)をみると、神道のにおいが濃い。
 たとえば仏者は潔斎をしないが、山伏は神道ふうに身を浄め、物忌みをする。また仏者がしないところの参籠もし、また神前に御幣(ごへい)を奉る。
 その祖の役小角が上古以来の山岳崇拝を持ちつつ、仏教とくに密教の破片を借用したように、後世の山伏も、本質は仏教以前の神道的な性格を持しつつ、密教を借りていた。」
(『この国のかたち・三』 司馬遼太郎 著、文藝春秋)

 今日、これから山道を降りた所にある達磨石には胎蔵界の大日如来を意味する梵字が書いてあるというから、空胎上人とは天台密教の人だったのだろう。そして、この八十八大師を経由して三ツ峠山へと上がるルートは、この空胎上人の時代に開かれたのだそうである。とすれば、そこは本山派と呼ばれる天台宗系の山伏たちの修行の地でもあったのだろう。

 ところが、明治元年の神仏分離令に続いて明治5年に修験禁止令が出され、神と仏は別物だということにされた結果、修験道は一気に廃れてしまう。山伏たちが強制的に還俗させられたばかりでなく、「廃仏毀釈」という破壊行為の対象にもなった。

 「変なもので、山伏たちは、かれらの拠ってきた山が国家によって神道にされてしまうと、本来のわが身の仏教的要素をもてあましてしまい、居づらくなった。
 かれらは、追われるように四散した。明治の国家神道の不自然さを、この事態によって観察することができる。」
(引用前掲書)

 この国の歴史の中で早くから習合していた神と仏を、近代国家を始めるからといって二つに分けてしまったことに大きな無理があったのだろう。空胎上人が再興したという三ツ峠山も、そんな風にして唐突に「近代」を迎えたのだろうか。

 八十八大師からは、森の中の尾根道をぐんぐんと下って行く。結構な高度差だから、私たちとは逆にこの道を下から上がって来る人は大変だろう。30分ほどで「馬返し」を通過。更に30分ほどで達磨石に着いた。そこから先は三ツ峠グリーンセンターまで舗装道を歩くことになる。
mitsutouge2014-11.jpg
(馬返しを通過)
mitsutouge2014-12.jpg
(達磨石に到着)

 空模様は幾分盛り返して、この舗装道を歩くいている間に午後の日が差すようになった。それでも、下りてきた方向を振り返ると三ツ峠山の頂上付近の姿はなかったから、山の上ではもう降り始めていたのではないだろうか。私たちはというと、だいぶ標高の低い所まで降りてきてから日に照らされているので、汗まみれ。既に頭の中は温泉とビールのことだけだ。
mitsutouge2014-13.jpg

 14時10分、三ツ峠グリーンセンター前にようやく到着。そこに掲げられた登山の案内図を見ると、何やら私たちはとてつもないコースを下りて来たかのようで、ちょっとびっくり。さすがは修験道の山だが、まあ、これもご愛嬌というものだろう。
mitsutouge2014-14.jpg
(こんな凄いコースを下りて来た?)

 幸いにして、帰りの電車まで時間はたっぷりある。私たちは三ツ峠グリーンセンターで、名物の「登山パック」を申し込んだ。温泉+生ビール(おつまみ3品付)+三つ峠駅までの送迎バス が全部込みで1,600円。しかも、おつまみ3品の内の1品はその場で揚げたての鶏唐揚げが2個だから、かなりのお得感ありだ。(生ビールが一杯では済まなくなってしまうのが難点ではあるのだが・・・。)
mitsutouge2014-15.jpg

 初めて三ツ峠山に登ったのは、5年前の5月の連休の頃。二回目は一昨年の11月だった。今日で三回目だが、山は季節によって実に様々な表情を見せてくれた。富士山は見えないながらも、この季節なりの三ツ峠の自然を楽しんだ一日。かつての修験道の山伏たちには申し訳ないが、下山後は「登山パック」まで楽しませてもらった。

 雨の季節。前回の山行から47日のブランクが出来てしまったが、週末の山歩きは、やはりいいものだ。

nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 1

H氏(北京現人)

今回は参加できず残念でした。
しかし、隊長は5年前が初めてだったのですか?ちょっと意外。
まぁそれはともかく、屏風岩、少しこういう所も行ってみたいな、と思うようになってきた私は危険な状態でしょうか?
集合写真が無いのは珍しいですが1600円のコースの写真があったのでそれを見て雰囲気を感じました。
最近は日曜が忙しく、次回、いつ参加できるかわかりませんがまたよろしく!
by H氏(北京現人) (2014-07-17 00:47) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

200メートルの先祖返り台地の突端 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。