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冬支度 - 奈良倉山・鶴寝山 [山歩き]

 落葉を踏む季節になると、歩いてみたくなる山がある。

 澄みきった青い空。肌を刺す朝の寒気。すっかり葉の落ちた明るい雑木林と、その奥に連なる遠い山々。深い落葉を踏みしめながら、樹林の中の山道を黙々と登り詰めて穏やかな山頂に至ると、そこに待っているのは飛切りの富士の眺め。

 山梨県の大月市と小菅村の境にある奈良倉山(1349m)は、そんな山である。この山に相応しい季節が、今年もまたやってきた。

 12月7日(日)、暦の上では大雪だ。師走に入り世の中もさすがに慌しくなってきたからか、或いは今朝が予報通りこの冬一番の冷え込みになったからなのか、朝の上野原駅で降りた登山者の数はいつもの週末ほど多くない。階段を上がってバス乗り場に向かうと、08:08発の鶴峠行きのバスが出ようとするところで、私たちはそれに乗り込むことになった。本来は8:30発の松姫峠行きのバスで鶴峠まで行く予定だったのだが、朝のこの冷え込みの中で、その時間まで待たなくて済むのはありがたい。

 それにしても、今朝は綺麗な冬晴れだ。バスが甲州街道を離れて県道33号を走り始めた頃、左の車窓には里山の向こうに真っ白な富士の高嶺が頭を出していた。

 上野原駅から山間の道路をバスに揺られて一時間。ようやく着いた標高870mの鶴峠は、三頭山と奈良倉山に挟まれた深い山の中。あたりは目立たない景色だが、実は多摩川と相模川の分水嶺の一つなのだ。そして、今日これから私たちが歩くコースも、その大半が分水嶺の尾根である。
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 いつもの山仲間たちと続けてきた週末日帰りの山行も、色々事情があって一ヵ月半ほどのブランクが出来てしまった。久しぶりに集まった今回は、総勢13名。下界に比べて鶴峠は一段と寒いけれど、これから始まる半日の山歩きを前に、みんな笑顔だ。
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09:27 鶴峠 → 11:03 奈良倉山

 奈良倉山を目指し、陽の当たらない登山道を登り始める。東京で冷たい雨が降った三日前の木曜日は、山では雪だった。それがまだ融け残った白い山道が続いている。足元から伝わってくる冷気。手袋が欲しい寒さだ。
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 ここは奥多摩の山々の続きのような山域。木々の枝の向こうに奥秩父の主稜線が長々と横たわっているのだが、それらを全部すっきりと展望できるような場所がなかなかないのも、奥多摩らしい。それでも、木の枝に邪魔されずに飛龍山から甲武信岳までの山並みを眺められるスポットを何とか見つけた。寒い空の下、標高2000m級の主稜線は、もう冬の装いだ。
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 鶴峠から凡そ45分。薄暗い植林の中を登ってきた山道が未舗装の林道に合流するところで、東側の展望が開けた場所がある。ここで小休止を取りながら大きな三頭山を眺めるのが、私は好きだ。
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 この場所は日当たりが実によく、笹尾根の方角から朝日がたっぷりと私たちを照らしてくれる。体もホカホカしてきた。太陽の光の暖かさをしみじみと噛みしめるようになると、山の冬はもう始まっているのかもしれない。登ってきた方角の彼方には、奥多摩の鷹ノ巣山(1737m)がさりげなくその姿を見せていた。
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 林道との合流点を過ぎると、山道の傾斜が増していくと共に、植林が終わって落葉樹に囲まれるようになる。深い落葉と裸んぼの木々、そして群青色の空。冬が来た!と、誰かが森の中で囁いたような気がした。
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 落葉を踏みながらなおも登り続け、山道が南へ回りこむようになると、木々の向こうに富士山の輪郭が見え始める。そして更に一登り。鶴峠から1時間半ほどをかけて、私たちは奈良倉山の静かな山頂に着いた。道標がなければどこがピークなのかわからない、あたりは全くの森の中。けれども南側の一角だけ木が払われて空が明るい。私たちはそこへ歩みを進め、そして誰もが思わず声を上げた。
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 寒気の中に天を突く奈良倉山からの富士。この眺めを目の前にしたのは、私自身はこれで3度目になるのだが、いつ見ても心を揺さぶられ、思わず背筋を伸ばしたくなる風景だ。
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11:17 奈良倉山 → 11:51 松姫峠 → 12:17 鶴寝山

