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東北の夏 [自分史]

 7月27日(日)、午前7時。仙台市内のホテルで目覚めると、窓の外は夏空と梅雨時の雲とがせめぎ合うような天気だった。昨日は暑い一日だったが、今日は少し違って外は風があるようだ。

 木曜日の朝から工場へ出張して、既に三日が過ぎていた。東北地方はまだ梅雨明けしていないことが信じられないほどの夏空が続き、宮城県下はどこへ行っても夏の緑がきれいだ。東北新幹線の古川駅からクルマで工場へと戻る途中に見かけた田園風景にどこか懐かしさを感じて、思わずクルマを止めてしまった。
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 喉の渇きを覚えて、部屋の冷蔵庫に入れておいたペットボトルの水を飲み干す。そういえば、昨夜は工場長のAさんと良く飲んだのだった。工場での今度の仕事にはミッションが二つあって、最初の一つが土曜日の昼過ぎに無事終わった。午後4時頃にホテルに戻り、一風呂浴びてリフレッシュ。ちょっとゆっくりしていると、Aさんが6時にホテルの前まで迎えに来てくれた。

 Aさんが連れて行ってくれた店は、市営地下鉄の泉中央駅の裏手にあった。落ち着いた感じの一軒家の居酒屋で、やはり土地柄、魚が旨い。特に真夏の今は「ほや」の季節だ。その店で出されたものは酢にも浸していない「ほや」そのものなのだが、鮮度が抜群で磯の香が何とも瑞々しい。そうした刺身を肴に、『鳳陽』、『日高見』、『綿屋』といった宮城県の地酒の数々を愛でることの幸せ。一仕事終わった安堵感も手伝って、酒の強いAさんとは丁々発止の展開になり、つい飲み過ぎてしまったが、出張先でのそんな週末もたまにはいいだろう。

 水分を補給しながら日曜日の朝をゆっくり過ごした後、私は借りていたクルマを飛ばして再び工場へと向かった。

 「鳴子温泉の少し先に、日帰り温泉があります。体がヌルヌルになる非常にいい温泉です。工場からはクルマで1時間ちょっとで行けるんです。よかったら、明日の昼間に一緒に行きませんか?」

 昨夜、飲みながらAさんがそんなお誘いをしてくれたので、お言葉に甘えることにしていたのだ。11時に工場集合。いささか飲み過ぎたとはいえ、その約束はちゃんと覚えていた。

 「昼前だから、先に蕎麦でも食べて行きましょうか。」

 鳴子へ向かうにあたり、Aさんは一軒の蕎麦屋へ連れて行ってくれた。工場からクルマで10分ぐらいだっただろうか。片側一車線の街道沿いだが、周囲は山林と住宅が混じる何の変哲もない郊外地。それでも、日曜日の今日も11時の開店時から続々とクルマがやって来る。『葉菜』という名前のお店なのだが、地元ではよく知られている名店のようだ。
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 Aさんに薦められたのは、石臼で挽いて作られるというざるそばだ。いわゆる二八蕎麦で麺が太く、独特の歯応えが楽しめるという。さっそく注文してみると、想像していたよりも分量の多いざるそばが運ばれてきた。うん、確かにこれは歯応えが小気味良い。それに香も良くて、久しぶりに本格的な蕎麦にありついた気分だ。気がつけば、私たちが席を取ってから十五分ほどで、他の席もあらかた埋まっていた。
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 蕎麦屋の前を走る一本道は、国道457号線。羽後街道とも呼ばれる道で、江戸時代に西廻り航路の起点として栄えた庄内藩の酒田と、伊達藩の城下町・仙台とを結ぶ街道の中の一つだったという。酒田湊に陸揚げされた物資は、最上川の水運を利用して現在の山形県最上郡大蔵村まで運ばれ、そこから陸路で奥羽山脈を越えて東へと向かった。

 奥羽山脈越えのルートは現在の国道47号線の舟形⇔岩出山の区間で、JR陸羽東線もほぼ並行して走っている。そして、岩出山から仙台までは、奥州街道の西側に裏街道が開かれた。それが今Aさん運転の車で走っている国道457号だ。
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 因みに、羽前国・羽後国というのは、明治元年の戊辰戦争の後に出羽国が二つに分けられたことにより登場したという。大雑把に言えば最上川より南が羽前、北が羽後という風に分けられた。酒田の中心部は羽後側だったので、酒田・仙台を結ぶルートは「羽後街道」或いは「北羽前街道」と呼ばれることになったそうだ。

