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真夏の雪 - 鳥海山・月山 (3) [山歩き]


 私たちが今、その核心部を歩いている鳥海山。それは新旧二つの火山によって構成されている。

 今朝、御浜小屋の前から眺めた鳥海湖を取り囲む幾つかの丘が古い火山(西鳥海)の中央火口丘で、だいぶ浸食が進んでいるために丸く穏やかな地形が多い。それに対して、今私たちがいるのは新しい火山(東鳥海)で、こちらの方はまだ荒々しい姿形をしている。先ほど歩いて来た「外輪山コース」は、まさにこの東鳥海の外輪山を反時計回りに辿ってきたものだ。その外輪山の中では、今立っている七高山(2229m)が最高峰である。
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 その東鳥海には、1800~1801年の噴火で新たに溶岩ドームができた。それが現在の山頂で、その名も新山(2236m)という。外輪山側から眺めると、新山の姿はまさに溶岩ドームと呼ぶに相応しい。
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 尾瀬の燧ケ岳(2356m)より北の東北地方では、この鳥海山が最高峰だ。北海道を含めても、この山より高いのは大雪山だけである。そして、私たちが眺めている頂上直下の雪渓は万年雪だ。標高2200mというと、北アルプスでも夏になれば残雪は皆無なのに、この鳥海山に豊富な雪が残るのは本当に不思議なことだ。
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(鳥海山の固有種 チョウカイフスマ)

10:10 七高山 → 10:33 頂上小屋(10分休憩) → 11:03 新山頂上

 七高山から縦走路を少し戻り、その雪渓をめがけて下りていく。雪渓の上には冷気が漂い、汗まみれの体には心地よい。それを渡れば、そのすぐ先が頂上小屋である。
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 頂上小屋までやって来ると、右側に鳥居が立っていて、その先に小さなお社があった。大物忌(おおものいみ)神社で、簡素な拝殿の前で鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。そっと中を覗くと、横長の額にただ一言「鳥海山」と書いてあった。
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 小屋の周辺で何とか日陰を見つけて休みたいのだが、太陽は頭の上高く、日射を遮るものは何もない。小休止の間にひとまず水分を補給し、新山頂上を目指すことにした。

 溶岩ドームだけあって、新山への道は岩だらけだ。といっても例えば浅間山のように岩がガラガラと転がるような感じでは全くなく、北アルプスの岩峰を登っているような気分である。個々の岩はしっかりと安定しており、ここが火山であることを忘れてしまいそうなほどだ。途中、大きな岩と岩の隙間を下っていく箇所があり、目の錯覚で随分と下ってしまうように見えるのだが、実はそれほどの距離はなく、すぐに頂上直下の最後の登りになる。それをよじ登ればピークに立つことになる。
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 午前11時3分、ついに新山頂上に到達!鉾立駐車場から歩き始めてから、休憩も含めてちょうど6時間ほどをかけたことになる。明らかにコースタイムよりも遅かったが、この暑さの中、ともかくも鳥海山の頂上を極めることができた。あたりにはだいぶ雲が湧き始めていたが、依然として日本海がよく見えていた。
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(鳥海山の山頂から日本海を望む)

 今回、鳥海山に登ることになってから、私の頭の中にずっと引っかかっているものがあった。それは、先ほど神様に手を合わせて来た大物忌神社のことである。

 社伝によれば、創祀は欽明天皇二十五年というから六世紀の後半になる。ご神体は鳥海山そのもので、祭神は大物忌神だという。だが、この神様は記紀にも名前が載っていないそうだ。そもそも、「物忌み」という言葉が神様の名前になっていること自体が奇怪である。

【物忌み】
① 祭事において神を迎えるために、一定期間飲食や行為を慎み、不浄を避けて心身を清浄に保つこと。斎戒。斎忌。
② 占いや暦が凶であるときや夢見の悪いときなどに、家にこもって謹慎すること。
③ 不吉であるとして物事を忌み避けること。
(三省堂 大辞林)

 物忌みとはこのような意味だが、「大物忌神」なるものがおわすとすれば、こうした物忌みを司る神様か、或いは凶兆を告げるような神様なのだろうか。風水害や疫病の流行など人知の及ばないことに対して「怨霊の祟り」や「神意」を人々が本気で恐れていた時代には、物忌みとは重要な神事であった筈だ。だが、記紀にも大物忌神の名前はないという。

