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その高みに - 北ア・柏原新道~針ノ木岳 (1) [山歩き]


 ふと目が覚めると、窓の外では夏山の朝が始まろうとしていた。

 8月6日(木)午前5時、北アルプス山麓の扇沢駐車場。標高は1430mほどで、立山黒部アルペンルートのトロリーバスの駅が、私たちが車を停めた位置のすぐ上にある。前夜の11時頃ここに着いた時は、夜空に満天の星が輝き、その中央に横たう天の川が見事だった。それを眺めて翌日以降の好天を期待しつつ、山仲間のH氏と私は、クルマの中で軽く寝酒をひっかけてから仮眠を取っていたのだった。

 朝の光がそのボリュームを増して刻々と鮮やかになる山の緑を眺めながら、私たちは車中で朝食や着替えを済ませ、午前6時過ぎに今回の登山を開始することになった。今日はこれから柏原新道を登って種池山荘に上がり、そこから稜線伝いに岩小屋沢岳(2630m)を越えて新越山荘までのコースを歩く。
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06:22 柏原新道入口 → 07:12 ケルン → 09:37 種池山荘

 舗装道路を10分ほど下って橋を渡ると、その先のすぐ左が柏原新道の入口だ。そこに立っていた係員に登山計画書を提出。「最近は連日、正午を過ぎた頃から雷が鳴り出すので、行動は早めに。」とのアドバイスを受けた。
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 そしていよいよ登山道へ。それは森の中を最初からぐんぐんと登っていく道なのだが、実によく整備されていて歩きやすい。だが、都会では最高気温35度が当たり前の今年は、山の麓でもだいぶ気温が高いようだ。H氏も私も歩き始めて早々に汗まみれになってしまった。

 それでも、50分ほどで最初の目標であるケルンに到着。このあたりからは左手の視界が開け、針ノ木谷の全景を眺めることができる。そして、種池山荘から岩小屋沢岳へと続く稜線の緑が何と若々しくきれいなことだろう。
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 空の青と山の緑、雪渓の白。種池山荘の姿が少しずつ大きくなるにつれて、あの尾根を更に進んで行く時に展開するであろう風景に、胸の中の期待は高まるばかりだ。今の気分を音楽で表すとしたら、それはもうこれしかない。エドヴァルト・グリーグ(1843~1907)の組曲『ホルベアの時代より』のプレリュードである。その躍動感溢れる弦楽合奏が、晴れた夏の日の北アルプスにぴったりのイメージなのだ。
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(尾根の上に種池山荘が見える)

https://www.youtube.com/watch?v=aCFN3058jzM

 やがて山道は爺ヶ岳(2670m)へと向かう尾根の西斜面をトラバースするようになり、緩やかながらも着実に高度を上げて行く。途中、南北に走る小さな尾根が近づくと種池山荘は一度姿が見えなくなるのだが、その尾根を巻きながら一登りすると、その小屋はあっけないほど近くに現れた。
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 9時37分、種池山荘着。9時を過ぎたあたりから山のあちこちでガスが湧き始め、種池山荘からは爺ヶ岳が見え隠れしている。そして足元ではチングルマの穂が朝露に濡れていた。
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09:55 種池山荘 → 11:37 岩小屋沢岳 → 12:23 新越山荘

 柏原新道は、上りも下りも登山者が多いが、その殆どはこの種池山荘から主稜線を北東へ、鹿島槍ヶ岳(2889m)、或いはそれを越えて五竜岳方面の山々を目指す人々だ。五竜も鹿島槍も百名山の一つだから、それも道理である。その一方、私たちが今日これから主稜線を南西へと向かうコースは、登山者の数がぐっと少ない。実際に種池山荘から歩き始めてみると、何やらローカル線に入ったような気分になる。だが、このコースを一度歩いてみたいと私は長年思い続けてきた。それが今日まさに始まろうとしている。
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(種池は実に小さな池だ。)