 丘の上のような地形を走っていた457号は、鳴瀬川を渡って宮城県大崎市の平野部に入り、のどかな田園風景の中を走り続ける。旧街道らしく、田園風景の中にも道路沿いには建物が並び、それなりの町を形成している所もあるのだが、人通りは皆無に近い。そして、水田地帯の中を右に曲がると、陸羽東線の踏切で珍しく(と言っては失礼か!)列車の通過待ちになった。程なく右方向からやってきた下り列車。乗客の姿がほとんど見えない二両連結の軽量キハが呆気なく通り過ぎると、あたりには再び静寂が戻った。

 道は三叉路で国道47号に合流。ここからは江合川(えあいがわ)の広い谷をさかのぼることになり、先ほどやり過ごした陸羽東線の線路とほぼ並行していく。江合川は鬼首(おにこうべ)スキー場などがある山並みから流れ始めて、大崎市の平野を横切り、最後は石巻市で旧北上川へと合流する。北上川水系の川がこんな方角にもあるなんて、ちょっと驚きだ。

 やや登り坂になって谷が狭くなると、道路標識に「鳴子温泉」の文字が見えてくる。せっかくだから、鳴子温泉の温泉街を通ってみようかと、国道から左に折れて細い坂道を上がると、その温泉街が現れた。

 「一頃の温泉ブームの時にはずいぶんと賑わったようですが、その後は廃れてしまい、東北の大震災でついにギブアップした旅館も多かったそうです。」

 Aさんの言う通りで、空き家になったままのホテルや商店が幾つもある。そもそも、日曜日の昼間だというのに観光客らしき人も歩いていない。その「さびれた感」は相当なものだった。

 坂道を下りて国道に戻ると、その先は一気に山深くなる。いよいよ奥羽山脈の懐の中に入って行くのだ。トンネルを越え、峡谷に架かる橋を渡ると、そのあたりがいわゆる鳴子峡だ。そして森の中をもう少し走っていくと、左手に看板が見えてきた。道路の左側には三角屋根の建物。Aさんお奨めの今日の目的地はここ、「しんとろの湯」である。山形県との県境まであと5~6kmの所だ。
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 さっそく中に入ってみると、入浴料金は420円。消費税の税率アップを忘れているような値段だ。効能書きを読むと、源泉は93℃もあって、しかもそれを水で薄めることなく、そのまま木の樋の上を流す間に自然に冷まして適温にしているという。そして、ただ空気中に放熱するだけでなく、熱交換によって温水を作って冬季の暖房や道路の融雪に使っているというから、なかなかエコな工夫をしているようだ。
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 幸いにして混雑もなく、私たちはのんびりと入浴を楽しむ。強いアルカリ成分によって体はヌルヌルになり、湯も熱過ぎずぬる過ぎず、ちょうどいい。窓の外の緑も鮮やかで実に良い気分だ。今日はAさんに良い場所を教えていただいた。

 工場を出た頃には晴れていたのに、この奥羽山脈にさしかかった頃から、山形県側からしきりに雲が流れてきて、青空は見えているのに粒の細かい雨が遠くから飛んで来るような不思議な天気になった。

 来た道を戻る途中、先ほど通り過ぎた鳴子峡をあらためて見てみようと、鳴子峡レストハウスに立ち寄ってみた。そこには遊歩道と簡単な展望台が整備されていて、高度感のある渓谷を眺めおろすことができる。紅葉の時期には、きっと大勢の観光客がここを訪れることだろう。
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(鳴子峡の代表的なアングル)
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(眼下には鉄道のトンネルが)

 工場長のAさんにすっかりお世話になって、今日は東北の爽やかな夏を楽しむことが出来た。工場を11時に出て、旨い蕎麦を食べ、山深い温泉に浸かり、午後3時には工場に帰着。何と効率の良い4時間だったことだろう。
 
 工場への帰り道、国道457号に戻って加美郡色麻(しかま)町の愛宕山農業公園という小高い丘の上からの眺めが、私の目にはまだ焼き付いている。緑の平野と遠い山並み、そして青い空。何と穏やかで懐かしい風景なのだろう。先週の火曜日に関東地方は梅雨明けを迎えたが、東北地方はどうやら明日の月曜日あたりが梅雨明けになるのではないだろうか。
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 素朴で美しい東北の夏。私は何だか虜になってしまいそうだ。

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