 なのに、鳥海山の大物忌神社は古くから出羽一宮とされてきた。諸国一宮の中で、お社がこんなに高い山の上にあるのも珍しい。そして、ずっと後世の室町期に成立したという『大日本国一宮記』には、大物忌神とは「倉稲魂命(ウカノミタマ、食物・穀物を象徴する女神)なり」と書かれているそうだが、そんなおめでたい神様と同神であるなどというのは、後世になってから取って付けた話なのではないだろうか。

 鳥海山は平安時代の初期に噴火を繰り返したそうである。9世紀から10世紀の前半になるのだが、それは畿内の中央政権が東北地方、とりわけ日本海側の出羽地方へと支配圏を拡げていった時代と重なっている。それに対して、いわゆる蝦夷(えみし)と呼ばれた人々がその支配に繰り返し抵抗した。8世紀の中頃に築かれた出羽柵(でわのき、場所は不明)や秋田城は、中央政権と「まつろわぬ(=従わない)者」との境界線だった訳だ。
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 その時期に活発に噴火を繰り返した鳥海山。その火山活動を見て、これから起こるであろう蝦夷の反乱を山の神様が忌み嫌って山を爆発させたのだと中央政権側が受け止めたとしても、何の不思議もない。だとすれば、噴火によって蝦夷反乱の予兆を示す山の神様を祀る神社が出羽一宮とされたのも当然なのかもしれない。

 いずれにしても、古代の東北地方には畿内の中央政権とは異なる「もう一つの日本」があったことを、鳥海山の大物忌神社は教えてくれているように思う。(因みに、「鳥海山」という名前がいつ、何に由来してできたのかも、わかっていないそうである。)

11:15 新山頂上 → 11:30 頂上小屋(20分休憩) → (千蛇谷コース) → 12:50 外輪山コースとの分岐14:06 御浜 → 14:32 賽の河原 → 15:15 鉾立駐車場

 山を下りよう。新山頂上から岩を下って頂上小屋まではすぐだが、カンカン照りの続く中、正午前とあって小屋の周辺は暑いことこの上ない。今日はコンロを持参し、昼食用にカップ麺も持って来たのだが、この暑さではあまり食べる気がしない。結局ゼリー飲料や甘い物でエネルギーを補給して、下山を開始することにした。

 下りの千蛇谷コースは、雪渓沿いの道を緩やかに下っていく道だ。千蛇谷は広くて開放的なイメージがあり、雪渓自体も緩やかなので、今日は登山者も冷風漂う雪渓の上を選んで歩いているようだ。
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 今朝登って来た外輪山コースを左に見上げながら、千蛇谷を下る。振り返ってみると、この谷はいわゆるU字谷の形をしていて、かつて氷河が谷を削り取ったのだろうなあと思えるような風景だ。
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 雪渓歩きが終わり、少し登り返しがあって外輪山コースとの分岐に着くと、そこから先は行きと同じ道を戻ることになる。午前中に比べれば空に雲が行き交うようにはなったが、うまい具合に太陽を遮ってくれるのは短い時間のことで、またしても日陰のない山道が続く。
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(つかの間の日陰)

 鳥海湖を見下ろす御浜に戻って来た頃には、私たちもかなり疲労困憊し、小休止を取ることが多くなった。賽の河原では、雪渓から流れ出る水量が朝方よりもだいぶ多くなっていたように思えた。その水を手ですくってみると、太陽に焼かれ続けた体には実に心地よい冷たさなのだが、雪渓から融け出したばかりの水というのは、飲み水としてはあまり美味いものではない。
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(疲れたなー)

 その賽の河原から更に45分ほどを下って、ようやく鉾立駐車場に到着。休憩時間を含めて、このカンカン照りの中で10時間を超える行程になってしまい、さすがに疲れた。ともかくも自動販売機で冷たいスポーツドリンクを買い求め、しばらくの間私たちは放心状態になっていた。
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(さよなら鳥海山)
(To be continued)

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コメント 2

H氏

お疲れ様でした。ロングコース、二人ともバテタ、というのは並大抵な山ではない、ということですね。行かなくて良かった(笑)。しかし鳥海山は未踏なのでいつかは行ってみたいものです。今、NHKでやっている百名山一筆書きだと今月末あたりに行くようです。この夏は怪我の影響やらマンション理事会の会合やらで、テントを買ってから初めての夏のテント泊山行ゼロになりそうです。また日帰りでご一緒しましょう。
by H氏 (2014-08-14 21:52) 

RK

コメントありがとうございます。
もうちょっと涼しかったらここまでバテなかったと思うのですが。
いずれにしても、東北の山はその一つ一つが奥深いですね。
また機会を見つけて一つ一つ訪れてみたいと思います。
by RK (2014-08-16 04:36) 

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