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 それにしても、なだらかな尾根道だ。それも両側が多くの草に覆われ、実に多彩な高山植物の花が咲いている。山の尾根というよりも、ちょっとした草原といった方がいいかもしれない。しかも、100%の快晴よりも、今日のように時としてガスに煙るような風情が、この山域には相応しい。
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 種池山荘から40分ほども歩いた頃だろうか、尾根沿いの山道が少しずつ黒部側へと寄り始め、右手に鹿島槍ヶ岳が大きく聳える箇所があった。鹿島槍というとあの独特の形をした岩だらけの双耳峰がトレードマークだが、ここから眺める鹿島槍は実に緑豊かで穏やかだ。
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 そして次の瞬間に、私が心待ちにしていた景色が目の中に飛び込んできた。山道が黒部側に完全に寄ったために、黒部峡谷を隔てた向こう側に立山剱岳が姿を現したのだ!
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 鮮やかな山の緑の彼方に連なるこの立山と剱の瑞々しい青を、いったい何と表現したらいいのだろう。この森にもあの山にも、そして流れていく霧の中にもきっと神様がいる。日本人ならば何の疑いもなく、誰もがそう感じることだろう。足を止めて、いつまでも眺めていたい風景だ。今日はやはりここへやって来てよかった。

 先ほどの『ホルベアの時代より』のプレリュードに続いて、私の中では第二曲のサラバンドが流れ始めた。ゆったりとした弦楽の響きが深い森の中を思わせる。その曲想に合わせるように、穏やかな山道はそれからも続いた。

https://www.youtube.com/watch?v=y1_WqkRS95U

 種池山荘から歩くこと約1時間40分。なだらかな道なので途中で休むこともせずに、私たちは本日最高地点・岩小屋沢岳(2630m)の静かな山頂に着いた。その間、すれ違った登山者は4~5人ほどだっただろうか。下界から種池山荘までの、柏原新道のあの盛況ぶりとは実に対照的。こんなに素晴らしい展望に恵まれて花も多いのに、なぜ登山者がこれほど少ないのか、本当に不思議なことだ。
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 ここまで来れば、本日の目的地・新越山荘までは1時間もかからない。前夜の寝不足や朝の最初のピッチの暑さ、入山初日ゆえの荷物の重さなどもあって、私たちには相応の疲労感があったのだが、穏やかな山並みや足元に咲き乱れる山の花に励まされながら歩き続けた。
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 12時半少し前に新越山荘に到着。小さいながらもなかなか好感の持てる山小屋だ。宿泊の受付を済ませ、H氏が持ってきてくれた小屋への差し入れを渡すと、逆に缶ビールを頂戴することになってしまい、恐縮至極。ともかくも部屋に荷物を入れ、飲み物・食べ物を持って小屋の外のベンチへ。次々に上がってくるガスのために針ノ木谷方面の眺めはないが、一緒になった登山者たちとも話が弾み、アルコール類のおかげですっかりいい気分になって、私たちは午後の一時を過ごした。

 私たちもそうだが、小屋に無事到着したことを皆がそれぞれ家族にメールで報告すると、
 「都会は暑くて死にそう!」
という答えがそれぞれに返ってくるようだ。それに引き換え、私たちは標高2465mの涼しい風に吹かれつつ、昼間から酒を飲んでいる。何と罪作りなことだろう。(笑)

 その後、15時頃から部屋で一眠りすることにした後、17時から夕食。そして就寝の仕度をしていた頃、談話室の窓を開けると、再び素晴らしい光景に出会った。午後も盛んに湧き上がっていたガスが下に降りて雲海のように黒部の谷を埋め、日没後の最後の残光の中に剱岳がそのシルエットを見せていたのだ。
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 今日一日、山や谷、そして深い森の様々な表情を私たちに見せてくれた山の神様に感謝を捧げつつ、そして明日眺めることが出来るであろう山々の姿に期待を膨らませつつ、私たちは小屋の煎餅布団の上でそれぞれに眠りに落ちていった。
(To be continued)

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H (北京現人)

今回はハードなアップダウンでしたが同行の仲間がいたので乗り切れました。
でも、やっぱり貴兄の耳にはクラシックだったのですね。私はソロで登っていて辛い時は小田和正の歌をiPodから流して登っています。今回はサザンの「東京ビクトリー」を聞きたかったのですが貴兄にとっては雑音かと思い蓮華岳で「離れて」登り降りした時以外はききませんでした。今思えば良かったです(笑)。
by H (北京現人) (2015-08-13 23:45) 

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