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大晦日 [季節]


 2015年が暮れようとしている。

 朝から大晦日としての家の中の色々なことを手伝い、午後は少しジョギングをして汗を流し、日が暮れて家族と年越し蕎麦を食べた後、毎年の大晦日の夜と同じように、私は自室で机に向かっている。

 紅白歌合戦を見る習慣を持たない私は、毎年最後に聴きたいCDを選んでパソコンで再生しながら机に向かうのが、もう長い間の決まりになっている。勿論、毎年の気分で選ぶものは変わるのだが、今年最後に選んだのは、グスタフ・マーラー(1860~1911)の第三番のシンフォニーになった。1896年に完成したが、初演は1902年まで待つことになった作品である。第6楽章まである大作で、普通に演奏すると1時間20分ほどかかる。私のお気に入りは、穏やかで甘美な主題を奏でつつ壮大な終局を迎える最終楽章である。それを、一年の終わりにどうしても聴きたかった。
Mahler Symphony No. 3.jpg

 公私共に忙しい一年だった。「私」の部分の多くは自宅マンションの管理組合の仕事で、これはまあ誰でもいずれお鉢が回って来るようなことだから仕方がない。だが、「公」の部分は忙しさが必ずしも成果に結びつかない一年でもあった。

 私の会社は典型的なB to Bのモノ作りの会社なのだが、今年は市場全体が昨年比で10%程度の縮小を余儀なくされた。同業他社の販売量が軒並み前年比2~3割減となる中、我社は得意分野である高付加価値の製品の提供と、大手には出来ない小回りの良さを武器にして、ともかくも販売量が前年比で落ちなかったのだから、そのこと自体は善戦だったというべきなのだろう。

 しかしながら、今夏から世界レベルで続いた工業用金属の大幅な価格下落により、収支の面ではいささか不本意な結果となった。顧客ニーズに懸命に応えているのに、我々のコントロールが及ばない要因によって会社の収支が大きく左右されてしまったというのは、何とも残念なことだ。

 私の会社にとって主要な原料となる工業用金属の価格が今年大幅に下落したのは、全世界でその需要の半分を占めるとされる中国の経済成長の鈍化傾向が誰の目にも明らかになり、しかも中国当局が発表する各種の経済指標・統計がいささか信憑性に欠け、国際商品市場が疑心暗鬼になっていることが原因だった。

 その中国は、これからどうなるのか。

 会社の仕事納めになった12月28日の夕方の納会で一言スピーチを行うことが毎年の役目になっている私は、国連統計の中からデータを拾ってグラフを作り、社員に示すことにした。それは、いわゆる国民所得計算における付加価値の金額を主要産業別に分類した国別データで、1970年から2013年までをカバーしたものである。私が比較したのは日本と中国だった。

UN statistics 1.jpg
(産業別付加価値額の構成比 - 日本)

 1970年時点の日本において主要産業別の付加価値の構成比は、鉱工業が28%、電力・ガス業が25%であった。当時私は中学の二年生だったのだが、大阪で万国博が開かれたこの年の日本は公害問題が極めて深刻で、重化学工業を中心とした工場からの排煙や排水が各地で環境汚染を引き起こしていた。その対策を集中審議することになったこの年の暮の臨時国会は、別名「公害国会」と呼ばれたほどだった。

 それから43年。日本はその産業構造を大きく変えて、2013年の産業別付加価値の構成比を見ると、鉱工業は18%、電力・ガス業は16%に減っている。その代り、シェアが大きく増えて今や最大の項目になっているのは、「その他」で括られる産業分野である。情報通信、金融保険、各種専門サービス、教育などが主な分野だ。

UN statistics 2.jpg
(産業別付加価値額の構成比 - 中国)

 一方の中国は1970年時点で農林水産業の付加価値額が全体の35%を占める国だったのが、「改革開放」の掛け声の下に90年代から急速な工業化が進み、2013年時点では鉱工業が29%、電力・ガス業が23%を占めている。要するに1970年当時の日本と同じような構成比なのだから、なるほど現在の中国各地の工業都市で大気汚染や水質汚染が極めて深刻になっているのも道理である。

 だからこそ、今の習近平政権は中国全体の産業構造を変えて「新常態」を目指すのだということを内外に宣言している。そうは言っても、鉱工業や電力・ガス業のところは既得権益を持つ国営企業が多いから、そう簡単には潰せないよ、という見方もあるのだが、中国は一党独裁の国だから、政府がやろうと思えばかなりのことを強引に出来るはずだ。中国の産業構造の改革(ないし改編)は、私たちが頭の中で想像するよりもかなり早いペースで進む可能性があるのではないだろうか。

 そんな訳で、現在の中国では、需要に対して供給能力が大幅に過多の重化学工業の分野はどこも不景気だが、それとは対照的にインターネット通販などは大変な勢いで伸びているという。単にモノをもっと作り、もっと売るということではなく、生活を便利で快適、かつ安心できるものにするような分野に大きなニーズがある。国民所得の向上によって一定水準以上の購買力がついてくると、社会のニーズはそれまでとは大きく変わっていくということなのだろう。

 とすれば、私たち日本のモノ作りの会社も、今までのB to Bの用途だけでなく、日本や中国の社会が少しずつ成熟していく中で新たな用途が生まれる可能性がある、そこを今まで以上にしっかりと見据えて行かねばならないのではないだろうか。会社の納会でそんなことを述べて、文字通り今年の仕事納めになった。

 パソコンに繋いだヘッドフォンから流れて来るマーラーの三番の最終章は、今日もまた甘美だ。そして、聴くたびに私にとっては新たなメッセージを感じるところがあるのが不思議だ。そして、それを探しにゆっくりと聴き込む時間が出来るのは、私の生活の中でいうと大晦日ぐらいのものである。
gustav mahler.jpg

 ボヘミア生まれのユダヤ人であるマーラーは、この三番を書き上げた翌年、周囲からの勧めもあってユダヤ教からカトリックへと改宗をしたという。ウィーン宮廷歌劇場の芸術監督に就任するにあたって考慮されたことだとの解説を読んだことがあるが、ユダヤ人への有形無形の差別というのは、当時のウィーンの伝統的な音楽界にも根強くあったようだ。そして、マーラーの没後20年ほどの時期に政界に登場したヒトラーは、その反ユダヤの思想からマーラーの音楽を徹底的に排除した。

 そして、そうした時代のことを笑えないようなことが、2015年の今年も世界各地で頻発し、異文化への憎悪はむしろ年々増幅されているようにも思える。

 来年こそは、そうした憎悪が憎悪を呼ぶ負のスパイラルには何とか終止符を打ちたいところだ。そして、より良い世の中を迎えるために、私たち一人一人に何が出来るのかも、よく考えていくようにしたい。

 今年お世話になった皆さんに改めて感謝を捧げつつ、新たな年を心穏やかに迎えよう。

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H氏

明けましておめでとうございます。
いきなり中国のこと、書かれてしまいました。
私も立場上、2016年の中国について、文章を書きました。
4日か5日には弊社のHPに貼られると思いますのでまたご連絡します。
私は今年も近所の龍寶寺という曹洞宗の寺で除夜の鐘を撞き
氏神の諏訪神社でお参り&お神酒をいただいて来ました。
確かに時代は民族主義的な色彩を帯び始めていて心配です。
新年が多少なりとも良い方向に進んでほしいと願っていると同時に
自分自身も活動しなくてはいけないと思う元日の朝です。
今年もよろしく。
by H氏 (2016-01-01 01:56) 

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