 いつまでも眺めていたい富士を背に、山道を進む。奈良倉山の山頂から西方向に軽く下ると、そこから松姫峠までの30分ほどはのんびりとした林道歩きだ。両側の落葉松の森はもう枝ばかりになって、遠くの山並みが見通せる。左は小金沢連嶺、右は鷹ノ巣山・雲取山から奥秩父へと続く主稜線。いかにも分水嶺の上を歩いている気分だ。こんな景色を楽しめるのなら、林道歩きも悪くない。
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 舗装道路を一度横切ることになる松姫峠からは、小金沢連嶺がよく見えている。特に雁ヶ腹摺山(1874m)のドーム状の山頂が堂々としていて印象的だ。
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 お昼も近くなった。昼食を予定している鶴寝山(1369m)までは松姫峠から標高差120m、所要時間30分足らずの登りだ。先輩方にはゆっくり登っていただくことにして、我々「飯炊き隊」は先に上がって炊事を始めよう。この区間が今日最後の登りである。
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 「鶴が寝る」という言葉に、この山の命名者はどんなイメージを重ねたのだろう。私はその言葉にゆったりとした響きを感じるのだが、登ってみればその通り、鶴寝山は実に穏やかな形の山だ。落葉樹に覆われているが、今は木々の向こうに遠くの山々も見えて、山頂は明るい。私たちはさっそく火器を並べて湯を沸かし、暖かい昼食を作った。
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 今日のように風がなく、陽の光が降り注ぐ日でも、この季節になると山頂では寒さが身にしみるから、暖かい食べ物・飲み物はありがたい。そのうちに先輩方も順次到着し、私たちは静かな山の上で賑やかに食事を楽しむことになった。空は少しずつ高曇りになっていたが、富士の高嶺はここでもひっそりとその姿を見せていた。
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13:26 鶴寝山 → 13:50 山沢入りのヌタ → 15:20 小菅の湯

 冬至まであと二週間。午後の日が傾くのは早い。鶴寝山から更に尾根を北西に辿り始めた頃、ブナの森を照らす太陽には薄雲のフィルターがかかって、白くぼんやりとしたものになった。

 山道を覆い隠してしまうほど落葉の中を進む、しみじみとしたブナの森の道は、今日のコースの中では山の深さを最も感じる箇所だ。だからこそ、訪れるなら今の季節がいい。枯葉色の景色に包まれて、自分は今、山の中を歩いている、ただそのことが幸せに思えて来る。足元に散らばる栗のイガには、明らかに動物が中身を取った跡が。生き物たちは、みんな冬支度の最中だ。
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 「山沢入りのヌタ」と道標に書かれた場所で山道が分かれ、私たちはいつものように右(=北)に向かう下山路を進む。北斜面の道には再び雪が残り、地面は堅い。高度をぐんぐんと下げ、山道が大きく右に曲がる所で、私たちは今年もまたトチの巨木に出会った。
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 時計を見れば、まだ午後の2時台なのだが、陽の当たらない北斜面の下山路は早くも薄暗くなってきた。気温も下がり始め、鼻の頭や手の先が冷たい。下山後の「小菅の湯」を楽しみに、頑張って下ろう。
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 水が涸れた沢の源頭を渡ると、今度は尾根道を一気に下る。やがて水量の豊かな沢に沿ってワサビ田が続くようになると、後は民家が現れるまで林道歩きだ。ここまでの下りは結構長く、予定の15時をだいぶ過ぎた頃になって、私たちは小菅の湯にたどり着いた。山里はもうすっかり日影に入り、西の空には早くも赤味が射し始めていた。
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 私より5~12年も上の先輩方も交え、13人で楽しく過ごした師走の日曜日。奈良倉山からの富士の高嶺や下山路のトチの巨木などとの再会を果たしながら、この山域の持ち味を静かに噛みしめた半日だった。

 家に帰ったら、私もそろそろ冬支度を始めることにしよう。


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